彼女は晴れ渡る空のように

「オフコラボ……ですか?」

「はい、矢津裂やつざきさんが良ければですが……」

 チャットアプリ越し、可憐な声は緊張している。

「やっぱり、セキュリティ的な意味で心配ですか?」

「いや、真直ますぐちゃんみたいな女の子だったら心配はしてないですし、家族も歓迎しますよ」


 明空あけそら真直というVtuber仲間だ。名前の通りに元気いっぱいがモットー、天然キャラとリアクション芸で人気の個人勢。矢津裂の動画を気に入ってくれた縁で、たびたびコラボしている仲だ。ただコラボとはいえオンラインばかりで、生身で会ったことはない。

 しかし最近、意外なほど住まいが近いことが分かったのだ。都会はともかく、田舎県では珍しい現象である。ならば直に会ってみたい、という発想に加えて。


「真直、矢津裂さんのこと尊敬してるので……Vとしてだけじゃなく、生身でもお友達になれたら嬉しいんです」

「私はそんなに大した人間じゃないですよ、ちょっとゲーム上手くて毒舌キャラが得意なだけで」

「同じVだから分かりますよ、レベルの高い実況してるの。それに博学ですし」

「褒めてくれるのは嬉しいです。けど、アバターを通してない生身の自分は、」

 ここで外見に触れても「そんなの気にするわけない」と真直ちゃんは答えるだろうから。

「無愛想で偏屈な、クソみたいな女ですよ」


 真直ちゃん、しばらく沈黙。これだけ言えば納得してくれると思ったが。

「真直にとって矢津裂さんがクソかどうか、人から勝手に決められるのは不快です」

「あっはい……そう、ですね」

 結局、真直ちゃんの熱量に押されて承諾してしまった。


「……まあ、私の被害妄想なんだけどさ」

 ネット上の知り合いと会うのを避けているのは、防犯どうこうの理由ではない。自己嫌悪の塊である顔を見られたくないという、単純だが切実な感情ゆえだ――どうせこの人もこの顔を嫌っているんだろうとか、余計なことを考えたくない。

 同年代の女性相手だともっと面倒になる、相手の悪意を勝手に想像してはコミュニケーションを乱してしまうからだ。

 とはいえ、やっぱり、真直ちゃん相手には信じたくなってしまうのだ。


 見てほしい自分、見せるのが怖い自分、その両方を見せられる友達になってくれるんだって。



 機材の都合も踏まえ、真直ちゃんには傘崎家に来てもらうことになった。友達が家に来るのは20年ぶり、母はちょっと泣いていた。

 昼過ぎに最寄り駅(徒歩40分)まで車で迎えにいく、顔を見られる覚悟を決めながらのドライブ。ちょうど予定時刻、それらしい女の子が窓をノックした。

「矢津裂さん、ですか?」

「はい。真直ちゃん、どうぞ」


 しっかり可愛いじゃねえかクッソ、という嫉妬と。

 嫌な顔ひとつせず、しっかり目を見て挨拶してくれた、という好感。


 志穂の胸中の天秤を、真直の朗らかな声が傾けていく。

「よろしくお願いします! ――あ、この曲いいですよね!」

 明るい方へ、楽しい方へ、連れて行ってくれる子だ。だから志穂も、素直に楽しんでみよう。


 初のオフコラボ配信は、二人とも馴染んでいる対戦FPSの実況だ。それほど上手くない真直が活躍できるよう、矢津裂が彼女をサポートしつつチームの勝利を目指す。二人のキャラの違いを際立たせつつ百合ムードも匂わせられるよう、方向性はしっかりすり合わせた。母がやたらと腕を振るってしまった夕飯を経て、20時からの本番。


「真直、いっきまーーす!」

「全員ドタマぶち抜くぞオラァ!」

〈同じ部屋から出てきたと声とは思えぬ温度差〉


「よし真直ちゃん、あいつ狙ってみ」

「うん、そっち走って……あれ、ああっ、あ?」

「八つ裂きじゃ! 真直ちゃんの背後取ろうたぁ良い度胸じゃねえか、ああ?」

〈生徒のアフターフォローを欠かさない指導者の鑑〉


「やった大勝利! 矢津裂さん大好き!」

「おう……この、戦場で甘ったるい空気出すなっての」

〈鬼も泣き出す矢津裂教官をデレさす真直ちゃんの方が怖いまである〉

〈むしろ矢津裂さんの方が真直ちゃんのモンペ説〉


 ……という具合に、非常に盛り上がる配信となった。


「いや~、あっという間でしたね90分!」

 帰り道、助手席の真直ちゃんはとても楽しそうだった。

「ね、ここまで楽しいのは私もビックリですよ」

 嘘ではない。人と直接顔を合わせて過ごすのが、こんなに幸せだなんて。

「久しぶりに思い出しました。私、人と一緒にゲームするの大好きなんですよ」

「へえ、お父さんも好きって仰ってましたよね」

「ええ、昔はよく一緒にやってました」


 本当に大事だった思い出は別にあったけど、今は言わないでおく。


「けど矢津裂さん、全然無愛想じゃなかったですよ」

「それは……私ってこんなブサイクなので」

「全然そんなことないですし、真直はそういうワード大嫌いです。だから、真直の前で自分のことそんな風に言わないでくださいね?」

「……まあ、真直ちゃんがそう思うなら」

「それに真直は、好きなことを楽しんでいる矢津裂さんのこと、とっても可愛いって思ってます」

「――はい?」

 危うくハンドル操作を誤るところだった。しばらく進んで赤信号で停止、真直ちゃんの顔を見つめる。

「……本気ですか?」

「嘘ついてどうするんですか」

 間近で見つめ合っても、真直ちゃんが嘘をついているとは思えなかった。


「ですか。なら、嬉しいです」

「えへへ、じゃあ今度も伝えますね」

 微笑む真直ちゃん。志穂の5歳下ということを差し引いても若く見える、ぱっちりとした瞳とまっさらな肌。同じコミュニティの男が放っておかないであろう可憐な風貌と、言動の節々に滲む真摯さ。


 ――ああ、久しぶりだ、この感じ。


 真直を駅で下ろして自宅へと引き返す車中。

 11年経っても鮮明な、ときめきと嫉妬を思い出す。

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