佐久間拓也と佐久間里帆、そしてサミュエル

日本に戻ってから何度となく夢に見る人がいる。

夜更けに目が覚めて隣にいるのがサミュエルでなく妻の里穂であるのを見ると、安堵とほんの少しの後悔を覚えるのだ。

日本に戻ってから枕元に置くようになった魔法瓶からレモン水を注いで、ちびりと飲むとやはりサミュエルのことを思い出していた。

「……どうしたの」

ふと妻が俺の目を見てそう聞いてくる。

「なんでもないよ」

そんな嘘をつくのはもう何度目だろう。

日本に戻っても未だ俺の心の隅に残る面影が、チリチリと胸を焦がしていた。


***


異世界に連れてこられた時、俺は自分がひどく場違いに思えた。

教え子たちはまるで流行りの漫画のような展開に高揚しすぐに適応していたが、俺は漠然と悪夢のような気持ちを抱きながら教え子たちが暴走したり調子に乗ってしまわぬように戒めた。

教え子たちがすんなりと俺の戒めを受け入れてくれるのを奇妙に思っていたら、それが【女神の訓戒】という能力によるものだと知ってそれはそれで自分の教師としての能力が低かったみたいで落ち込んだ。

唯一成人しているバス運転手の酒井さんはいまいち性分が合わず、教え子たちを守らねばという責任からひと時でも逃げたくて教え子たちが寝た後に1人で酒場へ足を伸ばしタバコを呑んだ。

そんな頃時折顔を合わせたのが吟遊詩人のサミュエルだった。

サミュエルは金髪と青紫の瞳を持つ美青年で、酒場を渡り歩いて歌うという仕事柄酔っ払いに絡まれていたのを助けたのが最初だった。

サミュエルは取材だからとよく俺たちの話を聞いてくるので俺も愚痴半分自慢半分によく話をした。

見目麗しい美青年に好かれるのは悪い気がしないし、サミュエルは聞き上手で俺を甘やかしてくれた。

そうした俺の弱さはやがてサミュエルに肉体的に甘やかされたいという欲望へつながり、それを見抜かれて何度か抱かれる夜もあった。

『タクヤを抱くのは楽しい』と褥で囁かれるたびに、永遠に甘やかしてほしいと願う愚かな俺もいた。


しかしそれは全て偽りだったことを、俺は魔王城で知った。


サミュエルは魔王に仕える隠密だった。

俺を何度も抱いたあのサミュエルが魔王の配下だったと知って呆然としていた俺に、サミュエルは俺の息の根を止めんとナイフを当てようとして教え子の矢に弾かれた。

その瞳に微かな寂しさを感じたのは俺の欲が見せた幻だったのだろう。

結局、サミュエルは剣士だった教え子によって俺の目前で死んだ。俺の目を見て、死んだのだ。


***


日本に戻ってからも、俺は何度もあの時のサミュエルを夢に見る。

お前が俺を愛していると一言でも言ってくれたなら、俺は妻を捨てていたかもしれない。

けれどサミュエルは死に俺のそばには里帆がいる。

俺を待ちづつけた里帆の眠る姿を見ながら、俺は今もサミュエルの面影を消せずにいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者のクランの恋愛事情 あかべこ @akabeko_kanaha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ