あなたにも野火

石田 犀

あなたにも野火

父親のあばらをすっと抜く夢を見たこの街で迎えた初夜に


坂の多い街なのだったさかさかと腕に吊るしたビニールの鳴り


駅前の宗教施設(燦然と)強度の尺度として眩しさは


正解はわからなくなる新築が一番よねと母が笑えば


怒りとは悲しみよりも強いらし 手渡してみる あなたにも野火




さかむけを剥くのをやめられない母が桃があるよと言う夕食後


いもうとと眩しいねって言い合ったいつか誰かのものになる声


父と母が揺れていた夜に出てた月 忘れたいことばかり忘れない


わたしには想像上の兄がいて誰にも言ったことはなかった


この母の奥にも滝があることを思い知るたび季節は夏で


公園で小火があったがその話やめてと言われたのも夏だった


父親を思い出そうとすればまずラルフローレンのシャツ 緑色


マンションの響く階段降りながら誠実に死について思って


エレベータホールの暗さのなかにいて産まれなかったほうのわたしが


そしてまた犬を飼う想像ばかり いぬ 誰のものでもないあなた




少しだけ子宮のように震えては朝のエレベーターひらかれる


ひび割れた日々それすらも結局は過程になってしまうから風


その人は何も信じてない人ですべてのことを信じてる人


両親が夫婦になったのも四月さくらはとうに散ってしまえり


真実の言葉などこの街になくそれでもきみと坂を下りゆく


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたにも野火 石田 犀 @sai_ishida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ