能移植

ボウガ

第1話

 その時代。脳の一部をほとんどの人間が機械化して、互換性もありスムーズに交換が行え、手術に痕跡が残らなくなっていた。しかし発展したのは脳の機械化で、まだその下、脊椎や、内臓といった機能の代替は進歩していなかった。


 脊椎の問題で、首から下が麻痺して、動かせない少女。ある老婆が、その少女に自分のからだを明け渡す手術をする決心をした。といっても老いた肉体そのものではない。老婆は、国の実験によって、若いころに少女と反対に首から下を機械にしていた。その肉体は実験のために冷凍保存されていた。その実験の新しい被験者がみつかり、老婆も生い先短いというので、国はある条件でその肉体を老婆に返すこととした。それは“秘密をまもり、他者にその臓器を他者に提供する、または体全体を渡し入れ替える”というもの、しかし、であれば相手方の体もある程度自由がきかなければ、老婆の生活は苦しいものになる、そんな条件が整うはずもなく、老婆は絶望していた。

 国にも国の事情がある。この実験自体が、この共産主義国家にて様々な先進国を差し置いて無断で進めたものだ。事実が公になれば、倫理的な批判が集中しかねない。老婆の機械の肉体には、国の監視を免れないようないろんな装置がつけられているし公には、この老婆というのは、事故で首から下を失ったことになっている。実験をしたという事も、老婆の体というものもすでにこの世に存在しない設定なのだ。それに老婆に肉体を返すわけにはいかなかった。どんな問題が起こるかわからない。この老婆というのは実験体というだけあって、機械の体との不和や不調と四六時中つきあっていた。不眠、記憶障害、精神疾患、エトセトラ。

 しかし機械の体もガタがきていた。というのも第一世代の機械の体であり、様々なハード、ソフトの互換性の問題から、もはや破棄も時間の問題だったのだ。つまり老婆も少女の体を欲しがっていた。老婆には絶望的で強引な条件だったが、強権的な共産主義の政府を相手どり戦うわけにもいかないのだ。

 彼女は決心した。

“肉体がどうあれ、それでも、生き延びよう”と。

 


 脳、というより首から上の移植は順調に行われ、入れ替わることになった。少女は喜び、家族に感謝する。老婆というのは反対に落ち込んでいった。周囲も納得するだろう。首より下が動かないのだから、だが、真相はもっと深くそれらしいものだった。老婆はずっと秘密を守るために脅されていたからだ。国からではない。少女の“中身”から。そして老婆の周囲から。


 老婆は、とても人徳者であり人からの信頼はあつかった。しかし、若いころ国の実験に参加したために、数々の身体・精神的苦痛を抱えて、満足いく青春をおくれなかった。そもそもその実験に参加したのも、国の重役に元犯罪者の親が目をつけられていたからであり、少女にとっては不条理そのものだった。そのことを老婆はずっと不服に思っていたのだ。だから、脳手術の数日前、闇医者に頼んですでに脳をとりかえていた。つまり、少女の老婆の脳と入れ替えるまえに、先に老婆と少女の脳はいれかわっていたのだ。少女はというと、その手術の前後からずっと老婆の付き人に脅されており、その事実を人に相談することができなかった。


 かくして、少女は一度は老婆の体をてにしたものの、元の状態にもどり、老婆とはいうと若いころの自分の肉体を取り戻した。なぜ老婆は、こんな遠回りなことをしたのか、それは“正式な手術の痕跡”を残すためだ。たしかに、老婆は手術をすれば元の自分の肉体を取り戻すことができるが、国に追われる。最悪の場合死ぬのだ。そのため、ドナーに肉体を提供するふりをして、そのドナーと自分の頭部、その中身をあらかじめいれかえておいたのだった。

 

 冒頭にいったように

“脳の入れ替えはスムーズで、手術の痕跡が残らない”のである。


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能移植 ボウガ @yumieimaru

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