伊藤ななみとその弟と国王エドアルド
3年前、広告の遠足の途中で弟の乗っていたバスは行方不明になった。
そのバスが帰ってきたと聞きつけて会いに行くと、そこに弟はいなかった。
「伊藤ななみさんですか?」
ふいに後ろから声がかけられる。
「クラス担任だった佐久間と申します」
そう声をかけてきたのは50代くらいの眼鏡おじさん教師であった。
厳しい暮らしをしてきたのだろう、身体のそこかしこに小さな傷がありずいぶん使い込まれた印象だった。
「……咲也は死んだんですか?」
「いえ、自らの意思であちらに残ることを選びました。お姉さんに手紙を預かってます」
渡された手紙を開くと、それは確かに咲也の字で綴られていた。
異世界へ飛ばされた後咲也は【真贋の瞳】という相手の言葉の真偽を知る魔術を与えられた。
しかしその能力故に人間不信に陥りそうになっていた時にある小国でエドアルドと言う皇太子と出会った。
父親が嘘と欺瞞と欲望にまみれた人物でありながら、エドアルドは嘘偽りを全く抱かず異世界人である自分たちを信頼し良き後ろ盾となった。
やがて二人は惹かれあってごく自然に恋仲になったが、魔王を倒した後エドアルドに『この国に残って自分を支えて欲しい』とプロポーズされたという。
咲也は最終的に自らの意思でこの国に残り愛する男を支える事を決意した。
手紙の最後はこう締めくくられていた。
もう姉ちゃんと会えなくなるのは残念だけど、俺はエドアルドと家族になりたいと思ってしまった。だから許してください。
俺はこの国で幸せになります、だから姉ちゃんも幸せになってください。
伊藤咲也
「……あいつ、」
その手紙を読み終えた時、手紙をぐしゃりと握りつぶしてしまった。
私は弟のことが好きだった。
両親と死別後ずっと必死で守ってきたから家族愛と混同してるんだ、と言い聞かせて見て見ぬふりをした恋心が千々に破け去っていく。
弟のいないこの世界でどうやって幸せになれと言うんだろう?
ぽたぽたとこぼれる涙を裾で拭う。
私のもとから居なくなってしまうんなら、好きだと言えばよかった。
そんな悔いすらも再会の歓喜に沸くこの場所では誰も聞いてはくれなかった。
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