さらば、バイ菌女と王子様

 こうして、ふたりは恋人になった。

「……志穂さん、本当に良かったの? 女同士じゃ色々大変だろうし、そういう道に巻き込んじゃうけど」

 優しい秀才だった飯田くんと一緒だった方が、この社会で生きていく苦労は軽かったかもしれない。キラキラした人生を見せるなら、そっちの方が良かったかもしれない。それは志穂だって分かっている、けれど。

「男と結婚できなくてもいいようにって就職まで頑張ってきたし、生計は十分に立つよ。それに直香ちゃんに言われて覚悟したよ、誰かにどう映るかは気にしない」

 彼女を抱きしめる、まっすぐに宣言する。

「君と私が幸せ、それだけでいいんだ。それを守るために、私はいくらだって頑張れる、どんなifだって切り捨てていける」

「うん……ずっとずっとよろしくね、志穂さん」


 直香の頭を撫でながら。飯田くんとの思い出に、固く蓋をしていく。


 君との一年、本当に幸せだったよ――けど、それ以上に幸せな何十年が待っているから。

 君との記憶がずっと支えだったよ――けど、これからは必要ないんだ。

 君が導いてくれた幸せが今なんだ――だから君も、幸せにね。


 あのときに君に会えて良かった、また会わなくて本当に良かった。

 君が迎えに来なかった道を、私は正解にする。


 だから今。私にとっての彼女のように。君の隣に愛する人がいますように。もし柊さんが一緒だったなら、私が疑って妬んだぶんも、信じ合って愛し合えていますように。


 もう二度と、会うことはないでしょう。

 だからどうか、いつまでも、元気でね。



 そして今日も、ふたりの配信が始まる。

 恋仲の公言にこそ踏み切れていないが、ラブラブな空気の濃度は上げていた。演出らしい百合が入り口でもいい、いずれはふたりの本当が伝わりますように。


「じゃあ貫那ちゃん、真直のことしっかり守ってね」

 アプリ越しにアバターを操りつつ、直香ちゃんは志穂と視線を交わす。


「おうよ、この矢津裂と可愛い真直ちゃんの愛を邪魔する奴は」

 傘崎志穂と日野直香の恋路を邪魔する物は。

「誰だろうと何だろうと」

 容姿にぶつけられる悪罵だろうと、同性愛に向けられる障壁だろうと、かつて自分が抱いた王子様への夢だろうと。


「八つ裂きだかんな!」

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王子様の夢を破り捨て、バイ菌女よ百合を征け 市亀 @ichikame

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