第2話 アスラとティナ


 見上げれば雲を突き抜けそうな勢いの巨木の群れ。

 こんなにも大きな木は見たことがない。

 木に穴をくり抜いて生活している者や、大きな枝の上に家を建てていたり……これ、地球じゃない……よね?

 

「ラ、ケーディ」


 呆気にとられる私の手を引き、先程の部屋の隣へと移動する。

 内装から察した通り、外見も同じく丸太小屋に生い茂る草の壁。この家は巨木を見上げるように地面に建っているらしい。


 少女は丸く円になった太めの蔓に数滴水を垂らした。すると薄い水の膜が張られ……水は鏡のように周囲を反射し始めた。

 手を引かれ、目の前へと案内される。


「ラ♪」


 水鏡を指差し微笑む少女。

 その隣りにいる私は…………


「凄い…………可愛い…………」


 お伽話にでてくるような……これが……私……?

 十二、三才くらいだろうか……こんなに可愛い顔……どうしよう……ドキドキする。

 

「ミ、ラ……リ、リ、リファ!!」


 もしかして……ミが私、ラがあなた?リファってなんだろう……でも彼女…………ふふっ、凄く緊張してるのかな。意味は分からないけど、私も言ってあげたい。


「そうだね。ミ、ラ、リファ」


 今の私に合わせ可愛らしく笑ってみせると、少女は涙を流しながら私に抱きついてきた。

 その嗚咽を溶かすように優しく頭を撫でると……泣き疲れたのか、私の胸の中で寝てしまっていた。

 

 ……こんなに落ち着いた気持ちはいつ以来だろう。生い茂る植物達のお陰なのだろうか、湿度も気温も全てが心地良い。

 日曜日でも二度寝なんてしない筈なのに、気が付けば外は夕間暮れ。それは見慣れた色とは違う、真紅の夕焼け。私が目覚めると同時に、少女ももぞもぞと動き出した。


「……フフッ、ケラセタ」


 どの国でも、どんな世界でも……どんな星でも、共通する何かがあるのだと実感する。

 ずっと圧し殺していた何かを、眼の前の笑顔がゆっくりと……在るべきモノに変えてくれる。


 意味なんて分からないくせに……どうして伝わるのだろうか。ケラセタ……きっと、気兼ねのない挨拶の言葉。

 踏み出せ、私。 


「……うん。ケラセタ」

「!!! ケラセタ、ケラセタ!!!」


 何故か彼女に必要とされている気がした。

 会社の歯車なんかじゃない……替えの効かない何かに。ここなら……ここでなら、私は私になれるかもしれない。


「ミ、アスラ。ア……ス……ラ」


 彼女は自身の胸に手を当てて……もしかして自己紹介を……?アスラ……彼女の名前?


「えーっと……ラ、アスラ?」

「ッッッ!!!!! キュー♪ アスラ!!! ミ、アスラ!!!!」


 何この子……滅茶苦茶可愛いんだけど……

 鳥みたいに甲高く鳴くのは……喜んでいる証なのだろうか。アスラ…………長閑で優しい響き。


「ミ、メル、アスラ。ラ、メル?」


 私の……メル……名前ってこと?

 …………嫌。この世界で、私として生きていきたい。ここで生きる私の……私の名前が欲しい。


「……ケーディ」

 

 俯く私の手を三度引くアスラ。

 窓の外、星降る夜が眩くも優しく私達を照らす。

 星々を指差し、アスラは微笑んだ。


「ヤ、アスラ」

「……綺麗な星。あなたの名前の由来?」

「フフッ♪」


 彼女の指は星を辿り……軈て白銀に輝く宇宙の川へ着く。


「ティナ」

「へぇ……ティナって言うんだ。なんだか私の髪の毛みたいだね」


 そう言って自分の髪を撫でると……その名の通り、アスラは星の微笑みで私を見つめていた。


「ラ、メル、ティナ」

「えっ……? 私の名前……ティナ……?」

「ティーナー♪」


 まるで自分のことのように嬉しそうに走り回るアスラ。私の……ティナという名を呼びながら、無邪気に私の手を取り、くるくると踊りだす。


「……ありがとう、アスラ。私……頑張るね」

「? フフッ、ガンバルネ? ティナ、ガンバルネ♪」


 私は日本語で、アスラはこの地の言葉で語り、笑い合った。意味なんてお互い分かってないけれど……ただ、お互いが幸甚の至りであることだけは分かり合っていた。

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