王子様の夢を破り捨て、バイ菌女よ百合を征け

市亀

バイ菌女と、血煙まみれのアバター

 女性Vtuber、矢津裂やつざき貫那かんな

 企業に所属していない個人勢、ゲーム実況がメイン。元軍人という設定で、顔には戦闘で負った大きな火傷を持つミリタリー風のアバター。エッジの効いた独特の声と過激な言葉選びが特徴で、少人数ながらコアなファンがついていた。愛されているVだ、本人もそう思っている。


 顔を見れば誰もが醜いと思う、愛されるなんて現象とは無縁の「中の人」である、傘崎かさざき志穂しほとは違って。



 映されたゲーム画面では、矢津裂の操る主人公の兵士が敵基地で暴れ回っていた。

「はい昇天!」

 矢津裂が叫ぶ、主人公は飛び出してきた敵兵の頭部をライフルで撃ち抜く。

「昇天! おら天国で会わせてやったぞ、感謝しろよな」

 タイムスタンプのついたコメント。

〈お手本のようなサイコパス発言〉


 主人公は敵兵を一掃し、ミッションクリア。

「ふう……ということで、今後もスナイパーエース5の実況を上げていってやる。敵を撃ち抜く快感を貴様らにも味わってほしい、苦手な者は私のプレイも参考にしてくれ」


〈敵兵の中に突っ込む矢津裂スタイル、エイムがクッソ上手くないと無理なんだよ〉

〈矢津裂教官を真似した真直ますぐちゃんが速攻デスして泣いちゃうの見たいな?〉

 ニーズ把握。ファンとの需給の調整も軌道に乗ってきた。

「じゃあまた次回、見逃した貴様は八つ裂きだかんな!」


 昨日投稿した新しい実況シリーズ、反応は上々。満足してタブレットの画面を消す。

 途端、液晶に自分の顔が映って気分が下がる。

「……寝よ」


 ブサイク25年目には慣れた境地だ。悪すぎる容姿なので磨こうとしても仕方ない、同年代の女子がやりそうな諸々のケアは飛ばして歯を磨くのみ。

 ベッドに転がって、矢津裂のファンとの思い出を振り返る。あくまでネット上でしか付き合いのない人たちとはいえ、大事な友人だと志穂は思っている。

 だからこそ、どうしても願わずにはいられない。


 傘崎志穂と仲良くしてくれた唯一の男の子が、その中にいることを。

 矢津裂が志穂だと気づいて、王子様みたいに迎えに来てくれることを。



 物心ついたときから志穂は「かわいくない」人間だった。目つきは悪く、太りやすく、声もガラガラ。幼稚園の頃から、男の子からの扱いが他の女の子とは全く違っていた。

 状況は年を追うごとに悪化する。小学校では「一緒に遊んでくれない」は「いじめられても助けてくれない」に進化。死ね、消えろ、臭いといった暴言が無意味な雑音になるくらい、日常には悪意が溢れていた。味方になってくれるはずの女子だって、外面をどう取り繕おうと本音は共通しているに違いなかった。


 ブスがいると、周りの可愛さが引き立って得。

 ブスと仲が良いダサい女って思われるのは嫌。

 人目が何より大事な女たちの、それが本能だ。


 中一で追い打ちが掛かった、左目のまわりに青痣が出来たのだ。太田母斑という、思春期の女子に起こりやすい疾患なのだが、志穂の痣は特に濃かった。志穂自身ですら鏡を見るのが怖かった、他の人間にとっても不気味だっただろう。

 しかし男子たちから名字をもじって「カサザ菌」とか言われ、触れたものに病原菌が付いたかのように扱われるのは、さすがに傷ついた。男子にモテたいなんて贅沢は言わない、ただ同じ学校の人間らしく扱われたかった。


 それだけ虐げられたからこそ、覚悟も決まった。

 志穂は結婚なんか出来ない、男に養ってもらう道なんかない、ならば自分の力で生きていかなきゃいけない。

 この顔じゃ接客業は無理だ、この体じゃ肉体労働も向かない、ならば知識や技術で食っていくしかない。就職と学費を考えて理系の国公立、実現するためには今からコツコツ勉強しなければ――意地でも学校は休まず真面目に授業を受けて、成績は常に上位。


 努力は順当に叶い、地元の電子部品メーカーに研究職で拾ってもらった。人と話す機会は意外と多いが、特に嫌がらせなどは受けていない――男性陣に失望されている気はするが、無視。


 稼ぎは高水準で安定している、転職も狙える。親も健康、容姿に囚われず楽しめる趣味だって充実してきた。一生独身でも特に問題はない、問題はない。

 それでも、時々、無性に寂しくなる。


 街を行き交うカップルが、仲睦まじく休日を過ごす子連れ夫婦が、どうにも眩しい。

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