さらば、バイ菌女と王子様
こうして、ふたりは恋人になった。
「……志穂さん、本当に良かったの? 女同士じゃ色々大変だろうし、そういう道に巻き込んじゃうけど」
優しい秀才だった飯田くんと一緒だった方が、この社会で生きていく苦労は軽かったかもしれない。キラキラした人生を見せるなら、そっちの方が良かったかもしれない。それは志穂だって分かっている、けれど。
「男と結婚できなくてもいいようにって就職まで頑張ってきたし、生計は十分に立つよ。それに直香ちゃんに言われて覚悟したよ、誰かにどう映るかは気にしない」
彼女を抱きしめる、まっすぐに宣言する。
「君と私が幸せ、それだけでいいんだ。それを守るために、私はいくらだって頑張れる、どんなifだって切り捨てていける」
「うん……ずっとずっとよろしくね、志穂さん」
直香の頭を撫でながら。飯田くんとの思い出に、固く蓋をしていく。
君との一年、本当に幸せだったよ――けど、それ以上に幸せな何十年が待っているから。
君との記憶がずっと支えだったよ――けど、これからは必要ないんだ。
君が導いてくれた幸せが今なんだ――だから君も、幸せにね。
あのときに君に会えて良かった、また会わなくて本当に良かった。
君が迎えに来なかった道を、私は正解にする。
だから今。私にとっての彼女のように。君の隣に愛する人がいますように。もし柊さんが一緒だったなら、私が疑って妬んだぶんも、信じ合って愛し合えていますように。
もう二度と、会うことはないでしょう。
だからどうか、いつまでも、元気でね。
*
そして今日も、ふたりの配信が始まる。
恋仲の公言にこそ踏み切れていないが、ラブラブな空気の濃度は上げていた。演出らしい百合が入り口でもいい、いずれはふたりの本当が伝わりますように。
「じゃあ貫那ちゃん、真直のことしっかり守ってね」
アプリ越しにアバターを操りつつ、直香ちゃんは志穂と視線を交わす。
「おうよ、この矢津裂と可愛い真直ちゃんの愛を邪魔する奴は」
傘崎志穂と日野直香の恋路を邪魔する物は。
「誰だろうと何だろうと」
容姿にぶつけられる悪罵だろうと、同性愛に向けられる障壁だろうと、かつて自分が抱いた王子様への夢だろうと。
「八つ裂きだかんな!」
王子様の夢を破り捨て、バイ菌女よ百合を征け 市亀 @ichikame
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