群集ハイド・アンド・シーク
花野井あす
群集ハイド・アンド・シーク
隠れん坊をしよう
少年ディータはそう、思い立ちました。
いたずらっ子で誰かの気を引くのが大好き。ディータは街の中を駆け回り、遊び相手を探します。
この街は人が多く、誰かと遭うのに事欠きません。よちよち歩きの小さな女の子から、ベッドで寝たきりの偏屈爺さんまで。どんな人にでも遭うことができます。
おかげでディータも声を掛ける人が居ないことに悩むことはありません。
ディータはお隣の老夫婦に話しかけます。
「隠れん坊をしようよ。」
「ごめんよ、私たちは腰を悪くしていてね。」
ディータはお向かいの青年エミールに話しかけます。
「隠れん坊をしようよ。」
「お仕事に行くまでの時間なら構わないよ、坊や。」
ディータは通りすがりのお姉さんたちに話しかけます。
「隠れん坊をしようよ。」
「まあ、可愛い子!」
「坊や、こんなところでひとりでいると、攫われちまうよ!」
ディータは泣きじゃくる小さな男の子に話しかけます。
「隠れん坊をしようよ。」
「おにいちゃんとするの?」
ディータは隠れん坊の相手を探し回ります。人数は多ければ多いほうが良い。そのぶん、探すのも見つけるともきっと楽しいはず。ディータは街中のひとに声をかけます。
もう何人のひとに声をかけて、何人のひとが頷いたかわからない。しかしディータは上機嫌で言います。
「隠れん坊をはじめるよ。ぼくを見つけてね!」
ディータは自分で数を数えながら、隠れる場所を探します。見つけにくくて、だけど見つからなくはない場所を、ディータは探します。
「そうだ。木を隠すなら森のなか!」
ディータはひとの特に多い、ショッピングモールの柱の影に隠れました。そして大きな声で叫びます。
「もういいよ!」
こんなにもひとが居るのだ。きっと、声をかけた誰かが見つけてくれるはず。でも、あんまり早く見つかってはつまらない。
うろうろと歩き回るひとを見るたび、ディータは笑いを堪えて見つけてくれるのを待ちます。
しかし、一向に誰も来てはくれません。呼んでもくれません。ディータは不安になり、そろそろと柱の陰から出て、そして外へ出ました。
外はすっかり暗くなり、まん丸のお月さまがお空のてっぺんに浮かんでいました。たくさんのひとが傍を、ショッピングモールを、街を歩いています。しかし誰ひとり、ディータの名前を呼びません。
「ぼくは、ここだよ。」
ディータは行く人行く人にそう言いながら、とぼとぼと歩き始めます。
ぼくはここにいるよ。
ぼくは、ディータというんだよ。
だれか、ぼくを見つけて。
だれか、ぼくの名前を呼んで。
だれか、ぼくを忘れないで。
家の傍へたどり着いても――家へ帰ってもなお、ディータの名前を呼ぶひとはいませんでした。――ディータは星の数ほどいる街の人たちに、埋もれてしまったのです。
群集ハイド・アンド・シーク 花野井あす @asu_hana
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