王子様の夢を破り捨て、バイ菌女よ百合を征け
いち亀
バイ菌女と、血煙まみれのアバター
女性Vtuber、
企業に所属していない個人勢、ゲーム実況がメイン。元軍人という設定で、顔には戦闘で負った大きな火傷を持つミリタリー風のアバター。エッジの効いた独特の声と過激な言葉選びが特徴で、少人数ながらコアなファンがついていた。愛されているVだ、本人もそう思っている。
顔を見れば誰もが醜いと思う、愛されるなんて現象とは無縁の「中の人」である、
*
映されたゲーム画面では、矢津裂の操る主人公の兵士が敵基地で暴れ回っていた。
「はい昇天!」
矢津裂が叫ぶ、主人公は飛び出してきた敵兵の頭部をライフルで撃ち抜く。
「昇天! おら天国で会わせてやったぞ、感謝しろよな」
タイムスタンプのついたコメント。
〈お手本のようなサイコパス発言〉
主人公は敵兵を一掃し、ミッションクリア。
「ふう……ということで、今後もスナイパーエース5の実況を上げていってやる。敵を撃ち抜く快感を貴様らにも味わってほしい、苦手な者は私のプレイも参考にしてくれ」
〈敵兵の中に突っ込む矢津裂スタイル、エイムがクッソ上手くないと無理なんだよ〉
〈矢津裂教官を真似した
ニーズ把握。ファンとの需給の調整も軌道に乗ってきた。
「じゃあまた次回、見逃した貴様は八つ裂きだかんな!」
昨日投稿した新しい実況シリーズ、反応は上々。満足してタブレットの画面を消す。
途端、液晶に自分の顔が映って気分が下がる。
「……寝よ」
ブサイク25年目には慣れた境地だ。悪すぎる容姿なので磨こうとしても仕方ない、同年代の女子がやりそうな諸々のケアは飛ばして歯を磨くのみ。
ベッドに転がって、矢津裂のファンとの思い出を振り返る。あくまでネット上でしか付き合いのない人たちとはいえ、大事な友人だと志穂は思っている。
だからこそ、どうしても願わずにはいられない。
傘崎志穂と仲良くしてくれた唯一の男の子が、その中にいることを。
矢津裂が志穂だと気づいて、王子様みたいに迎えに来てくれることを。
物心ついたときから志穂は「かわいくない」人間だった。目つきは悪く、太りやすく、声もガラガラ。幼稚園の頃から、男の子からの扱いが他の女の子とは全く違っていた。
状況は年を追うごとに悪化する。小学校では「一緒に遊んでくれない」は「いじめられても助けてくれない」に進化。死ね、消えろ、臭いといった暴言が無意味な雑音になるくらい、日常には悪意が溢れていた。味方になってくれるはずの女子だって、外面をどう取り繕おうと本音は共通しているに違いなかった。
ブスがいると、周りの可愛さが引き立って得。
ブスと仲が良いダサい女って思われるのは嫌。
人目が何より大事な女たちの、それが本能だ。
中一で追い打ちが掛かった、左目のまわりに青痣が出来たのだ。太田母斑という、思春期の女子に起こりやすい疾患なのだが、志穂の痣は特に濃かった。志穂自身ですら鏡を見るのが怖かった、他の人間にとっても不気味だっただろう。
しかし男子たちから名字をもじって「カサザ菌」とか言われ、触れたものに病原菌が付いたかのように扱われるのは、さすがに傷ついた。男子にモテたいなんて贅沢は言わない、ただ同じ学校の人間らしく扱われたかった。
それだけ虐げられたからこそ、覚悟も決まった。
志穂は結婚なんか出来ない、男に養ってもらう道なんかない、ならば自分の力で生きていかなきゃいけない。
この顔じゃ接客業は無理だ、この体じゃ肉体労働も向かない、ならば知識や技術で食っていくしかない。就職と学費を考えて理系の国公立、実現するためには今からコツコツ勉強しなければ――意地でも学校は休まず真面目に授業を受けて、成績は常に上位。
努力は順当に叶い、地元の電子部品メーカーに研究職で拾ってもらった。人と話す機会は意外と多いが、特に嫌がらせなどは受けていない――男性陣に失望されている気はするが、無視。
稼ぎは高水準で安定している、転職も狙える。親も健康、容姿に囚われず楽しめる趣味だって充実してきた。一生独身でも特に問題はない、問題はない。
それでも、時々、無性に寂しくなる。
街を行き交うカップルが、仲睦まじく休日を過ごす子連れ夫婦が、どうにも眩しい。
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