第7話 かませ犬は救いたい①

俺は無駄に長い廊下を何とか走り抜けて、ついに事件の舞台となっている部屋の前にたどり着いた。


激しい運動で体が熱くなり、汗が滝のように吹き出す。その豪快に噴き出る汗が、服にしみこんで湿りきり、グレイブの無駄に豪華な装飾のせいで無駄に重い服の重量を倍増させる。湿った布地は息苦しいほどに肌に密着し、ねっとりとした触感を与えてくる。


正直、これから立ち向かわなければいけない現実も相まって最悪な気分だ。許されるのなら今直ぐにでもクーラの効いた部屋でアイスを食べながら惰眠を貪りたい。 


「ほぅ、どんな事でもナノーネ?」


「はい、何なりと」

  

ただ部屋から聞こえてくる会話が現実から目を背けている暇も、扉の前で立ち尽くしている暇もない事を嫌でも痛感させられる。


「お父様!」


俺は汗だくのまま、思いっきり扉をぶち開けて部屋に足を踏み入れた。貴族のマナー?そんなもの知ったことか。そもそもまともな教育を受けさせていた家庭から、歩き疲れたからと言って同級生を平気で椅子にする化け物が生まれるはずはないだろう。


「グレイブ!」


ただそんな俺の予想とは裏腹に部屋に足を踏み入れた瞬間、グレイブの父親の怒鳴り声が響き渡った。部屋は一瞬にして静寂に包まれる。


どうやら「けんま」のグレイブの姿からは全く想像が出来ないが、バイトドック家では貴族のマナーについて厳しく教えられていた・・・


「お父様じゃなくてパパと呼べと何度言ったら分かるノーネ」


・・・と思っていたがやはり、そんな事なかった。そもそも十歳の女の子を手籠にしようとする奴に期待するだけ無駄だったようだ。


どうやらグレイブの父親は部屋の入り方どうこうではなく、自分がお父様と呼ばれた事に腹を立てて怒鳴り散らしたらしい。


やっぱり駄目だこの家系。


「ごめんなさい、パパ」


俺は内心呆れながら、心のこもっていない謝罪の言葉を口にした。その言葉からは、本当の反省や後悔の気持ちなんて微塵も感じられないだろう。


「おぉ、愛しの我が息子よ。無事だったのか、心配したノーネ」


「そうザマス。そうザマス」


だだ俺が素直に謝った様子に満足したのか、グレイブの両親は心地よい笑顔を浮かべながら俺を労ってきた。その顔からは先程まで、十歳の少女を手籠にしようとしていた男の姿が消え去ったかのように見えた。

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