拝啓、いつかの日々へ
折戸みおこ
珊瑚のようにからからと音がする夏の日の昼 祖父の納骨
珊瑚は七宝のひとつだと聞いて、極楽浄土には海があるのかしらと思ったことがある。
母方の祖父の納骨に行った。まだ蝉も聞こえない、夏のはじめの日のことだった。寺のなかはしっとりとエアコン風が通り、そこだけ涼しい世界になっていた。
祖父が逝ってから、もう何か月か経っていた。私たちはようやく祖父のいない生活に慣れつつあった。祖母にいたっては、家から持ってきた骨壺を持ち上げて
「ほら、おじいさん、ちいさくなっちゃって」
とまだ揶揄するほどだった。祖父は戦中生まれのなかでは背の高い人だった。家族が好きな人だった。ほんとうに、ようやく、慣れつつあったのだ。
読経が済むと、喪主の叔父が住職に呼ばれた。
「お骨を骨壺から布の上へお出しください」
合同葬だった。
「骨壺をそのまま傾けていただけましたら」
墓石を買えないからというよりは、おそらく叔父や母たちによる祖母への配慮だった。おそらく、祖母はちゃんと墓を守ろうとしてしまうから。その祖母の体調を気遣ってのことだった。
叔父は住職に促され、おずおずと骨壺を手にした。ほんとうに、ちいさくなっちゃって。
叔父が骨壺を傾けると、からからから……と澄んだ音がした。
ふと、なんの音だったかを考えてしまうほど、澄んだ音だった。珊瑚。珊瑚がこすれる音に近かった。
そういえば、いつだったか、七宝のひとつは珊瑚だと聞いたことがある。金、銀、瑠璃、玻璃、
そろそろ、祖父も極楽浄土に着いた頃かもしれない。でも家族が好きだから、お土産をもって、ちょっともどってきたのかもしれない。
からからからと、澄んだ音をしていた。祖父の骨。
拝啓、いつかの日々へ 折戸みおこ @mioko_cocoa
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