1年に1度しか会えないわたしと彼。〜お星さまにお願いをしたら、叶いました〜

水鳥楓椛

1年に1度しか会えないわたしと彼。〜お星さまにお願いをしたら、叶いました〜

 わたしの名前はオリヴィア・セサール。

 なんの変哲もない伯爵家のひとり娘。建国からある由緒正しき家柄でもなければ、成り金や優れた能力で貴族となった家柄でもない。

 強いて言うなれば、我が家は普通よりちょっと裕福で、普通よりも平民に対してフレンドリーなのが特徴かもしれない。

 でも、わたし自身にはものすごく大きなたった1つの変わった点がある。


 わたしには前世の記憶なるものがあるのだ。

 

 前世は母子家庭で家も裕福ではなかったため、わたしはお外で遊ぶということをあまりしなかった。

 家事のお手伝いをして、学校でお勉強をして、そうして毎日が過ぎていく。そんな生活をしていた。側から見れば不幸な少女なのかもしれない。実際に自由は少なかったし、苦労も多かった。でも、わたしはお母さんと趣味さえあれば幸せな人間だったから特に周囲からの哀れみや心配は必要じゃなかったし、お呼びでもなかった。

 そんなわたしの前世での唯一といってもいい趣味は読書だった。月1000円という少ないお小遣いを全て本に注ぎ込んでいたくらいに、わたしは本を愛していた。隙間時間を見つけては図書館や本屋に入り浸った。至福だった。


 話がずれてしまったが、なんの変哲もない伯爵家に長女として生まれたわたしは、この前世の記憶があるという点以外はなんの変哲もない、面白味のない人間だ。

 チョコレート色の猫っ毛に垂れ目な琥珀色の瞳。容姿はそこそこ整っているが、100人中100人が振り返るような絶世の美女でもない。


「オリー、そこで何をしているの?」


 窓辺に立って夜空を見上げていたからか、わたしが眠ったかの確認のためにわたしのお部屋に不法侵入してきたであろうお母さまに、心配そうな顔をさせてしまった。


「エリオットさまのことを考えていたの。だって、1年ぶりにお会いしたのよ?」


 わたしには前世と違って許嫁というものが存在している。

 彼とはなぜか、1年に1度しか会えない。幼き日、5歳くらいまでは頻繁にお会いできたのに、いつのまにか1年に1度という少ない時間しか会うことを許されなくなった。


 エリオットさまは、わたしにはとっても勿体無いお方。

 きらきらと輝く黄金の見事なブロンドにラピスラズリを砕いて詰め込んだかのような美しい瑠璃色の瞳を持った社交界1番の、いいえ、この世界1番美丈夫。その上文武両道で、宰相補佐という役職を持っていらっしゃる公爵令息なのだから、本当にモテる。騎士の大隊の隊長になることをお約束に騎士団にお誘いされていたという噂もあり、剣術にもとっても優れているそうだ。


 何度もいうが、彼はなんの変哲もないわたしには持っていないお方。

 お父さまが公爵さまの親友でなければ、わたしたちは多分、出会うことさえもなかったぐらいに縁のないお方。


 わたしは分不相応ながらに、彼のことをお慕いしている。

 たとえ1年に1度しか会えなくても、出会った時には仮面にような完璧の笑みしか浮かべてくださらなくても、一定の距離をずっと置かれていても、………わたしはどうしようもなくエリオットさまのことをお慕いしている。


 ーーー愛している。


 それに、わたしは彼とのこの関係がなんとなく好きなのだ。


 1年に1度しか会えない。


 それは前世で幼い頃にお母さんがよく読んでくれた『七夕伝説』の織姫さまと彦星さまに似ている。

 わたしの前世の誕生日は、いいえ、前世と今世のお誕生日は7月7日。

 だからだろうか、余計に運命的な何かを感じるのだ。


 七夕伝説は本がなくても内容を容易に思い出せるくらいに何度も何度も読んだ。


 簡単にかいつまめば、七夕伝説というのは織姫さまと彦星さまのお話だ。

 勤勉な彼女たちを天の神さまが結婚させ、そして2人は幸せになった。けれど、2人は結婚してから怠惰になってしまった。だから、天の神さまは2人を天の川で隔てた。こうすれば2人とも勤勉になるだろうと思ったが、結果はなおのこと酷くなってしまった。だから、天の神さまは『勤勉に働いたら1年に1度、7月7日に合わせてあげよう』と約束した。すると、2人は勤勉に働くようになった。

 こうして、2人は7月7日七夕の日だけ一緒にいられるようになったのだ。


 でも、わたしが求めているのはこんな無欲なことじゃない。


 もっと彼と一緒にいたい。

 もっと彼と一緒に過ごしたい。

 もっと彼に見てほしい。


 醜くて汚くて穢れている思いは、エリオットさまと一緒にいられない時間が伸びれば伸びるほどに膨らんでいる。


「あぁ、また1年もお会いできないなんて………!!」


 今日のお昼、わたしはエリオットさまと共にそれはそれは幸せな時間を過ごした。だからこそ、欲というのは膨らんでしまう。1年も会えないなんて耐えられない。

 ぐすっと涙が滲みはじめた視界で美しい天の川を見上げたわたしは、ぎゅっと手を組んで天の川に向かってお願いをする。お星さまにお願いをする。


「エリオットさまともっと一緒にいられますように」


 ーーー彼に、愛してもらえますように。


 くちびるだけで願ったわたしは、こんな子供じみたことをしても意味がないと自嘲した。


「!?」


 背中に温かいものがふれた。

 包み込むように、覆い隠すように、背中に触れた暖かさはわたしの身体を覆い尽くす。不思議と不快感はないし、それどころか心地良い。ベルガモットの爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、わたしはほうっと熱っぽい吐息を溢した。


「ヴィー、」


 耳元に響くのは背中にゾクゾクとしたものを催す美しい低音ボイス。


「エリオット、さま、………?」

「あぁ、やっと。やっと堕ちてきてくれた」


 ぎうゅっと身体が抱きしめられる。

 痛いくらいの抱擁はいつも紳士な彼がするとは到底考えられないようなもので、けれど、前世で溺愛ものの小説を比較的好んでいたわたしにはその痛みすらもなんだか愛おしかった。好きな人が与えてくれるものはなんでも嬉しいなんていうことは狂っているとちゃんと理解している。でも、刺激を求める貴族の娘にはそれは甘美なものなのだ。


「どうしたのですか?このような星空のお時間に」

「僕が君のことを好き勝手に見られるのは今日だけだからね。まあでも、そんな地獄も今日でお別れだ。義父上と義母上にところにご挨拶に行こうか」


 ふわっと微笑んだ彼の瞳の奥にはどろっとした愛情が熱く滾っている。

 無言で頷いたわたしは、彼にお姫さま抱っこをされて両親がいるであろうお部屋に運ばれる。


 恥ずかしいのに嬉しい。


「ご機嫌麗しゅう、義父上、義母上」

「………あぁ」

「あらあらまあまあ、オリーの許可はとったの?」


 お父さまとお母さまとエリオットさまのよく分からない会話を聞きながら、わたしは自分の異常なまでに脈打つ心臓をぎゅっと抑えていた。

 物理的な距離が近いお陰?か、所為?か、彼の匂いと空気に包まれ過ぎていて控えめに言ってやばい。


 気絶してしまいそうだ。

 幸せすぎる。


「ヴィーは『エリオットさまともっと一緒にいられますように。彼に、愛してもらえますように』と星に願いました。これ以上ないお返事だと受け取りましたが?」


 口には出していない部分まで聞き取られていたようで、わたしは居た堪れなくなってしまう。


「………………そうか」

「あらあら、オリーは知っていて言ったのかしらね?」

「?」

「ヴィーには僕の方からお話しします。ということで、今日からご息女はこちらの方でお預かりさせていただきますね」


 そう言って頭を下げたエリオットさまは、とってもご機嫌そうに何も知らないわたしを誘拐、………げふん。拐かし、………げふん。どこかも知らないお屋敷に連れてゆかれた。うん。どう表現してもなんだかよくない方向にしか聞こえない。

 エリオットさまがわたしを連れて帰ったお屋敷はエリオットさまのご実家であるアデルバード公爵家でも、エリオットさまがメインで暮らしていらっしゃるというお城の中の寄宿舎でもなかった。

 だからこそ、ここがどこだか皆目見当がつかない。そもそも馬車で長時間走った挙句森の中にいるのだからなおのことよく分からない。


「ヴィー、事後報告なんだけど、僕のお家っていうか、アデルバード家の血筋ってとっても特殊なんだ。愛する人を大事に大事に外から見えないように、外を気にしないように囲い込んで、絶対に外に出さないっていう溺愛の押し付けっていうのかな?そういうことをやらないと気が済まない血筋なんだ。だから、僕が君に執着を見せはじめた時点で隔離されちゃったんだよね。君が僕に堕ちてくるまでは、1年に1回しか会ってはダメだって」

「はぁ?」


 にこにこと話すエリオットさまのとっても綺麗なお顔を見つめながら、わたしはよくある恋愛小説のヒーローを照らし合わせていた。

 うん。彼のいうことは多分わたしの解釈で合ってる。


「ヴィーはもう逃げられないけど、僕のこと愛しててくれてるんだったら、別にいいよね?………やっと手に入れたいヴィーを手放す気なんてさらさらないけど」


 きらきらした笑顔で額にキスを落とされながら問いかけられて、わたしは顔を赤く染め上げて頷く。


 はぅ、やっぱりエリオットさまかっこいい。


「本はちゃんと新刊が出るたびに屋敷に仕入れてあげる。だから、必要最低限以下の社交界以外は、ずぅーっと僕が用意した鳥籠の中で、僕に囚われていてね?」


 顔を赤く染め上げたわたしに、エリオットさまはにっこりといい笑みを浮かべる。彼は思っていたよりも腹黒策士かもしれないと気づいたが、もうご存知の通りあとの祭り。

 わたしにはこの幸せな檻に囚われる以外の道なんてない。


「そうそう。僕に君以外の愛する女性がいるなんていうデマを信じきってるみたいだけど、そんなことないから。というか、そのデマ流した馬鹿の名前教えてくれる?2度とそんなこと言えないように潰してくるから」

「あ、あはは、」


 もう乾いた笑い以外出てこない。

 一瞬物理的に潰すって聞こえたような気がしたけど、社会的の間違いだよね?これは黙っておくのが吉な気がする。


「狂おしいほどに、君を殺したいほどに愛してるよ。ヴィー」

「わたしも愛しています、エリオットさま。でも、もっと一緒にいたいので殺さないでくださいね?」


 こんな狂愛を愛おしいと幸せだと思うわたしは、多分狂ってる。


 でも、これでいい。

 狂っている彼の隣に相応強いのは、狂っているわたしだから。


 1年に1度しか会えない彼は、彦星さまみたいに高潔な男性ではなかった。

 でも、わたしはとっても幸せ。


 〜お星さまにお願いをしたら、叶いました〜


 こんな子供じみたこと多分誰も信じない。

 だからこそ素敵だと、彼の腕に囚われたわたしは幸せいっぱいに微笑んだ。

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1年に1度しか会えないわたしと彼。〜お星さまにお願いをしたら、叶いました〜 水鳥楓椛 @mizutori-huka

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