後悔。

同じ時間に来た。



正直昨日は物件探しをしていてふらふらとたどり着いた駅だったし、この時間からの仕事だと遅刻だ。


だが、連絡して開始を送らせてまでここにいる。


近頃本当に変だ。


会えたって仕事直前なのに。


あいつに渡そうと連絡先のメモまで書いてきてしまった。

なんだか、俺だけ浮かれてるようで恥ずかしくなってきた。



あの電車が発車したら……昨日の時間になる。



大きな音を立てて、電車はホームをがらんとさせた。



あまり利用者が居ない駅なのか。



暑くて喉が渇き、自販機でスポーツドリンクを買った。

最後のひとつだったようで売り切れランプが灯った。



数分して、階段からぽろぽろと人が上がり始めてきた。




そろそろだ。





暁のあたまが、見えた気がした。

が、なんだかぶれて見えて……歪んで消えた。


目を擦り、飲み物を飲んで落ち着いてから階段を眺めた。


いない。



しばらく待つと電車が来るアナウンスが聞こえた。

俺と乗る電車とは反対向きの、あいつが昨日これに乗ると言った電車だ。


寝坊でもしたか?

いや、中学までは遅刻なしの生真面目で、早く教室に来て予習をするような奴だ。

昨日話した感じではその真面目さはそのまま残ったような雰囲気だった。

じゃあ体調が悪いのか?何か忘れ物でもしたか?


不安でメモを握りしめてしまい、歪んだ。


いいや、まだ一本だ。もう少し待ってもいいだろう。

今日が駄目でも別の日に会えば良い。



――『失敗だ。』



アナウンスと別に聞いたことのない声が響いた。

驚いて見回すと、誰もいない。


ホームに居た者は皆、電車に乗り込んでいる。



「はは……空耳に幻覚か。

笑えねぇな。」


汗がコンクリートに滴った。



暁は居ない。

電車は無情にホームを離れた。


物件探しで二日も仕事を遅らせていては心象が悪くなる。

せっかく正規になれたんだ。今は仕事を優先させよう。


―『この世界の存在も貰いたかったのだが……さすがに無理か。干渉に限界がある。』


また聞こえた。

「誰だ。」

俺以外には聞こえてなさそうで、小声で聞いた。


―『観測者。転移者と縁のある者か。

残念だったな……ここに戻る希望は打ち消した。

本人がそう望んだのだ。』


「……暁の話か。」


もともと遅めの出勤を伝えているから電車のひとつ分くらいなら問題ないだろう。

自販機の傍のベンチに座り、謎の声に耳を傾けた。


―『無駄だ。私の声もじきに届かなくなるだろう。』


「暁の話かと聞いている。」

苛立ち、踵をトントンと床に打ち鳴らした。


―『次元の裂け目は既に人を通すほどの広さを持たない。

転移者の望みは違うものに使われた。

観測者よ、諦めろ。』



気配ごと消えていく感覚がした。



「待て!」


思わず立ち上がると、周囲の冷たい視線が刺さった。



仕方ない、今は会社に行こう。


調べればすぐに暁と連絡くらいとれるだろう。











弘宮ひろみやあかつきは……俺の目撃を最後に失踪していた。



あいつの家族とすぐに連絡が取れた。

仕事場には無断欠勤したらしい。


スマホは繋がらない。

SNSの更新もない。


家の鍵が閉まっていて誰も居ない。



数日経ち、警察が動き始めた。

両親と大家が立ち合って家の中を調べると、貴重品や普段使う鞄が無く、靴もいつものものが無かったそうだ。


本当に、あの駅、あの階段でチラリと見えたあの歪んだ暁が最後だったらしい。



俺が見た暁らしき者は、ホームのカメラには映っていなかった。

しかし、改札を通る映像は残っていた。


くそ。改札前で待てば良かった。

いや違うそうじゃない。


恐らく何をしても防げなかった。


誰にも説明ができない謎の声……もう二度と聞こえないが、あれが関係するのは確実だ。


転移者と言っていた。


アニメや小説のあれか?


馬鹿な。現実だぞ。



異世界に……行った、なんて。

そんなおかしな話があるわけがない。


だが、その度にあの声を思い出してしまう。


まるで異世界の神のような声だった。




「……あかつき。俺は、お前とただ……親しくなれないかと思っていただけなのに。

お前に興味を持ってもらいたかった、それだけなのに。」


話すことも許されない。



暁はその後、どこを探しても見つからなかったそうだ。



俺は結局あの駅を最寄りにする物件に決め、あいつが消えたホームに通い続けた。



あの季節と真逆の季節。


また、同じ時間にホームに上がることができた。

仕事が休みになった、平日だ。


人が少なく、気温以外はあの日に似ていた。




変な声が聞こえないかと耳を澄ませる。





「馬鹿だな。」




何も聞こえない空気に、震えた声を響かせた。


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あかつき 匿名 @Nogg

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