第2話 ある春の休日・発見

 その次の日が土曜日で休日だったから、碧乃と遊びに出掛けることにしていた。小学校時代も、毎週ではなかったけど、週末はかなりの頻度で2人して遊んだ。私も碧乃も変わり者だから他の皆と大勢で出掛けることはなく、気付けばいつも2人で。私の家で過ごしたり、本屋さんをハシゴしたりした。共通の趣味は実のところあんまりなくて、私は私の好きなように、碧乃は碧乃の好きなように時間を使っていた。それでも互いに無関心ではなくて、長い付き合いで互いの好みは熟知しているようなものだし、私の好みもちょっとずつ碧乃の影響を受けて変わってきた。碧乃の興味も昔とは違っていて、それは多分私の影響だと思う。これは自惚れかな?


 今日もちゃんとお母さんに通達して、遊びに行く許可は取ってある。待ち合わせ場所はいつもの、碧乃のアパートの向かいの公園の東屋あずまや。碧乃が遅いのはいつものことだから、木製のベンチで足をぶらぶらさせて待つ。春の陽光が東屋の屋根に遮られて、木漏れ日のように差し込んでいる。その陰になっているところに、小さな植物が花を咲かせていた。ナズナだ。ロゼッタから細く高く茎が伸びて、白い小さな花がその先に群れをなしている。せりなずな……、春の七草の一つだ。私はしゃがみこんでその花をじっと見つめた。風に揺られる花を見ていると、自然と笑顔が漏れる。

 影が落ちる。


「何やってるの?」

「あ! ナズナ見てたの」と碧乃に手を振る。

「おー、かわいい」

 いつも通り遅れて来た碧乃は、モノクロのチェック柄のシャツの裾を、黒いスカートに入れて、紺色の肩掛けカバンを掛けている。碧乃の、もとい莉央さんのセンスには感服せざるを得ない。

 私はといえば、ベージュの長ズボンに、”PEACE”という文字が入った白いTシャツを着ていた。去年も着ていた服で、小学生っぽいかなとは思うんだけど、PEACEは平和って意味で私の名前と合っているから、まあいいやと思って着ている。実は少しお気に入りだったりする。


 でも今日は碧乃が、そんな私に服を選んでくれる。

「お金持ってきた?」

「うん。服買いに行くって言ったら、一万円渡された」

 ベンチの上のゴツいリュックから、財布を取り出してみせた。

「長財布、いいなぁ」

 中学生になったら友達と遊ぶのにお金使うようになるだろうから、とお父さんが昔使っていた長財布をもらった。でも正直、碧乃以外の子と遊ぶことはないんじゃないかな、とは思うけど。


「で、今日は何が入ってるの、そのリュックサック?」

「えーっと、『都市の花草木』でしょ、色鉛筆とスケッチブックでしょ、あと『ラヴクラフト全集』が1巻から4巻まであって、それにティッシュ箱とハンカチ2枚」

 『都市の花草木』は私がお気に入りにしている本で、植物の写真が載っている写真集と図鑑の中間みたいな本。色鉛筆は24色だ。用途は多用途。

「なるほど春装備だね。なんか別のが入ってるけど」

「えぇー、春といえばクトゥルフ神話だよ」

「この前借りて読んだけど、季節の読み物じゃないでしょ。強いて言えば夏だけど……」

 碧乃に『ラヴクラフト全集』を貸したのは私だ。小学校6年の3学期におすすめして、半ば押し付けるように貸した。感想はもらってないけど、様子を見るにつけ、好きでも嫌いでもないというところか。

「夏は、発泡スチロールの箱に氷とアイス入れて全部だよ」

「そうえいばそうだったね……!? 去年冷え冷えの棒アイスが出てきたときはほんとびっくりしたよ」

「今年もやります。……で、どこ行くの?」

「駅前の古着屋さん。いつもは行かないでしょ?」

「だねー。お母さんとバイパス沿いのとこで買ってる」

「安いんだけど、駄目になりやすいんだよね、ファストファッションだから」

「ファストファッション?」

「そう。流行に合わせた服を大量生産する」

「よく分からん」

「ま、いいよ。行こ」

「うん」

 アパート前の公園を出発した私たちは、バス停に向かった。県道には車が行き交っていて、排気ガスの嫌な匂いがする。数分待つと、赤い循環バスがやってきた。しゅううう、と空気が抜けるような音がして、入り口の扉が開いた。

 私達を乗せたバスが発車する。行き先は真上駅。エンジンの振動が身体にも伝わってくる。

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私の幼馴染は男の娘 雲矢 潮 @KoukaKUMOYA

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