AI《あい》に溺れて。

夕日ゆうや

愛衣と宗士

「なあ、愛衣あい。俺たちっていつから付き合っていたっけ?」

 2091年7月7日。

 俺は愛衣に訊ねる。

「何よ。忘れたの? 去年の12月。クリスマスの日だよね」

「そうだね。俺はずっとキミといたい。ずっとだ」

「ふふ。宗士そうしくんとは私も一緒にいたいよ!」

 笹の葉に短冊をくくりつける。

 今日は七夕だ。

 幸せな日々を願うように、俺はこの世界で愛を願う。

「さ。おいしいお団子だよ」

 愛衣がお盆にのせて運んできたのはお茶とお団子。

「それは月見じゃないか」

「ふふ。いいじゃない。お団子、おいしいもの」

「確かにうまいけどさ。風情がないよ」

「そんなことないよ。さ、食べよう?」

 愛衣はそっと柔らかな笑みを零す。

「まあ、いいけど」

 俺は縁側に腰をかけて愛衣と一緒に団子を頬張る。

 うまい。

 甘くてもちもちしている。

「今夜は宗士くんの好きなハンバーグだよ」

「やった!」

 思わずガッツポーズをとる。

「ふふ。おかわいいこと」

「う、うるさい!」

 照れくさくなり、ぷいっと顔を背ける。

「頬にタレがついていますよ」

 そっと顔を寄せて、ハンカチで優しく拭き取る愛衣。

「こ、子どもじゃないんだぞ! バカにするな!」

「あら。大人ならもっと丁寧に食べてください」

「むぅ……」

 口の減らない女の子だ。

 まあ、一理あるが。

「それもこれも、このタレがうまいせいだ」

「ありがとうございます」

「? なぜ愛衣がお礼を言う?」

「私の手作りだからよ」

「そ、そんなこともできるのか……」

 驚きで目を丸くする。

 料理もできるし、気遣いもできる。

 顔立ちも整っている。

 銀色の長い髪に、灰色のくりくりとした瞳。

 薄紅色の形の良い唇。

 丁寧なたたずまい。

 俺にとってはどんぴしゃな女の子だ。

 まさか付き合えるとは思っていなかった。

 団子を頬張る姿でさえ、絵になる。

「どうかした? 宗士くん」

「いや、なんでもない」

「あまり食べている姿を見ないでよ。恥ずかしい……」

「す、すまん!」

 俺は慌てて反対方向を向く。

 こんな日が一生続けばいいのに――。


 ざっざっ。


「愛衣。今日の夕食はハンバーグだったか?」

「うん。今作るね!」

 そう言ってキッチンに立つエプロン姿の愛衣。制服の上から着ているせいか、背徳感を感じる。

「俺、愛衣の作るハンバーグが大好きだからな!」

「分かっているよ」

 クスクスと笑みを浮かべる愛衣。

 しばらくして、お肉の焼けるいい匂いが漂ってくる。

「うん。うまく出来た!」

 そう言って食卓に運んでくる愛衣。


 鏡面電磁場、確立。


「そう言えば、愛衣はどんなお願いごとをしたんだ?」

「ふふ。秘密だよ」


 太陽風到達まで二十八秒。


「俺は愛衣との結婚を頼んだよ」


 フレアモーター起動。


「あら。AIじんこうちのうとの結婚は許されていないよね?」


 電磁力場、地球圏到達まで六秒。


「そうだ。だから世界を変える。俺が政治家になって――」


 ざざ。

 乱れる視界の中で、俺はまた七夕の夢を見る。


 人工知能搭載型の神経投影システムによる記憶の転移。

 あの日、俺の恋人『アンドロイドタイプC 塩基配列パターンGF 愛衣AI』を失った。

 アンチアンドロイド撲滅組織・《デューク》による電磁波攻撃。

 AIの頭脳は量子コンピュータである。電磁気で作られている頭脳を、さらに高出力の電磁波で壊す。

 大規模なテロ行為の末、俺の恋人は帰らぬ存在となった。

 それでも記憶データを取り出し、新たなマシンへと進化させた。

 俺はそのマシンをAIあいと名付け、今日も彼女との夢を見る。

 神経を拡張するデバイスにより、俺は同じ記憶を遡って見続ける。

 もう現実には返りたくなかった。

 外では俺の生命維持装置を外すかの会議が行われているらしいが、愛衣と離れるくらいなら死んだ方がマシだ。


 ざざざ。


「なあ、愛衣あい。俺たちっていつから付き合っていたっけ?」

 2091年7月7日。

 俺は愛衣に訊ねる。

「何よ。忘れたの? 去年の12月。クリスマスの日だよね」

「そうだね。俺はずっとキミといたい。ずっとだ」

「ふふ。宗士そうしくんとは私も一緒にいたいよ!」


 俺は終わらない2091年7月7日を繰り返す。

 それが俺の幸せだから。



                     ~完~

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