キラーズ・キラーズ

北見 羊

第1話 憂鬱な鳥

 標的が森の中へ逃げ込んだのは、梟にとってこの上なく好都合だった。ここら一帯の地形は知り尽くしており、梟の庭のようなものだ。さらに、いくつか罠を仕掛けてある。ススキなどの丈夫な草を固く結んだだけの、小学生でも作れるような簡素な罠だが、一心不乱に逃げる標的は驚くほど簡単に足を取られ、泥濘んだ斜面を滑り落ちる。その先に、梟がいる。標的が叫ぶ間もなく、梟はサバイバルナイフで喉をかき切る。標的が動かなくなったのを確認して、ふっと息を吐いた梟は、今回の仕事もいつもと全く同じ手順で終わったことに、安堵と少しの退屈を覚えていた。もう少し骨のある相手かと期待していた、というのが本音だ。標的は腕利きだと聞いていたが、格闘戦の技量は梟の方が数段上だった。勝てないと早期に判断して逃げたはいいが、梟が誘導していたとはいえ、こんな夕暮れに見通しの悪い森へ自分から足を踏み入れるのは愚かというほかない。足元の死体を見下ろした梟は、「お前もプロの殺し屋ならもう少し頑張ろうぜ」と呟く。

 ほどなくして、黒のセダンが近付いてきた。先ほど梟が呼んだ死体回収業者だ。2人組が車から降りてくる。目の細い茶髪の男と、眉毛のない坊主の男だ。どちらも上背があり、肩幅が広い。彼らの仕事ぶりはなかなか優秀で、死体の運搬だけでなく、その後の処分、現場の掃除までこなす。痕跡を残さないよう、梟はいつも仕事の後処理を彼らに依頼していた。ほんの数分で現場の作業は終了した。これから死体の処分があるのだろうが、どこへ運搬し、どんな方法で処理するのかは梟も知らなかった。2人が黒い布で包んだ死体を素早くセダンに積み込む姿を見て、プロだな、と梟は思う。

 茶髪の方の男が「やあ、お疲れ様」と声をかけてきた。坊主の男はすでに運転席に乗り込んでいるようだった。

「日曜だってのに仕事かい。精が出るねえ」

「まるで畑仕事を爽やかにこなした後みたいな口ぶりだ」

「爽やかな畑仕事なんてねえよ。農業は肉体労働だ。そう考えると俺らと一緒だな。まあ、お金に変われば何でも仕事だよ」

 茶髪の男はさらに言葉を続ける。

「この後暇かい?少し身の上話でも聞かせてくれよ梟君」

「遠慮しておく」

「そういうなって。おじさんは色々と身の回りが気になる年頃なんだよ。梟はまだ若いだろう。どうしてこの業界にいる。お前も金かい」

「じゃあ、金だ」

 梟は短く答える。この男の仕事ぶりは信用していたが、自分の内面を晒す必要性は感じられなかった。

「つれないねえ。俺はお前に興味あるぜ。じゃあ、なぜ殺し屋ばかりを標的にするんだい」

 ほう、と梟は茶髪の男の目を見る。

「どうして知っているんだ。死体の情報は開示していないはずだけど」

「情報通なもんで」と、茶髪の男は白い歯をのぞかせる。

「そりゃあ気になるよなあ。普通の殺し屋はプロの始末なんてやりたがらない。当然、相手の戦闘能力が高いと自分が死ぬリスクも増すからな。あ、もしかして報酬が破格なのか?」

「報酬が破格なんだ」

「梟君、自分の言葉で喋る気はないかい」

 茶髪の男がしつこいので、梟は少しだけ言葉を付け足すことにする。

「そうだな。頼まれたから、かな」

「そりゃあ頼まれなきゃやらないだろうよ。殺し屋なんだから。そういうことじゃなくてさあ」

 そこでクラクションが聞こえる。坊主の男が鳴らしたのだろう。「なんだ、もう出発するのかよ」と茶髪の男は残念そうに言った。

「あいつ、全然喋らないからつまんないんだよな。また話し相手になってくれよ」

 梟は答えず、セダンに背を向ける。何歩か歩いたところで、「あ、これ一応伝えとくか」と、再び茶髪の男の声が聞こえた。

「お前、命を狙われてるぜ」

 振り返るが、すでにセダンは発車したあとだった。梟は、急に風の強さに気が付いた。森の奥から発生している風が、すべて自分に向かってくるような、そんな薄気味悪さを感じていた。

 翌朝、梟は憂鬱な気分のまま目が覚めた。ただし、この憂鬱が昨日茶髪の男に言われた言葉が心に引っかかっているためなのか、はたまた、月曜日という毎週やってくる脅威に起因するものなのか、自分でも判別できていなかった。梟は学ランに腕を通し、玄関を出る。

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