クラシカル

西順

クラシカル

 何の気無しにふらっと骨董品店に入って、ぶらぶらと商品を物色するのが私の娯楽だ。骨董市も良い。見て回っているだけで、今は過ぎ去りし時代の薫りと言うものを感じる気がする。


 とは言え骨董品に明るくない私は、100円、200円で売っているような安物の食器などを買うのが関の山で、何十万、何百万と言う値段で店主の後ろのガラスケースに飾られている茶器や絵画などは、安物を見ながら、チラチラと横目で窺う程度に留めていた。まあ、「値段が凄いなあ」くらいの感想で、欲しいとも思っていなかったけど。


 それは強がりとか虚勢を張っている訳では無く、本当に何が良いのか分からず、玉石混淆のこの世界では、下手に高いものに手を出しては、大損をするのが常であろうと、素人の私にも理解出来ていたからだ。


 それならば眼前のロボットの方がまだ愛嬌があって欲しいくらいだ。…………ロボット? と一瞬思ったが、それは10センチ程の四角四面で金メッキの玩具のロボットで、背中にはゼンマイを回すネジ巻きが付いている。昭和にでも作られた品なのだろう。傷など見当たらず、状態はかなり良い。それが1万円で売られていた。ちょっと欲しいと思ったが、1万円は少し高い。と思い留まり、私はその日は何も買わずに店を出た。


 しかして家に帰って寝床に潜り込めば、思い出すのはあのロボットの事ばかり。


(あのロボット可愛かったなあ)


(もう売れちゃったかなあ)


(何であの時無理してでも買っておかなかったんだろう)


 と後悔ばかりが頭を巡り、悶々としてその日は中々寝付けなかった。


 翌日仕事を終えた私は、一も二も無くその骨董品店に足を運び、件のロボットがまだ棚に陳列されているのを見るに、ホッと胸を撫で下ろしたのだ。


 こうしてこのロボットを購入した私は、家にロボットをお迎えしてすぐに、背中のネジ巻きを回してみた。


『こんにちは』


 と喋るロボット。


(おお〜! 凄いぞ! まだ動く! これは掘り出し物だったんじゃないか?)


 胸を弾ませた私は、更にそのロボットを気に入り、10センチと小さい事もあって、休日など胸ポケットに入れて持ち歩くようになっていた。


 そしてこのロボットは確かに掘り出し物だったのだ。


『これが良い。これが良い』


 骨董市を一店一店巡っていると、不意に胸ポケットのロボットが声を発するではないか。なんだろう? とロボットの視線の先に目を向けると、茶器セットが目に入った。


『これが良い。これが良い』


 ロボットに骨董品の価値なんて分かる訳も無いが、なんだか子供にねだられているようで、独り身の私としては嬉しかったので、その茶器セットを2000円で購入した。するとどうだろうか。後になってその茶器セットをネットで調べたら、20万円との値段が付けられている。どうやら中国の逸品であったらしい。


 これ以来私は、ますますこのロボットに入れ込み、骨董品店や骨董市に行く時には、必ず胸ポケットに入れて連れて行く事にした。


 するとどうだろう。玉石混淆のこの世界で、ロボットの目利きは百発百中だった。ロボットが『これが良い』と言う品は、どれもこれも逸品名品であっても、店主がそれと知らずに安売りしている品なのだ。私はそれを安く手に入れ、後でネットで調べたり、時に骨董品店に持っていって鑑定して貰ったりしては、その価値に顔のニヤケが取れぬ毎日を過ごす事となった。


 そんな毎日を二年三年と過ごしていれば、誰でも骨董品店を開こうと思い至るもので、私もそんな人間だった。


 大丈夫だ。このロボットがいれば上手くいく。と煩雑な申請手続きをして古物商許可証を取得すると、会社を辞めて、大通りから一本入った道に自分の城を持ったのである。


 そうして店を開いた初日の事だ。この頃の私は骨董品の界隈では、逸品名品を見付け出す麒麟児として名が売れてきた事もあって、初日にも拘らずそれなりに客がやって来てくれていた。そしてその中の一人が、自分の所有する浮世絵の鑑定を依頼してきたのだ。


(このロボットがいれば大丈夫)


 と私は胸ポケットからロボットを取り出し、ネジ巻きを巻いた。


 パキッ。


 嫌な音がしたのはその時の事だった。見ればネジ巻きが根本から折れ、ゼンマイが巻けなくなってしまっていた。


「あの、私の浮世絵なんですが……」


 焦る私だったが、いつまでも客を待たせる訳にもいかない。私は自力で客の浮世絵を鑑定すると、客はその鑑定結果に満足して帰っていった。


 初日は鑑定依頼してきたのはその一人だけだったが、翌日からは二人、三人とその数が徐々に増えていった。


 依然ロボットは壊れたままで、冷や汗をかきながら自力で鑑定をする日々なのに、店の評判は悪くなる事は無く、鑑定依頼も引っ切り無しだ。何故だろうと首を捻って思い返せば、ロボットと暮らしたこの数年、私はロボットに逸品名品がどんなものであるか叩き込まれて生活してきたと言って良い。それが骨董鑑定士としての自分の血肉となっていたのだ。


 嬉しい誤算であり、私は今も骨董品店を営む事が出来ている。そんな私の胸ポケットでは壊れた玩具のロボットがいつも顔を覗かせているのだった。骨董云々関係無く、いつかこのロボットを修理してくれる人が現れるのではないかと、私は今日も探している。

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クラシカル 西順 @nisijun624

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