第6話 空虚
あのディズニーデートの次の日、毎日来ていた美沙が来なかった。連絡したら風邪だと言って2日間来なかった。看病しようかと提案したが、呆気なく断られた。
その次の日から、また会えるようになった。よかった。本当にただの風邪だったのかと安心した。
「お疲れ。本当に風邪だったんだな」
「なに? 嘘をついてると思った?」
「ちょっとだけ」
「心外だなーっ」
「少しやつれたんじゃないか?」
「病み上がりだしね」
その日はいつもより少し濃い化粧をしていた。服も少し派手になった。女ってのはコロコロ気分が変わるから、化粧だって変わるのだろうと思っていた。
それからまた2週間経つと数日来なくなって、次は1週間で数日と徐々に来ない日が増えていった。用事があるとか、友達と遊ぶとか、仕事が終わらないとか。今まで毎日欠かさず来ていたのに、どういう心境の変化なのだろうかと思った。
俺の事が嫌いになった? その言えないことと何か関係しているのか?
何故だろうか。もう、会えないような気がして仕方がない。
「美沙、久しぶり」
「数日ぶりだね!」
「最近お前おかしい」
「おかしいのは前からです」
「そういうんじゃなくて。なんで毎日来ねえの」
「あ、もしかして寂しい?」
「当たり前だろ」
「へへ、嬉しいなあ」
「……なんかあったのか?」
「なーんにもないよ。……ねえ、そんな事よりさ、君の絵を描いてあげる」
「今まで人なんて描いてこなかっただろ」
「今日は描きたいの」
「ふん。まあいいけど?」
「じゃあそのまま座ってこっち見てて」
「お、おう」
いつもは気づかれないようにチラチラ見ていたが、堂々と見ていいのは嬉しかった。でも真剣に俺の顔を見て俺の絵を描く姿に、照れ臭さを感じる。
「ねえ、笑って見せて」
言われた通り笑顔を作る。
「はは、下手くそ〜!」
「うるせ。無理なことお願いするからだ」
描き終わるまで1時間程かかった。それまで俺はただ、無言で美沙を見ていた。
「できた! 見てみなされっ」
「お、やっとか」
「うるさいな〜絵は時間がかかるものなの」
「はいはい」
その絵の俺は優しく微笑んでいた。不思議だった。高校で見せている偽の笑顔じゃなくて、ありのままの笑顔。こんな笑顔出来なかったのに、お前は想像でここまで描けるのかよ。
「私はね、学校で無理に笑う祐也じゃなくてさ。こんな笑顔をする祐也が好き。私の前だけ見せる笑顔が好き」
「なにそれ。照れるんだけど」
「ふふ、人の笑顔ってすごい力を持ってるんだよ」
「そうだな。お前の笑顔も」
「そうかな?」
「お前の笑顔見てると俺も笑顔になれる」
「え、珍しいこと言って……調子狂うじゃん」
「狂えばいいんだよ」
「……この絵は家に飾るからあげないよ」
「そうかよ。また描いてくれるんだろう?」
「気が向いたらね」
「それでいい」
好きと言ってくれたお前が、俺に会いに来なくなった。もう会えない? 会いたくない? 連絡をしても、返事は返ってくるけれど。忙しそうにしているお前が、凄く遠く感じていく。ずっとずっと先を歩いて、走っても走っても追いつかない。
我慢できなくて、またメッセージを送る。
『最近どうしてる?』
『忙しくしてるよ。色々あってね〜もうバタバタ』
『会えないほどか?』
『うん、ごめんね。ねえ、祐也が見る空が見たい。写真送ってよ』
『わかった』
『ありがとう。また落ち着いたら会おうね』
『待ってるから。次いつ会える?』
『さあ、どうだろう』
『なんだよそれ』
既読無視か。ここ最近はずっとこんな感じ。すぐに終わってしまうのが、寂しい。会えなくなるまではこんなこと無かったというか、ほぼ毎日会ってたからなのか。元々そんなに連絡をとっていた訳では無いが、どこか違和感を感じてしまう。
そして学校では俺と美沙のことが噂になっていて、俺に彼女が出来たとか噂はどんどん変わっていた。
今まで周りを気にしていた俺は、美沙のことで頭がいっぱいになってそんなことどうでも良くなった。ただあいつに会いたい。それだけ。
それからも毎日通い続けた。いつも会っていたこの海に。連絡は徐々に返ってこなくなった。もうすぐで夏休みだってのに。2人で海や花火大会に行こうって約束したのは嘘だったのか? 夏休みが始まってしまった。
俺はバイト三昧になったが、いつかまた会えるんじゃないかと思って、夕方で終わらせた。ずっと諦められずに通い続けた。
毎日毎日、美沙と過ごしたこの海から見るお前の好きな空を眺める。お前のこと、全然知らない。会いたくても、家も知らない。聞いていれば、今もお前の隣にいられただろうか。
最後に会ってから2ヶ月が経った。
ただただ何も考えずに、ボーッと海を眺める。眺めていると、ずっとここで過ごしてきた、美沙との記憶が頭の中で駆け巡る。楽しそうに笑う声、真剣な表情で絵を描いていたあの表情。
どれも昨日の事のようで、フラッと急にまた現れるんじゃないかと思ってしまう。何も無かったかのように、いつも通りのお前で。
そんな事を思いながら毎日ここへ来ては、誰も来ることも無く夜になる。なんの気力も起きなくて、成績も落ちてしまった。あれ程自分を偽っていたのに、友達とも話さなくなった。
そんな俺を見て、友達は元気出せよとジュースを買ってくれたな。今まで無理して一緒にいた俺に、気をつかってくれるやつだとは思ってもいなかった。
人というのは外見などでは測れないのだと、最近になって思うようになった。美沙のことも、最初は性格の悪い清楚な女だと勝手に決めつけていた。
実際そんなことはなくて、明るくて面白いやつで、結局は好きになってしまった。後悔はしていない。お前を好きになって良かったと思う。お前に出会って、人生が明るくなって、小さなことも幸せに感じるようになった。何にも興味がなくて無気力だった俺を変えてくれた。
ただ、ありがとうと言いたい。好きだって、何度も何度も嫌になるほど言ってやりたい。お前が俺の事を嫌いになったり、忘れたとしてもこの気持ちは変わらないし、変われない。
「クソ……」
虚しく吐かれた小さな声は、波の音でかき消された。
「ねえ、そこの貴方」
誰もいなかったはずなのに、声が聞こえた。声の方を見てみると、知らないばあさんだった。
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