無垢なるY

花野井あす

無垢なるY

いいですか。

お母さんやお父さん、先生のようなおとなの言いつけをしっかり守るのですよ。


さやか先生の言葉に、ミーコちゃんは元気よく首を縦に振りました。

 

色素の薄い茶色の瞳をキラキラと輝かせて――ミーコちゃんは今年七歳になるふわふわの栗色の巻き毛の愛らしい女の子です。


野原を駆け回る快活さと、おとなの話に静かに耳を傾ける勤勉さ、そして一点の曇りのない純粋さ――あまり賢くのなくとも、愛おしく思うには十分すぎる要素を兼ね揃えたミーコちゃんは教師たちの間でも評判でした。


けさ、とても恐ろしい事件がありました。

みなさん、車には細心の注意を払うのですよ。


小さな男の子が道路へ飛び出して車にはねられた――そのニュースを耳にしたさやか先生は大変胸を痛めて言います。


事故のあったのはさやか先生の自宅のそばで――男の子は生徒と同じくらいの年の子どもであったのです。信号のない道路で、車がいないと見切り発車で男の子は飛び出したらしい。

 

もしも、自分の生徒たちが同じ目にあったならばと思うだけで恐ろしい。さやか先生はしくしくと涙をこぼしながら、さらに続けて言いました。


いいですか。必ず信号のある横断歩道を渡るのですよ。


ミーコちゃんはハキハキとした口調で「はい。さやか先生」と答えました。他の子たちも続きます。みんな、ミーコちゃんの元気いっぱいなお返事につられたようです。

お陰でみんな素直で良い子たちばかり。さやか先生も一安心です。


しかしミーコちゃんの家と学校を繋ぐ道路の多くには、歩行者用の信号が無いことを、ミーコちゃんは忘れていていました。

数人の子たちも同様で、その子たちは片目を瞑って少しばかりの掟破りをして帰るのだと言います。


ミーコちゃんはそれは赦されぬことと思ったようです。遠回りをしてでも信号のある道を探して帰ることとしました。


あっちはだめ

こっちもだめ


ミーコちゃんは何度も迂回し彷徨い、気が付けば日がすっかり暮れてしまいました。

それでも言いつけ通り、信号のある道だけを通って、道行く人のお顔が良く見えない暗いなか、ミーコちゃんは進みます。


こわくても、大丈夫。お家につながっているい道はあるはずだから。


お月様が昇り始めたころ、お仕事先から帰宅していたお母さんにようやく見つけられて、ミーコちゃんは何とか家に辿り着きました。

当然、「こんな時間まで何をしていたの。」と𠮟りつけられてしまいます。


しかしミーコちゃんは不貞腐れことなく答えました。


さやか先生に、必ず信号のある道を歩きなさいって言われたのよ。

おとなの言いつけをしっかり守ったわ。誉めて、おかあさん!

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