いつも風景画しか描かないお前が、たった一度だけ俺を描いた理由

やーみー

第1話 出会い

 俺は人間関係に疲れていた。中身のない会話、クラスで人気のやつとつるんでるせいなのか、俺に付け入ろうと必死なやつら。作り笑いをするのも、酷だった。

 でも、学校で1人にはなりたくなくて……ずっと他人に合わせて。学生の間だけだと言い聞かせるように、俺は自分を隠している。

 小さな社会で生きていくためには、自分を殺さないといけない事もあるだろう?




 いつも学校が終わると、そのまま俺は近くの海へ向かう。そこはいつもほとんど誰もいなくて、ただ何も考えずに座り込む。田舎でよかったと思う。




 そして今日の心地よく暖かい日にいつもの海へ向かうと、珍しく先客がいた。しかも女。俺の苦手な大人しそうで清楚な女。清楚な女ほど性格が悪い。1人になりたかったけど、仕方ない。無視して離れたところにいればいいだろう。



 そう思って、俺は砂の上に座り込んだ。どうせあと帰るだけなんだから、別に汚れたっていい。




 いつも通りただぼーっと海を眺める。ここは入江のようになっていて、ここだけ海と海が分かれているような場所。潮風が俺の心を洗っていく。ふとそこに居た女が気になって、目をやる。



 長い黒髪を揺らしながら、何か絵を描いているようだ。涼し気な白いワンピースを着て、立っている。スタンドの上に乗った高そうなそれに、絵の具をのせていく。風景を描いてるのか? 人に興味が無い俺だが、珍しくそいつの事が気になって仕方がなかった。





 くそ、もういい。どうにでもなれ。




 そう思って、俺は女に話しかけに行くことにした。







「あの」

「はい?」

「何してんすか」

「絵を描いてるの」

「それはわかってる。いつもここは誰もいねえからさ」

「ここは静かでいい所。いつもここにいる人でしょう?」

「……? なんで知ってるんすか?」

「近くに住んでるの。よく見かけたから」

「ふーん」


 何を話すか決めなかったせいで、言葉が出てこない。女はそんなこと気にもしていないかのように、再び絵を描き始めた。



「君、名前は?」

「俺っすか。俺は東二とうじ祐也ゆうや。そっちは?」

「私は安達あだち美沙みさ。よろしくね。高校生だよね?」

「ああ、2年っす」

「2年生かー。今のうちに楽しまないと」

「そっちは? 幾つ?」

「ちょっと、そっちって言わない。名前教えたでしょう?」

「チッ。わかったよ。美沙さんはお い く つ ですか?」

「ふふ、23歳 です。お姉さんって呼んでもいいよ?」

「いや、いい」

「冷たいな〜」





 そうして俺達は同じ場所で毎日会うようになった。学校で仮面を被っている俺は、何故だかコイツといると自然体でいられる。それがとても心地よくて、毎日の放課後が楽しみになった。





「よっ」

「ゆうや!」

「今日は何を描くんだ?」

「今日はねー、夕日を描こうかな。今日の空がいつもより綺麗じゃない? ピンクとオレンジが混ざって、異世界に居るみたい」

「確かにな。まあでも俺は実際の景色より、お前の絵の方が好きだな」

「え?! 珍しいこともあるんだね。急にどうしちゃったの? 頭でも打った?」

「はぁ?! 褒めただけだろ! チッ、褒めなきゃ良かった」

「冗談だって! 嬉しくてさー。君に褒められると特にね」

「ふん。いいから描けよ。見とくからさ」

「うん、ありがとね」

「毎日ここにいるけど、仕事はしてないのか?」

「在宅勤務なの。いつも頑張って早めに終わらせて来てるのよ?」

「それはすげえな。てかさ、そろそろ連絡先教えろよ」

「え? そういうの嫌なんだと思ってた。いいよ」

「ん。これ。QRコード」

「ちょっと待ってね……うん、いけた」


 美沙のメッセージのアイコンは、祖母らしき人とのツーショットだった。親はいないのか? こういう話はデリケートな部分だから、聞かないでおくか。


「この人、ばあちゃん?」

「そう。おばあちゃんと2人で暮らしてるの。おばあちゃん子なんだ」

「そうか」




 俺は会話をするのが正直苦手だ。どこまで踏み込んでいいのか判断ができない。口下手で、美沙には素っ気ない態度をとってしまう。いつの間にか俺は、美沙のことが好きになっていた。

 でも、お前は大人で、もしかしたら彼氏がいるかもしれないし……どうせ叶わない恋だ。




「祐也のアイコンは、男の子! って感じだね」

「適当に選んだやつ」

「ふーん。綺麗な空」

「美沙は空ばっか描いてるよな」


 いつも照れくさくて、名前はほとんど呼べていない。でも今日は、勇気を振り絞って呼んでみた。すると一瞬驚いた表情をして、柔らかく笑った。美沙は笑顔が一番似合う。


「風景で空が1番好きなの。広くて、どこまでも続いてるでしょう?」

「そうだな。俺も空が1番好き」

「ふふ、一緒だね!」

「次休みいつ?」

「急だね……土日祝が休みだから、明日かな?」

「どっか行く?」

「本当?! いいの?! やった! 行く!」

「どこに行きたい?」

「そうだなー……ピクニックがしたいな」

「決まりだな」

「会って1ヶ月も経つのに、出かけるのは初めてだね!」

「うるせえ。誘うのも勇気がいるんだよ」

「へー、勇気出して言ってくれたんだ?」

「べ、別に!」

「ありがと! 楽しみだなあ。帰ったら服選ばなきゃ! あと、お弁当は任せてね!」




 初デートがピクニックか。いいとこ見せないと。



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