01.いざ行かん、星の大海へ

転生した次の日の朝、俺は家のガレージの前に立っていた。


「これ……飛ぶの?」


『ええ、放置されていたと言っても数ヶ月かそこらでしょう。問題は無い筈です。』


自分の眼前にあるのは箱型の古ぼけた宇宙船。


とはいってもせいぜいが商用の大型バンよりひとまわり大きいくらいだ。


どちらかと言えば自動車のような印象を受ける。


『さあ、早く乗ってください。まずは傭兵になる為に一番近い宇宙ステーションに行きますよ。そこの傭兵センターで登録をするのです。』


「はーい。」


準備しておいたカバン、なけなしの食料なり水なり金なりを詰め込んだそれを助手席に置くと操縦席に腰を落ち着かせる。


コックピットは民生品ということもあってか非常に簡易的だった。


これなら普通自動車第一種運転免許(AT限定)しか持っていない自分でも動かせそうである。


『私が指示を出します。それに従って操作してください。』


「あいよ。」


意外にも問題無く船のエンジンがかかり、機器に電源が入る。


ナビゲーションに所定の宇宙ステーションの名前を入力し、自動航行を選択すれば、勝手に船は動き始めた。


ふわりと空中へ浮き上がり、ぐんぐんと地面が離れていく。


俺は初めての体験に心が非常に踊り、窓から離れることが出来なかった。


そうこうしていると景色の大半が緑と青から黒一色が占めるようになる。


遂に宇宙へ出たのだ。


「うわぁ〜!すげぇ〜!」


『今のご主人様はまるで子供です。非常に面白いですね。』


「この景色見て喜ばんやつはおらんでしょ!てか俺今は子供だし、逆にお前は……。」


ここであることに気付いた。


今まで唯一の話し相手となっているこのAIの名前が無いことに。


「なあ、お前さん、名前とかは無いのか?」


『ええ、ありません。無くても問題はありませんが。』


「いや、ずっとお前呼ばわりは良くないだろ。」


『そうですか?それならご主人様が何か名前を考えてください。私はご主人様の所有物なので。』


「いいけど……ふーむ、いきなり名前を考えろと言われてもなー。」


取り敢えずありきたりな名前、コイツの声は女だから女性らしい名前を頭の中に並べてみる。


しかしそれはあまりお気に召さなかったらしい。


何も言っていないのに『却下』のひと言が返ってきた。


「ええやんけ、俺が考えていいんだろ?」


『私は高性能AIです。そこらの人間と同じような名前と同じなのはちょっと……というより花子や亀子、鶴子はあまりにセンスが無さすぎます。』


「だよね。ん〜……それなら『千歳ちとせ』ってのはどうだ?」


『適当に艦名から取りましたね。まあ意味としては良い名前でしょう。ではこれより私は個体識別名として千歳と名乗らせていただきます。』


「おう、改めてよろしくな、千歳。」


『はい、こちらこそ。秋月高典現ご当主様。』


相棒の名前が決まったところで船は衛星軌道を突破。


目標地点へ一気に飛ぶためにワープ航法へと移った。


アニメや映画のような派手な演出は無かったが、周囲の景色がぐにゃりとした、不思議なものへと変わる。


俺は窓の外を眺めながらふと呟いた。


「そういえばさ、俺、当主だったよね。華族の。」


『ええ、先代当主様が事故で亡くなられた時点で既にご主人様へ全ての権利が委譲されている状態でした。』


「領民も部下も誰もいないけどね。」


『それでも肩書きは当主です。』


「ほとんどぼっちだけどね。」


『これから増やしていくのです。』


「はいよー。」


それからは千歳と軽く駄弁りながら時間を潰す。


目標地点が近付いてきている通知がナビに表示されたのは1時間ほど後だった。










⬛︎


見えてきたのは巨大な小惑星、その表面にへばり付くような形で作られている宇宙ステーションだった。


周囲にはコンテナを積んだタンカーや民間の客船など大小様々な宇宙船が行き来している。


大きな船に比べれば、自分が乗っているこのバンもどきなどまるでアリのようだ。


「うへぇ……流石宇宙文明……スケールがちげえ……。」


『これで驚いていてはキリがありませんよ。それより下船の準備をしてください。荷物はお金くらいで良いでしょう。』


「武器とか持って行かなくていい?一応サバイバルナイフあるけど。」


『ご主人様、ここは未来の交易都市です。中世異世界のギルドではありませんよ。』


「でも血の気が多い奴らとか……。」


『逆にご主人様が危険人物として扱われますよ?心配しなくても治安は普通に良いとされています。』


「ふーん、なら良いけどさ。」


船が管制塔のトラクタービームによって誘導されながら所定の搬入口へと入っていき、そこへ着陸した。


隔壁が閉鎖され、周囲の空間に空気が満たされる。


『ご主人様、行きましょう。』


「ああ、分かった。」


船体後部のエアロックを通って船を降り、ステーション内に繋がる扉の前に立つ。


そして一度深呼吸をしてから足を踏み出した。


まずは傭兵になって仕事をゲットするのだ。


……その筈だった。


「あのー、ボク?本当に傭兵として登録するの?」


「え、ええ、お願いします。」


「いや、あのね、流石にこの仕事は君みたいな幼いというか……ベテランではない子には任せられないかな〜……なんて……。」


意外にも白を基調に洗練された綺麗なデザインとなっている傭兵センターの中、見上げたカウンターの先に居るのは困り顔のお姉さん。


手にはこちらが書いた電子経歴書が握られている。


それに関して早速俺は問題にぶち当たっていた。


忘れていたが、自分の外見や経歴はまだ第二次成長期すら迎えていないような子供なのである。


傭兵は年齢人種問わず基本的に誰でもなれるとはいえ、成人もしていないような子供が来れば誰だって怪しむだろう。


仕事だって軽々しく任せたくはない筈だ。


(どうするんだ!?めっちゃ怪しまれてるぞ!)


『ふむ、これは予想外でした。不覚です。』


(結構初歩的なミスだと思うけどね!)


『心配ありません。私は高性能すーぱーAIです。これしきのこと、既に想定済みです。』


(代案は?)


『………キャリア、そう、キャリアを改ざんしましょう。実はこう見えて勤続200年の大ベテランとか。』


(アホ!絶対バレるわ!)


周囲からの奇異の視線に晒されながら頭の中で千歳と会話しつつ、どうにか誤魔化せないかと模索する。


が、その前に自身のある特権について思い出した。


『成る程、そういえばそうでしたね。失念していました。』


千歳がこちらの考えを読み取ったのか、経歴書の一部がかき消え、新たな文字が浮かび上がる。


『ご主人様、もうよろしいかと。』


(すまん、ありがと。)


俺は軽く咳払いをすると再び口を開く。


少し仰々しく、偉そうに。


あまりこういうのは好きではないのだが、現状すぐに登録してもらえるような確実な方法は他に思いつかないのだし、しょうがないことだ。


「あ〜。」


「ん?」


「も、もう一度経歴書を見てくれないかな?特に……えっと……。」


『左上の欄です。』


「左上の部分を。」

 

「はぁ……?」


お姉さんは言われた通り電子書類の左上に視線を向ける。


そして書いてあった単語に首を傾げた。


「確認しますね……?」


手元の端末で検索をしているのだろう。


10秒程経ったところで彼女の目が大きく見開かれた。


「こ、これは申し訳ありませんでした!か、華族の方だったとは……!」


「うん、よく勘違いされる。で?登録出来そう?」


「は、はい!今すぐ!」


パタパタと慌てて離れていくお姉さんの背中を見ながら軽くため息をつく。


『華族』という単語が出た瞬間、周囲のギャラリーにどよめきが起こり、更に別の意味での視線を向けられるようになったからだ。


(はぁ……なんかやだなぁ……。)


『通常、上流階級に傭兵は存在しませんからね。イロモノ扱いされるのは当然でしょう。しかしいずれはバレていたことです。問題はありません。』


(でもさ、華族だからって仕事を回されないとか無いよね?)


『傭兵というのは沢山並べられた中から自分で選び取った仕事をこなす職業です。なので何かあった際の責任は基本当人が請け負うことになっています。その為、地位によって何か優遇されるなんてことはありませんよ。良くも悪くも。』


(なら良かった。)


それからの手続きはとんとん拍子で進んでいった。


傭兵としての証明書の発行、仕事における過失致死の責任は基本こちらが請け負うという誓約書のサイン、傭兵に関しての軽い説明など。


1時間も経った頃には成り立てピカピカの傭兵となっていた。


華族で子供という前代未聞のステータス持ちだが。


(何とかなったな。)


『そうですね。では早速簡単な仕事を始めていきましょう。まずは日々を生きていくための路銀を稼がなくては。』


(はいよ、まずは簡単なやつだな。)


目の前の浮かぶ立体映像に投影されていたのは様々な仕事についてのリスト。


船団護衛や警備員、草むしりなどピンからキリまで兎に角たくさんの種類があった。


どうやらこの世界では傭兵といっても戦ったり護ったりするだけではなく、アルバイトや派遣社員のようなこともするらしい。


『まあ、いくら広い銀河とはいえ、いつでもどこでも戦闘があるわけではないのでしょう。我々にはちょうど良かったですが。』


(うん、いきなり短機関銃を持たされる羽目にはならなそうだね。)


適当に眺めていると背後から声をかけられる。


居たのは先程のお姉さんだった。


「どうかしましたか?」


「すいません。これを渡すのを忘れていました。」


「……ドッグタグ?」


手渡されたのは銀色のチェーンに吊り下げられた1枚の、角が丸まった薄い板。


表面には何も書いておらず、一見してただのアクセサリーのように見える。


「はい、貴方の傭兵としての経歴を保存しておく為の記憶媒体です。任地先で貴方の身分を証明することに役立つでしょう。」


「分かりました。ありがとうございます。」


お姉さんが離れていくと再度端末に向き合う。


適当にリストを流していくと千歳が急に止めた。


『これはどうでしょうか?銀行関連施設の警備です。数も多いですし、立っているだけなので楽かと。』


(いいね、それにしよう。)


俺はその仕事を選び、応募する。


すると即座に今後の予定が送られてきた。


『日程は……明日のようですね。どうやらこのステーションからシャトルも出ているそうです。それで行きましょう。』


「りょーかい。」


取り敢えずゴリ押しなものの、職にはあり付けたことに少し安堵する。


あとは良いチャンスが巡ってこないか伺いながら働くのみだ。


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