暁。

あっという間だ。




高校が終わった。

俺は彼女ができて、別れて、できてを繰り返していた。

惰性で適当な偏差値の低い大学に通い始めた。


スポーツ系のサークルは充実しているし、また楽しめそうだ。



俺より俺の親の方が弘宮ひろみやに詳しいようで、夕飯の時にチクチクと話された。

「弘宮さんとこの子、美大に行ったんだって。」

「ふーん。」

「あんた、仲良かったでしょ。」

「そうだっけ。」

「薄情だねー。将来は?スポーツだって結局遊びだったんでしょ。

この四年でどうにか見つけないと厳しいわよ。」

母親の言葉にイライラして、家を出ることにした。

出ると行っても喧嘩して家出、とかではない。

一人暮らしをして自立したいと適当に話した後に家を探し始めた。


俺は年上の女にももてたから、そこそこ稼いでる女と付き合って住まわせてもらうことにした。


学費も生活費も仕送りが貰えた。

大学の間は苦労することはほとんどなく、一年だけ留年して卒業した。


彼女の会社がバイトを探していたから卒業後はそこで暫く働いた。


人と話すのは好きだ。


愛想を振り撒いて、調子良く働いて。

社員候補にまで上がった。



ここまで来たら小言もないだろうと家に帰ると、また弘宮の話をされた。


あいつは絵の仕事を見つけたそうだ。


やりたいことを見つけて、地道に頑張ってやっと掴んだという。

「友達でもないのにそんなに細かく報告しなくて良いよ。」

「あらそうなの?じゃあやめとくわね。」

思わず口から出てしまったが、母親はすんなり切り替えてくれた。




それから暫く経ち。




社員になると今度は彼女がうざくなり始めた。


後輩の女の子が俺に気があるようで何度も食事に誘ってくる。

それを断ってるのに彼女は嫉妬をして泣きながらギャンギャン叫び、挙げ句職場で後輩と喧嘩までしていた。


体を重ねる度に彼女は結婚の話を何度もしてくる。

そんなんじゃやる気も失せる。

世話にはなったが……だんだん、冷めてきてしまった。


給料も安定してきたし、そろそろ別れるか。



ああ、何してんだ俺。







きっと酷い顔だったと思う。


そんな時に弘宮との縁がまた復活したようだ。


いつもは来ない駅。

物件探しで偶然通りかかった。

これから直接会社に行く予定だった。


その駅のホームに、弘宮が居た。


相変わらずダサい格好だ。垢抜けないし、きっと恋人なんて作ってなさそうな……興味さえないんだろうな。


「弘宮!久し振りだな。」

迷わず声をかけていた。

「あ、赤月……さん。」

さん?

また距離が離れてしまったのか。

弘宮は少し戸惑っていた。

「これから仕事?」

「おう。弘宮も?」

「うん。」

「儲かってるか?」

「いや、バイトもしないと食べていけないよ。」

弘宮が笑った。


学生時代見せていた笑みとは全然違う。


苦く笑っているが、本当の笑いだ。


それがわかると、やはり俺に向けられた笑いが偽物だったと実感させられて……なんとも言えない気持ちになった。


「いつもこの時間か?」

「あー。まちまち。だけど明日もこの時間だと思うよ。」

「そっか。」



弘宮は友達じゃない。

ましてやそれより近しい感情もない。


でもなんだこれは。


いい加減俺も大人だ。



わかった。


俺はずっと片想いをしていたんだ。

とことん俺に興味を持たないこいつに。


不毛な片想いだ。

人として、興味を持ってほしい。

そんな漠然とした想いだった。


電車が来る。


「ひろ……。あかつき。」

「え?何いきなり。」

「いや、長い付き合いだからな。呼んでみたかった。駄目か?」

「いいよ。」


だから、俺のことも名前で。

壮太そうたと呼んでほしい。


そう言おうとしたところで電車が完全に到着してしまった。


「赤月くんも仕事頑張ってね。」



弘宮……暁は電車に乗り込んで少し照れ臭そうに笑った。


ほんのり、胸に熱が籠った。


「『さん』が『くん』になっただけかよ。」


熱を確認するように少し手を添えた。


ああなんてことだ。



こんな些細な距離がこんなにも嬉しいとは。


あかつき。」


俺の乗るべき電車も来た。



明日……明日もここに、同じ時間に来よう。

少し早めに会えたら連絡先を交換しよう。





反対向きの電車に乗り込み、扉が閉まった。






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