第9話 神社での出来事

 つかさは、ごちそうになったスナックを出てから、帰りには一人になった。

 どこから一人なのか、後から思い出そうとしても、なかなか思い出せるものではなかったが、

「酔いを冷まさないといけない」

 という思いの下、半分千鳥足で歩いていた。

「たったあれだけしか飲んでいないのにもかかわらず、こんなにボンヤリと意識がしているのはどうしてなのかしら?」

 と考えていた。

 しかし、嫌な気分でもなかった。吐き気がするわけでも、胸やけがするわけでもない。そよいでいる風が生暖かく、いつもだったら気持ち悪く感じられるであろう雰囲気なのに、その日はさほど気持ち悪くなかったのだ。

「シラフだったら、気持ち悪く感じられたかも知れないわ」

 と感じたが、そこに違いがあるとすれば、

「匂いではないか?」

 と思うのだった。

 ただ、決していい匂いがしているわけではない。どちらかというと違和感のある匂いだった。

 鼻をついてくる匂いは、まるで石かセメントの固まる時の匂いのようで、もし食べたり舐めたりすることがあるとすれば、

「まったく味がしないのではないか」

 と感じられるような気がして仕方がなかった。

 どうしてそんな思いになるのか、つかさはよく分からなかったが、生暖かく感じられたのは、これだけ飲んでいれば、普通なら汗が滲んできてもいいはずなのに、その時は汗がまったく出ていなかったように思えたからだ。

 汗が出てこないということは、身体に熱が籠っているような感覚で、そうなると、意識が朦朧としてきて、いつもなら頭痛が伴いそうなのに、そこまでいかない理由として、

「風の生暖かさ:

 があると思うのだった、

「こんな暑さは、今までにないものだった気がするな」

 汗を掻かないのは、表にいるからだという意識もあったが、それは完全に言い訳でしかないような気がしていた。

 頬を触れば、かなり熱い。頬というのは、額などと違って、身体の奥から湧き出てくる熱気に左右されにくいと思っていた。熱がある時でも、頬だけは冷たいままの時があったので、発熱して身体がだるくなってしまった時、頬を触ることで、気持ち悪さが緩和されてくるような気がしていたくらいである。

 そんな時に感じる匂い。石のような臭いを感じると、

「雨でも降ってくるのではないか」

 と思わせた。

 この匂いと、生暖かい風は、今までの経験から、

「ほぼ雨の前兆である」

 という意識を強く持たせた。

 この感覚は、子供の頃から、ほとんど外れたことはなく、今回も雨が降ってくるのは間違いないと思ったが、いつ振り出すかということまでシラフなら想像がついたのに、今は見当もつかないことから、やはり少し感覚がいつもと違っているのを感じたつかさだったのだ。

 つかさがスナックから家までの途中には、神社があった。そこは、ちょっとした丘になったところなので、少し坂にはなっているが、歩いて昇るとしても、それほどきついところではなかった。子供の頃はよくここに学校の帰りに寄っていたものだったが、大人になっても、ふと気が付いた時には、時間のない時は別にして、立ち寄ってみることにしていた。

 その日は軽く酔っていたので、酔い覚ましにもちょうどいいと思い、神社に寄ってみることにした。上まで上がると、そこにはいつものように、真っ暗な中で、どこからか、暗い照明が差してきていた。その照明は毎回違うところから差してくるようで、そこが、この神社の意気なところだった。

 照明の数は数えたことはなかったが、分かっている限りでは四つあった。それが、その時の雰囲気なのか、決まったローテーションがあるのか分からなかった。毎日立ち寄っていて調べていれば分かるのだろうが、そこまでする気はさすがになかったのだ。

 この神社は、何か定期的なことが恒例になっていたのを思い出した。子供の頃から、

「この神社は定期的に何かの口実をつけて、お祭りやイベントのようなことをやる」

 と言われていた。

 それが、偶然なことも定期的なイベントに重ねてくるので、わざとなのか、それとも本当に偶然なのかが分からない。そのことが子供の間でウワサになり。いつの間にか大人の世界にも広がったことで、

「定期的なことが好きな神社」

 と一時期言われていたが、

「人のウワサの七十五日」

 ということで、そんな話もいつの間にか忘れ去られてしまった。

 しかし、そんなウワサはカルト集団の中に広まって、まるで都市伝説でもあるかのように、県を中心に発行している地元情報誌に、コラムのような形で時々載っていた。

 それを見て、

「さすが定期的が売りの神社」

 と、皮肉のように書かれていたが、地元で元々この話を知っている人には、ありがたい気がした。

 そんな中で、最近それこそ定期的に催されるのが、

「女神祭り」

 と呼ばれるものだった。

 この祭りは、江戸時代の頃の話であろうか、商人の娘が一人、いつもこの神社でお参りを日課にしていたのだが、ある日、豪商の息子である兄弟がいたのだが、小さい頃から素行は悪く、現代であれば、

「札付きのワル」

 という表現がピッタリではないかと思うような二人組であった。

 いつも兄弟で悪さばかりを考えていて、特に女の人に対しての浴場はハンパではなかった。

 したがって、いつも神社の祠の近くで二人は、密談をしていた。会話の内容は、どの娘がいいかという品定めであり、時々二人で、女性を襲うという悪さをしていた。

 本当であれば、婦女暴行なので、一度でも厳罰なのだろうが、この二人の親というのが、この町の権力者であり、奉行所と言えども、そう簡単に手を出せる相手ではなかった。

 襲われた町娘は、一旦は奉行所に訴え出るが、調べていると、このバカ兄弟のしわざだということが分かると、今度は訴え出た方に対して、

「まあまあ」

 と言って、訴えを取り下げらせるという。

 最初は拒んでいた被害者側も、相手が、豪商と聞き、さらに、

「その賠償はすると言っている」

 と、金銭の授受があるのでは、どうすることもできない。

 お金を貰っての泣き寝入りとなる。

 そうなると、バカ兄弟も味を占めるというものだ。

 最初の被害者が、

「しょうがない」

 ということで、泣く泣く訴えを取り下げたおかげで二人目の被害者が出た。

 二人目は、さすがに怒りがもっと強かったが、それでも丸め込まれてしまう。

「お前の家なんか、簡単に叩き潰せる」

 とまで恫喝されてしまうと、もう、どうしようもなくなってしまうだろう。

 第三、第四の被害者が出て、スルーされると、それ以降は事件もならず、何もなかったことになってしまったことで、事件は終わったかに見えたが、それは訴え出ることがなくなったからだ。

 下手に訴えれば。恫喝されて睨まれるだろう。

 しかし、何もなかったかのように訴えないようにしていれば、相当のお金を貰えることになる。その違いは歴然であった。

 ただ、さすがにそこまで湯水のようにお金を使って、ただで済むわけもない、結局はバカ兄弟が家を継ぐ頃には、身代はひっくり返っていて、財産など、あってないようなものだった。

「自分で自分の首を絞めた」

 と言えばいいのだろうが、それまでの代償はかなり大きかっただろう。

 それこそ、定期的に起こる事件として、世間を騒がせていた事件であったのは間違いではない。

「本当に代償が大きすぎた」

 ということで、この神社に彼女たちの無念を祠の中に封じ込めていたのだ。

 自殺をする人はいなかったようだが、一時、村でお嫁に行くことを全員が拒むということがあり、皆それぞれに、深いトラウマを持っていたのが分かったことで、村の存続問題も含めたところで、彼女たちの気持ちを収める必要があったのだ。

 何とか他の村から、お婿さんを迎えることで、村の存続は保たれたが、余計な血が混じったということで、この神社には、右と左とで、狛犬の種類が違っている。

 何と、右側が狛犬ではなく、猫だったのだ。

 それは、その時の混血状態を表すものだそうだが、今の時代で、この伝説を知っている人がどれほどいるだろう。

 今でこそ、大都市のベッドタウンのような街になってはいるが、昔はどの町とも関係を結びたくないという閉鎖的な村だったという。それは、かつての苦い思い出が、そうさせるのかも知れないということだった。

 つかさがこの話を訊いたのは、祖母からで、子供の頃、よく分からないまでも、さすがにバカ兄弟の本当の所業はぼかしていたが、

「女性に意地悪をしたたえ」

 というくらいのことは聞かされていた。

 その頃から、女性を大切にできない男性は嫌いだということを公言するようになったつかさは、今では伝説の正体をよく知っている。

 高校生になった頃からそういう話を訊きまわっていたので、真剣に訊ねると、さすがに老人は教えてくれた。

 むしろ、若い女の子でこの話に関わってくる人がいることを知ると嬉しかったようだ。

「少々の悲劇があったことは想像ができます。ショックを受けるかも知れないとお思いであったら、自分もある程度知っているということを理解してくれれば、話しやすいと思います」

 という前置きをしたようだった。

 そのことがあったので、つかさは、この神社を、

「婦女暴行などの凶悪犯罪から女性を守ってくれる神様なんだ:

 と思うようになった。

 つかさは、自分が被害者になるようなことはないと思っていたが、それでも、ここの神様を無視してはいけないという思いもあってか、気になった時には絶対に無視してはいけないと思うようになった。

 気になる時も定期的なので、これもこの神社とのかかわりを感じさせ、そのおかげでその日も立ち寄ることになった気がした。

「まさかとは思うけど、さっきの時間を食べると言っていた老人、ここの神様に関係あるのかしらね?」

 などと考えてみるうちに、次第に酔いがさめてくるのを感じると、先ほどの老人の顔がどんどん薄れてくるのを感じた。

「どんな顔だったのかしら?」

 とまで思うようになると、さっきの話までもが、まるで幻ではないかと思えた。

 つかさは、その日、鎮守様にお祈りをしてから、そのまま返ろうと、その日は、鎮守から家までのいつもの道である、公園に差し掛かった。

 この日は、まだホームレスの死体が発見される前だったので、公園には何も施されていなかった。

 つかさは、まだ少し酔いが残っていたので、ベンチに座って、酔いを覚まそうと座っていたが、後ろから誰かに襲われた気がした。

「誰?」

 と声を発したが、酔いが戻っていなかったので、抵抗はできなかった。

 男は目出し帽をかぶっていた、まったく顔は分からない。その様子は明らかに犯罪者であり、自分がその男に蹂躙されてしまったことに気が付くと、怖くて声が出せなくなってしまった。

 男は、つかさのみぞおちを殴ると、そのままつかさは息ができなくなり、気絶してしまった。

 少しして抱えられるように感じたが、今度はまた下ろされて、次第に意識がハッキリしてくると、今まで自分を蹂躙しようとしていた男がこちらに背を向けて、誰かを相手にしているようだった、

 その人はこちらに向かっていて、身構えている。ただ、その様子はみすぼらしく見えて、ホームレスのようだった。

「何、邪魔してくれ用としているんだよ」

 と、目出し帽の男がいうと、

「お前こそ、何をここで女を襲うようなことをしてるんだ。お前なら、女を襲う必要なんかないだろう」

 とホームレス風の男が言った。

 その話を訊くと、どうやら二人は知り合いのようだった。

「なぜ、そんなことが分かるんだ?」

「だって、お前は金にモノを言わせることができるだろう?」

「ふん、そんなことか。俺はもう金にモノを言わせて手に入れることに飽きたのさ。暴力でも犯罪でも何でもいいから、俺の力で手に入れるものがいいのさ。金の力なんかに頼らなくともな」

 と目出し帽の男は言ったが、話を訊いている限りでは、暴力や犯罪よりも、この男にとっては、金の方が程度の低いものに感じられた。その様子は金を憎しみにさえ思えるかのようだった。

「お前のような男が、この世をここまで腐らせたんだな」

 というと、ホームレスの手にはナイフが握られていた。

 二人はもみ合っていたが、さすがにつかさは恐ろしくなって。その場を離れた。どちらが勝ったにしても、目撃者であるつかさは、後でどうなるか分からない。二人が争っているうちにつかさはその場を逃げ出した。

 つかさは家に帰り、そのまま布団をかぶって震えていて、結局その日は一睡もできなかったのだ。

 それから二日後に、京極氏が、つかさを訪ねてやってきた。かなり憔悴したつかさを見て、

「どうしたんだい? そんなにくたびれてしまって。アルバイト先に聞くと、最近休みがほしいと言って、少し安いんでいると聞いたので、ビックリしてきて見たんだけど、こんなになってるなんてね」

 と言われた。

 つかさは翌日から新聞などを見て、昨日の結果がどうなったのかを見ていると、

「ホームレスが公園で殺害されている」

 と書かれているのを見て、自分で勝手にその内容を推理した。

「私を助けてくれたホームレスが殺されて、結局、犯人は私を襲おうとした男なんだ」

 ということが分かった。

 それとなく、京極氏に聞くと、

「あのホームレスだけどね、まだ警察も誰なのか分かっていないようだけど、実は俺は知っているんだよ」

「どういうこと?」

「あのホームレスは、あの公園の近くにある神社をねぐらにしている人で、ホームレスというよりも、仙人のような人だと子供たちのウワサになっている人だったんだ。僕は一度取材しようかと思ったんだけど、どうやらその人も元は同業者だったようで、その人を警察が探しているようだよ。というか、探すように仕向けたのは、実は俺なんだけどね」

 ということだった。

 京極氏は続ける。

「俺は、その記者、名前を東条記者というんだけどね、彼が何かの取材をするのに、あの神社を拠点に捜査をしていたようなんだ。それが詐欺事件と思われていた連中だったのだが、実は集団暴行犯だったんだ。自分たちを別の犯罪集団だと思わせておいて、警察や、警察よりもむしろ、他の反政府組織の目を背けるためだったんだね。やつらは、犯罪をゲームや遊びと同じように思っている。しかも、金を使って、いろいろやっているくせに、金というものが一番憎いと来ている。それだけに厄介でね。警察よりも、反政府組織の方がやつらには怖かったんだ。だから、そんな卑劣な連中の化けの皮を剥ごうと東条氏は必至だったようなんだ。彼には勧善懲悪のようなところがあり、同じ警察の中でも一番勧善懲悪と目されている辰巳刑事に手柄を立てさせたいという思いから、やつらを見張っていた。そこで、この間、やつらが動いたんだ。一人の女の子を蹂躙しようとしたが、それを東条氏に見つかり、争いになって、東条氏は殺されてしまったということさ。今警察の捜査が始まって、辰巳刑事は、東条氏の捜査と、殺人事件の捜査の二つを一人でやっている。きっと辰巳刑事の情熱と努力で、事件の核心に辿り着くのは時間の問題ではないかと思うよ。そうなると、つかさ君、君はその時にどうするかな? もし、何も知らないというままでいれば、東条君の気持ちがどうなるか、君なら分かるんじゃないかな?」

 という話を訊かされた。

 つかさは、辰巳刑事という人を知らないが、まるで今までに何度も助けてもらったかのような気がしてきた。

 さらに、殺された東条氏、確かに自分が悪いわけではないが、明らかに自分のために殺されることになったということには変わりはない。

 自分が悪くはないというのは間違いないので、このまま黙っていても、別に卑怯でもなんでもない。むしろ、女性であれば、仕方のないことなのかも知れない。

 だが、あの神社の守り神と思わせるような老人が、スナックで、

「時間を食べる」

 と言ったではないか、

 そもそも時間を食べるということがどういうことなのか。それに定期的に思い出したり、イベントを行う神社の守り神であるその人と思しき人が言った言葉。このまま黙っていていいものかどうかを判断するための材料になるだろう。

「このまま時間を食べていって、次第にその味も分からなくなっていって、飽きているにも関わらず食べ続けなければならないその状態に、どんな恐ろしさが孕んでいるのかと漠然と考えるが分かるはずもない」

 とつかさは考えた。

 それは、おの犯罪者連中の、

「おカネを使っていれば何でもできるのだが、そのお金に頼りたくないということで、犯罪に走るしかなく、その犯罪が最低最悪のものであることを自覚しながらどうすることもできない」

 というそんな状態に似ているのではないだろうか。

 つかさは、自分があの時の被害者であったことを名乗り出ることで、どれだけの人げなが救われるかを考えていた。

 そして一番の理由として、

「これから未来において、あの連中に襲われるはずだった人が何人救われるか、そして連中のような腐った精神の連中がまた生まれてくるであろうその分子を根絶やしにできるかも知れないんだ」

 と感じたのだ。

「これが、時間を食べるという発想に繋がるのかしら?」

 とも思ったが、さすがにそこまで考えが繋がるわけは、つかさにはなかったのだ……・


               (  完  )

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時間の螺旋階段 森本 晃次 @kakku

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