放課後デート
けろけろ
第1話 放課後デート
俺は先日、とある女子生徒に告白された。俺にとっては割とよくある事で、決して特別な物では無い。ただ、女子生徒が妹と同じ中等部の生徒な上、雰囲気までもが似ていたのは珍しい部類に入るだろう。
なので俺は、女子生徒をなるべく傷つけずに断る言い回しを探してしまった。 その間に耐え切れなかったのか、女子生徒は「お返事待ってます」と言いつつ俺に何かの包みを寄越し──脱兎のように、逃げる、逃げる。俺は何も言う事が出来ず、ただ包みを持って立ち尽くすのみ。
帰宅して開けてみれば、プレゼントは俺好みの半袖シャツ。中学生がこれを買うのは少し大変だっただろう。他には手紙も入っていた。控えめで優しい文章だ。
だから俺は翌日の昼休みに女子生徒を呼び出し、「もう恋人がいる」と直接断らせて貰った。普段は無視するか、丁寧だとしてもメールを一通出すくらいだが──妹もこんな風に恋を、と思ったら、きちんと向き合ってやりたくなったからだ。
しかし、結果的には失敗だった。
はっきり断った俺に向かい、女子生徒は涙を浮かべて言ったのだ。一回だけで良いので、今日の放課後にデートして頂けませんか、と。
俺は高等部の教室で頬杖を着き、何も無い空を眺めていた。ああ、とても気が重い。女子生徒の涙に負け、デートとやらをOKしてしまったせいだ。もしもこれが恋人である柚子に知られれば──きっと恐ろしい事になる。黒髪ロングのストレートで色白、見た目は清楚系なのに男勝りの柚子は、今まで俺に横恋慕する人間を何名も屠った実績があった。つまり、今日の放課後に会う女子生徒にも危険が及ぶと推測出来る。
「どうしたの真治? 何か上の空じゃない?」
急に柚子の声が聞こえ、俺はぎくっとした。そうだ、今はまだ昼休み。柚子が至近に居るのだから、こんな事を考えていたらまずい。
「な、何でも無いぞ──いや、あるかな? ちょっと体調が……」
名づけて仮病作戦。これで放課後に時間を確保して、少しだけ女子生徒と会えばいいだろう。俺はそう思ったが、しかし。
「具合が悪いの? それはいけないね。私が看病する」
「なに……! いや、柚子。そこまで酷くはなくて──そうだ、放課後は病院にでも行くかな。その間、柚子は部活へ顔を出すといい」
「真治が病院へ!? 珍しいね、付き添うよ」
柚子の表情は真剣そのもの。かなり心配してくれているのだろう。とても心が痛い。
俺たちはしばらく似たような問答したが、結局のところ柚子には俺と離れるつもりが全く無かった。それを理解した俺は諦め、洗いざらい白状する。
「柚子、すまん。実は──」
「何ですって……?」
俺が放課後の件を言った途端、柚子の顔色がはっきりと変わった。俺にはもう、何を言いたいのか大体解る。
「私と言う存在がありながら、真治は浮気するの?」
「浮気ではない! 単に今日だけ放課後を一緒に過ごすだけで」
「それを浮気って言うんだよ!」
怒っている柚子に、俺はもう一度説明をした。
恋愛感情は一切無いこと。
妹と姿を重ねた上、彼女の涙に負けて甘い対応をしてしまったこと。
それに関しては柚子に対して申し訳ないと思っていること。
これ一回限りであるということ。
柚子はそれらを黙って聞き、しばらく考えてから俺にじとりとした視線を送ってきた。
「……その様子じゃ、私にキスしてって泣かれたら、するんじゃないの?」
「しない!」
「ふーん、指定場所が頬や額だったら?」
俺は言葉に詰まった。一生に一度の俺とのデート、その最後に頼まれたとしたら──断れるかどうか。
「危ないな。やっぱり行かせられない」
柚子が固く拳を握った。
「柚子、俺はもう約束をしてしまったんだ。少しだけ行かせてくれ」
「五秒くらいなら良いよ?」
「たったの五秒で何が出来る!?」
「何かするつもりなの?」
揚げ足を取られまくる俺。恋愛ごとは柚子の方が上手だ。俺が絶句していると、柚子が更に尋ねて来た。
「真治の事だから、デートプランは練ってあるんでしょ? 聞かせて?」
「あ、あぁ。でも大したものでは」
「聞かせて!」
「……まずは、プレゼントに貰ったシャツを着て見せて、礼の気持ちを表したい。その後、彼女にも何か小物を買ってあげてから、どこかで軽食。最後は、先日封切られた映画を見れば良いだろう、と」
俺がそう言うと、柚子のこめかみに青筋が立った。
「……ごめん、聞き間違えかな? 何だか、とてもデートらしいプランが聞こえて来たんだけど……?」
「そ、そうだ! 聞き間違えだ!!」
「だよね? やっぱり聞き間違えだよね? で、実際はどうするの?」
先ほどのプランは柚子の気に障ったらしい。もうちょっと簡単な内容にするべきだろう。俺は瞬時に練り直した。
「このあいだ妹の為にと思い編んだレースのハンカチがあるから、それをプレゼントのお返しにしたいと思う。あとは本屋にでも行くか。気に入った詩集があれば、それを──」
ブツブツッと音がしそうなほど、柚子の青筋が増える。
「手先が器用なのは知ってたけど、まさか真治のお手製ハンカチをプレゼントするなんて……しかも詩集……私の空耳だよね?」
「その通り、空耳だ!」
青筋を立てつつ微笑んでいる柚子が怖い。俺は冷や汗をかいた。
「で、最終的にはどうするの?」
「……逆に聞こう。どの程度なら納得してくれるんだお前は」
額に手を当て、俺は俯いた。柚子は少々考えてから、人差し指をぴんと立てる。
「まずは半径1.5メートル以内に近寄らない事だね」
「……少し遠いが、何とかなるだろう」
俺が頷くと、柚子は中指も立てた。どうやら『二つ目』というハンドシグナルらしい。
「次に、最低限度以上話さない事」
「最低限度……? おい柚子、潤沢な会話も無しに、どうやってデートを成立──」
「私が納得するまでには、まだまだあるよ!」
柚子は俺の話を腰を折って、三本目の指を立てる。
「視線も合わせたらダメだからね! 真治の顔からは、惹きつけるための毒が出てる! ちょっとは自分がカッコいいって自覚しなさいよ!」
「おい!!」
俺は四本目の指を立てそうになった柚子の手を押さえた。
「待て柚子! これではデートにならん!」
「それでいいじゃない?」
柚子は、けろっとしたものだ。
「お前、俺を信用してないな?」
「だって押しに弱いし。実際、今回だってそうだよ。押しに負けたじゃん。一回だけ、だなんて」
「少し妹に似た中学生だぞ? お前だって考えるだろう?」
「半端な同情が一番良くない。私だったら、きっぱり断るもん」
実際全部その場で断ってるしね、と柚子は続ける。俺だって妹を思い出さなければ、結果的にはそうしていたはずだ。
「すまん柚子、俺は間違っているかもしれない。しかし……もう約束してしまったんだ」
俺は珍しく柚子に頭を下げた。一回約束してしまった事を反故にするのは気分が悪い。しかも、あんなに喜んでいたというのに。
そんな俺の気持ちを見透かしたのか、柚子はある提案をしてきた。
「じゃあ、私が付いてくね。だったらいいよ?」
「同伴するという事か? それでは女子生徒の希望に沿わないだろう?」
「違う違う、遠くから監視するだけ。なるべく邪魔にならないようにする」
「おい……中学生に、俺が好き勝手されるとでも?」
「されるんじゃない? だから心配で付いていくの。これが認められなければ、デートは無し!」
かくして。
本日の予定は、保護者付きのデートと相成ってしまった。
そんな風に迎えた、約束の放課後。
場所は渋谷の街中、俺は時間通りに来た女子生徒へ、柚子の視線を感じながらの挨拶をする。今日はこれから中規模な雑貨屋に向かう予定で、これは柚子が渋々納得したプランの一部だ。
しかし。
俺がリードするまでも無く、女子生徒は自分なりのリクエストを持っていた。きっと俺が色々考えたように、この女子生徒も夢を見ていたのだろう。この流れでは、特に断る理由も無い。俺はそれに従ってみる事にした。
まず、女子生徒は可愛らしいカフェに入りたがった。若い女性向けの店だ。そのせいか、俺にちらちらと視線が集まる。結果、俺の存在が浮きまくり非常に恥ずかしい思いをした。
そして、窓越しには柚子。街灯に隠れているつもりだが、殺気を放ってしまいチクチクした視線を感じる。女子生徒に対しては、貼り付いた様な笑みを返すしかない。紅茶は美味しかったので、それだけが救いだった。
次に、これもまた若い女性向けのファッション店。上品な服は一つも無い。試着する女子生徒に見立てろと言われ、二つのうちから選ぶ事になったが──俺は最終的に、色だけで判断した。こういったファッションはよく解らない。
そのあと俺は、女子生徒が選んだ服に合いそうな小物を購入。女子生徒に手渡すと、とても喜んでいる。これでシャツのお返しは終了だ。
そんな店内に柚子は堂々と居た。どうやら俺達の会話を窺っていたようだ。存在を誤魔化す為に衣類を掴んでいたが──まぁ柚子も女子高生だし、近所にいても不自然じゃない。柚子は俺と同じ空間にいるせいか、比較的大人しかった。盗み聞きに集中しているのだろう。
女子生徒は買い物に満足すると、俺を電車に乗せた。辿り着いた場所は遊園地。ここが最後の場所だそうだ。
「……ずいぶん大きいな」
俺の眼前には、巨大な観覧車が存在していた。行列の客は男女連ればかりで、これぞ本当のデートスポットと言える。つまり、デートらしいデート──何となくだが後頭部に視線を感じた。柚子は今回、どこから見ているのだろうか。
俺がきょろきょろしていると、背中をちょんちょん突かれた。振り返れば柚子が立っている。真後ろだったので完全なる死角だった。驚いたので思わず声を掛けようとしたら、柚子は「しー」と言いながら、その唇に人差し指を当てている。
そこに、女子生徒が声を上げた。
「先輩と二人きりで観覧車に乗れるなんて、夢みたいです!」
ああ、なるほど。先ほどの事は柚子なりの配慮というわけだ。俺からすれば最初から三人、しかし女子生徒からすれば俺と二人きりのデートだった。デートはこの観覧車が一周したら終わる。それまでの時間、彼女にとっては『二人きり』だ。
そのうち俺達の順番が来たので、まずは女子生徒、それから俺がゴンドラに乗り込む。
まだ真後ろに居る柚子。もしかしたら独りで乗るつもりだろうか。俺はひどく寂しい気分になる。
そんな俺の思いをよそに係員が扉を閉めた。ゴンドラはゆっくりと上がって行く。
「先輩、綺麗ですね」
「あ、あぁ、そうだな」
確かに夜景を一望出来るので気分が良い。そこへ、女子生徒が突然言った。
「先輩……! 頂上に行ったら、キスして貰えませんか……!?」
「お、おい、それは、ちょっと……」
俺は慌てる。柚子に似たような指摘を受けていたからだ。
「お願いします! おまじないがあるんです。一番上でキスしたら、ずっと一緒に居られるって」
「君とは今日一日だけという約束だろう? だから俺は……」
「もちろん唇にだなんて望んでいません! 頬や額で良いんです、お願いします……!」
おまじないという中学生らしい可愛さを盾に、俺はしこたま迫られている。しかも場所指定は額か頬。ますます柚子の読み通りだ。
俺は弱い。
顔を真っ赤にした妹似の女子生徒の願いを、叶えてやってもいいと──少しだけ思う。
そんな女子生徒から視線を外すと、真後ろのゴンドラに柚子が独りで乗っているのが見えた。やはり寂しいのか、軽く合図をしてくる。この状態で俺がキスしたら、ものすごく怒るか悲しむだろう。俺は返答を決めた。
「……俺には付き合ってる奴が居るんだ。それは知ってるね?」
「はい……」
女子生徒は俯く。
「今日は、そいつに報告した上でのデートだ。奴は心配性でヤキモチ焼きだからな。だからいつも、俺の傍から離れない」
「離れていても心は一緒、と言う事ですか……?」
実際に隣のゴンドラに居るとは彼女も思っていないだろう。俺は敢えて、その質問に答えなかった。
「君は俺の妹に少し似ている。歳も近い。だから俺は、君を無下に断れなかった」
「私……知らずに付け入ってしまっていたんですね。今日一日楽し過ぎて、つい図々しくなってしまいました、ごめんなさい……!」
「気にするな。ただ、キスは駄目だ。おまじないに対しての侮辱行為になるからな」
俺が微笑むと、彼女も笑った。ただ、その瞳にはぷくりと大粒の涙が浮かんでいる。
「先輩、本当に好きでした。でも、観覧車から降りたら、さようならです! 今日はありがとうございました!」
もうとっくに頂上を過ぎた観覧車。地上に着くと、彼女は言葉の通り手を振って走り去った。送ると言い出すほうが野暮だろう。
「良い記念になっている、と思いたいが……」
俺は女子生徒の背中を見送る。そんな俺に、たたっと駆け寄ってきた柚子が声を掛けた。
「王子様役、お疲れ様」
「いや……お前が言った通り、半端な同情は良くないな。かえって悪い事をしてしまったようだ。走って行く後姿までもが泣いていた」
後悔する俺の手を、柚子がぎゅっと握る。
「好きな人と一緒に居られたら嬉しいはずだよ。例え終わりが悲しくても、過ごした時間は嘘じゃない」
そんな物だろうか。でもその言葉で俺は慰められた。少し顔を上げた俺に、柚子が言う。
「ただ、私としては、もう止めてもらいたいけどね。じゃないと、青筋から血が出ちゃう」
そう言いながら、俺を強引に引っ張って行く柚子。俺は懸命に足を動かすが、一体どこへ行くつもりなのか。
「さーて。私ともカフェに行って、夏物でも見立ててもらって、最後は今の観覧車に乗るからね!」
「何だそれは。いま俺が、あの女子生徒と……」
「だからだよ! 真治に拒否権は無し!」
まったく、仕方がない。俺の恋人は筋金入りのヤキモチ焼きだ。
俺はそんな柚子の為に、観覧車の頂上でキスしてやる事に決めた。おまじない程度の気休めだとしても、俺と柚子がずっと一緒に居られるように──。
放課後デート けろけろ @suwakichi
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