四話 黄色の眷属

「突然だけど父さんたち今度引っ越しすることになったから」




 年が変わって一月経った二月。それはリビングで突然告げられた。




「え?」




 これに驚いた金髪の少女黄瀬小金のツインテールが左右に揺れた。




「中学校に慣れたばかりの時期にすまんな。父さん転勤が決まって……ほら、小金だけ一人暮らしするのも危ないからな」


「それは別にいいけど」




 元より小金はそんなに友達は多くなかった。中学校には慣れたが、特に仲のいい友達もいなかったため小金にとって引っ越しはそんなに苦ではなかった。




「で、どこに行くの?」


「岡山だ」




☆★☆★☆★




 朝、八時半ごろいつも騒がしい教室はいつも以上に勢いを増していた。


 二年生の四月下旬、みんな新しいクラスにも慣れ始めてきたころその変化は予想以上の起爆剤となった。


 那須先生と一緒に入ってきた生徒は童顔ながらも整っている小顔で絵になりそうな美少女であった。身長は高くなく日本人の中学生の平均身長より二センチほど低い。なにより特筆すべきなのは金髪のツインテールだろう。少女が動くたびにゆらゆらと揺れる二つの尾が生徒たちを魅了している。




「かわいい」


「お人形さんみたい」




 そんな声があちこちから聞こえる。




「はいはいみんな静かに。紹介できないでしょ」




 那須先生が手を叩き教室を静かにさせる。黒板に書かれる白い四文字。そして先生は少女に自己紹介を促した。




「き、黄瀬きせ……小金こがね……です。と、東京からひまし……ひゃう!?」




 あまりの緊張からか噛んでしまった。それがクラスの心の癒しとなった。掴みとしては十分だろう。主に男子からは。


 真っ赤な顔のまま両手で顔を隠し、最後に「よろしくお願いします」と言って紹介を終えた。席は黒葉の隣。つまり百合から見れば前の席だ。




「おもしろい娘だな」




 百合の隣の席の翠が口を開く。




「仲良くなれるといいよね」




 百合が笑顔で言った。転校生という存在はそれだけで注目の的だった。


 休み時間、クラスの女子たちから質問攻めを受けていた。




「ねぇねぇ黄瀬さんって東京のどの辺から来たの?」




 のような出身を問うものであったり




「なんでこの時期に転校してきたの?」


「東京っておしゃれな店がたくさんあるんでしょ?いいなぁ私も行ってみたい!」




 など様々だ。東京という都会から来たというだけで話題は尽きない。


 年頃の女子は目を光らせながら転校生に問いかける。




「あの……その……うぅ」




 人と話すことに慣れていない小金は初めてのことに戸惑う。無理もない。東京では一度に多くの人と話したことないのだから。


 しかもここはまだ来たばかりの知らない土地。下手をすればトラウマになりかねない。


重圧が黄瀬にのしかかる。




「皆待って、落ち着いて。転校生の子が恐がっとるけん」




 止めに入ったのはみかんだ。みかんの声で目が覚めたのかクラスの女子は冷静になった。




「そうだよね。まだ転校初日だからいきなり知らない人に質問攻めされても困るよね。ごめんなさい黄瀬さん」




 手を合わせ転校生に謝罪する生徒。




「だ、大丈夫……ちょっと……驚いただけ」




 転校生は少し照れながらそう言った。しかし、これがまた生徒たちに受けたようで転校生は再び質問攻めを受けたり女子生徒からハグされたりと災難だった。


 そんな光景を教室の後ろから見ていた百合と翠と黒葉。三人は壁にもたれかかって横並びにおしゃべりをしていた。




「すごい人気ね」


「まあこの時期に転校生って珍しいからね」


「でもこの時期に転校してきてクラスになじめるか心配だな」


「それは大丈夫だと思う。クラスの皆優しいから」


「あの様子を見るからに大丈夫ね。すっかり人気の的だし」




 それもそうかと百合は転校生を見た。まだ質問を受けている。おどおどしている彼女を見ると本当に大丈夫かと不安になる百合であったが、新しいクラスの友達が増えたことに嬉しさも同時に感じていた。






☆★☆★☆★






 放課後。転校生の人気は終わらず、授業が終わってもどこに住んでいるのとか、誰と帰るのなど質問攻めをされていた。クラスメイト達が学校案内しようかと提案してくれたが転校生は「今日はお父さんが車で迎えに来てくれるから」と申し訳なさそうに謝りながら言った。


 それを聞いてクラスメイト達もそれはしかたないということで諦め転校生は解放された。


 百合と翠とみかんも荷物をまとめ帰る準備をする。




「結局私、今日黄瀬さんと一言もしゃべってないよ」


「まあ、すごい人気だったし、近寄り難い雰囲気あったよな」


「迎えが来るまで常にだれか一緒にいたけんね。まあ、2、3日もすれば話す機会も増えるじゃろ」




 三人は話しながらいつものように帰り道を歩いていた。黒葉と途中別れ三人で帰っている。思えばこの三人で帰るのは久しぶりのような気がする。




「おい、百合どうしたんだ?」


「なんか気になることでも?」




 そんなことをふと思いだしていたら二人に心配された。




「ううん、何でもない」




 百合は二人の元へ駆け寄ろうとした。と、そのとき、突如電柱の電線が切られ、折れた電柱が翠とみかんのところへ倒れようとしていた。




「アンテグラ」




 そのことに気づいた百合は眷属の力を使って白銀の盾で倒れてくる電柱を受け止める。




「うっ!……」




 いくら眷属の力を使っているとはいえ電柱を支えるのにはかなり体力を消耗する。




「百合!」


「大丈夫!?」


「平気。それよりも二人とも早く安全な場所へ!」




 二人は移動して眷属の力を使い姿を変える。それを見て百合は離れると電柱は大きな音を立て辺りに砂煙を巻き上げた。




「な、なんなんだ一体……?」


「わからない。突然電線が切れたように見えたけど……」


「もしかしたら悪魔が近くにいるのかも」


「そうなの?アルジェントさん」


『いえ、わかりません。少なくとも奴らの気配を感じることはありませんでした』




 翠とみかんもヴェルトとオランジュに聞いてみるが、二人ともアルジェントと同じ反応だった。


 結局、それ以降不可思議な現象は起きず、悪魔も姿を現すことはなかったため力を解除し、家へ帰ることにした。みかんはもしかしたら電柱の点検の不具合なのかもと言っていたが、百合は腑に落ちなかった。もしかしたらほかの場所でもこれと同じことが起こるのでは?と危惧するが、アルジェントから何もわからない状態で行っても無駄に体力を消耗するだけだと説得された。明日原因を探ってみようということでその日は就寝した。


 そして夜が明けた。朝、リビングにて朝食をとりながら朝のニュースを視聴する。ニュースの内容では昨日の電柱のことが取り上げられていた。電線の切断、そして電柱の倒壊。それらは電力会社の点検不足として報道されており、それ以外のことについては特に言及されていなかった。確かに民間への放送としてはこれがベストなのかもしれない。だが……。朝食の時、いつも楽しそうにパンをほおばっていたスザンヌが今日は珍しく怪訝な顔つきであった。これには椿も驚いたようで心配になり思わず声をかけた。




「スザンヌちゃん、大丈夫?今日は朝食食べてないみたいだけどどこかしんどいの?」


「あっ、すみません大丈夫です。少し考え事を……。すぐに食べますね」




 そう言っていつものように笑顔を作って感想を言いながら完食するスザンヌ。それはまるで心配させないために無理をしているようだった。


 百合も朝食を食べ学校への準備をしていると後ろからスザンヌが声をかけてきた。




「百合様、少しお時間よろしいでしょうか?」


「うん。今大丈夫だよ」


「では手短に。昨夜の件ですが、やはりあれは経年劣化ではなく外部の力によるものです」


「確信があるの?」


「はい。切断面がきれいに二つに割れていました。電線というものがどれほどの強度かはわかりませんが、まず悪魔の力によるものとみて間違いないでしょう。もう一度確認したいのですが電柱というものは突然電線が切れて百合様の所へ倒れてきたのですね?」


「うん」


『ですが姫様。奴らの気配は感じませんでした。本当に悪魔が関与したものと言い切れるでしょうか?』




 アルジェントが口を出した。彼もあの場にいた一人である。あのときアルジェントには悪魔の気配は感じられなかった。スザンヌに疑問を感じるのも当然だろう。




「一つ心当たりがあります。かつて悪魔のなかに一体だけ自身の姿を消すことができる悪魔を知っています。姿を消すというと少し言い方に語弊があるのですが」


「本当に!?スザンヌちゃん」


「はい、まず間違いないでしょう」


『もししれが本当なら姿を消す悪魔との戦いは一筋縄ではいかないでしょうね』




 アルジェントの言うことはもっともだった。相手の力を知ったところで対面したとき瞬時に対応できるかと言われると厳しいのが現実だろう。


 だが、ここで一つ百合に疑問が生まれた。




「でもスザンヌちゃん。相手の力を知っているってことは一度戦ったことがあるんだよね?その時はどうやって倒したの?」


「眷属の力です。私の力には【心眼しんがんの眼まなこ】と呼ばれる力がありました。それはすべてを見通す目ともいわれています。その力を使えばたとえ姿を消したとしても目で追うことができます」


「じゃあその力を使えば……」


「はい、勝機はあります。ですが、残念ながら百合様の眷属にはそのような力は感じることが出来ません。そして翠様とみかん様も」


「えっ?それじゃあどうするの」


「可能性がないわけではありません。あくまでも感じることができないのは百合様たち三人だけです。もしかするとこれから出会う他の眷属の方が力を持っている可能性はあります」


「そっか。じゃあとりあえずまずは情報収集だね」


「はい。意外と自分の欲しい情報というのは近くに転がっていたりしますから」






☆★☆★☆★






 学校へ登校する途中、翠とみかんに合流し、朝、スザンヌから話されたことを二人にも話した。


「心眼の眼か」


「でも確かに本当に誰かがその力を持っているならコンタクトをはかったほうがよさそうね」


「問題は誰がその力を持っているか……だよな」


「眷属の証明としてあの宝石を見せてくれたら一発だけど」


「ねぇ二人とも。私、一つ心当たりがあるんじゃけど……ええ?」


「心当たり?」


「そう。昨日転校してきた転校生が怪しいなと私は思っとるんやけど」


「えっ!黄瀬さん?」




 予想外の候補に二人は驚く。




「だってこの時期に転校なんてどう考えても不自然じゃろ?普通なら四月の初日に来るはずなのに……今、もう6月が来ようとしとるんよ?」


「確かに……言われてみれば」




 みかんに言われて少し納得する百合。




「でも、どうやって聞き出すんだ?いきなり”宝石見せてください”って言ってもあの子人見知りっぽいから上手くいくかわからんし、もしはずれだったら間違いなく警戒されそうだけど」


「それは……」


「仲良くなるしかないんじゃない?信頼関係が築ければ警戒されないだろうし、それに眷属の件抜きにしても黄瀬さんとは仲良くなりたいし」




 押し黙るみかんに百合がそっとフォローを入れる。といっても百合にとってはフォローというより本心で言っているだろうが。


 そこから黒葉と合流し、眷属の話は一旦保留となった。学校の教室へ到着すると転校生の周りにはやはりたくさんの生徒がいた。昨日までは女子が中心に話していたが、今日はちらほらと男子の姿もあった。相変わらずの人気だ。




「人、増えてるような……」


「あれじゃあ近づくこともできんな」




 接触すること自体ならしようと思えばできるだろう。だが、百合たちの目的を聞くとなると話は別だ。


このまま話しもできずに一日が終わるかと思われた。


 意外にも転機となったのは体育の授業の時だった。授業内容は持久走。しかも給食を食べた昼休みの後ということで疲労と合わせて吐き気を催す人も何人かいた。


 その中で輝いている生徒が一人。江古田翠だ。百合とみかんは早々にリタイアし、日陰で休んでいる。


 眷属は教室のバッグにしまっているため手元にはない。


 黒葉は一位ではないものの一定のペースで走り続けている。




「翠ってこういう時は水を得た魚のように生き生きしとるよな」


「運動は翠ちゃんの得意分野だからね」


「あの馬鹿みたいな体力がうらやましい」




 あははと苦笑いする百合。五月下旬に入り本格的に暑さが増してきた昼の運動場。日陰で休んでいるにもかかわらず、体の暑さは下がることなく額から頬、顎にかけて垂れ落ちた汗がコンクリートに染みを作っていた。暑さに耐えられなくなったみかんは立ち上がり




「暑い!ちょっと顔洗ってくる」




 と言って校舎裏の方へ歩いて行った。百合は「いってらっしゃい」とみかんの背中を見送った。






☆★☆★☆★






 給水機。運動靴で踏むと水がぴゅーっと飛び出してくる。飛び出してきた水を両手で作った受け皿に溜め、冷たい水で顔を洗う。本来ならばシャワーを浴びて汗を流したいところだが、残念なことにそんな贅沢はこの学校という公共施設には設けられていない。仮にあったとしても様々な観点から見て今の時間には難しいだろう。


 ついでに水分補給を済ませ、首にかけてあったタオルで顔を拭く。その時、後ろに視線を感じて振り向いた。後ろに振り向くとは思っていなかったのか、それとも目が合ったからなのか、びくっと体を震わせ一歩後ろに下がる少女がいた。黄瀬小金。転校初日から生徒に囲まれている姿しか見ていなかったが、今初めて一人でいるところを目撃した。少女は相変わらずおどおどしている。




「使う?」




 みかんが声をかけた。ここに来たということは給水機を使いに来たということだからだ。小金は首を縦に振った。みかんは後ろに下がり、小金が給水機に近づく。みかんはその場をその場を去るとはなかった。まさに棚からぼたもち。一対一で話せるのは今しかない。ここならばだれにも邪魔されることはない。




「あ、あの……」




 その時だった。小金は給水機の口に顔を近づきすぎていたために勢いよく飛び出した水を顔で受け止めてしまった。


「きゃっ」っと小さい悲鳴をあげながら後ろに下がるが、バランスを崩し尻もちをついた。




「いたた……」


「大丈夫?あんた」




 彼女の元に近づき、手を差し伸べる。




「大丈夫。ありがとう……」




 小金はみかんの手を掴み立ち上がる。




「ちょっと勢いが強くて驚いちゃった」


「あー」




 みかんは何となく小金の気持ちを理解することができた。使い慣れていない給水機は勢いがわからないため距離感がつかみづらいためだ。


 


「なあ、よかったら少し話さん?多分まだ持久走続いとると思うし」




 今、帰っても当分翠の自己満足走りを見せられることになるだろう。それはなんか腹立つと感じたため、みかんは一秒でもあの場にいたくなかったのだ。小金も首を縦に振る。


 おそらく他の生徒の目を盗んでここまで逃げてきたのだろう。見たところ彼女は人づきあいが得意という性格ではなさそうだ。だが、誰でも毎日多くの人にあれだけの質問攻めをされればそれだけで気が滅入るものだろう。かと言って小金もずっと一人でいたいというわけではない。仲のいい友達は欲しい。そしてみかんは小金と信頼関係を築き眷属のことを聞きたい。互いに理由は違えど目的は一緒だった。みかんと小金は案外早く打ち解けた。小金は誰かから話をかけられると難なく話すことができるが、なかなか自分から話しかけに行くことができないタイプの人見知りだった。


 東京と岡山の違いやそれぞれいいところ、また悪いところなどを話して会話が盛り上がった。気づけば時間は授業が終わる10分前になっていた。




「あ、もうこんな時間。やばっ、向こう戻ろう小金」




 みかんと一緒にグラウンドへ戻った。持久走もようやく終わったみたいで百合がいる日陰には大の字で倒れ肩で息をする翠と涼しげに休んでいる黒葉がいた。




「ま、負けた……黒葉に。悔しい~」


「翠は最初から飛ばしすぎなのよ。持久走なんだから。まあでもあれだけ飛ばして最後のほうまで残っているのは素直にすごいと思うわ」


「甘いぞ黒葉は。勝負は勝たないと意味がないんだ。でないとすべてを失うって」


「誰の言葉なのよそれは……」


「私の好きな漫画の敵キャラがそんなこと言ってた」




 そこにみかんと小金が帰ってきた。




「あっ!みかんちゃん……と黄瀬さん?」


「え!?」




 みかんと思いもよらぬ人物の姿に三人は驚いた。なぜならそこには今まで接触不可能と思われていた黄瀬小金が目の前に現れたのだから。




「お、おい!みかん。一体お前いつの間に仲良くなったんだよ?」


「ついさっき偶然二人きりになれるチャンスがあっただけ」




 あまりのことに動揺する翠であったが、百合と黒葉は意外にも冷静に自己紹介や握手などをして親睦を深めようとしていた。小金はこれを拒まず、二人を受け入れた。翠も仲間外れにされたみたいなのが嫌で小金と握手する。昨日まであんなに遠いと思っていた距離が近くなって何があるのかわからないものだとみかんは思った。






☆★☆★☆★






 小金と仲良くなるという当初の目標は達成できた。しかし、肝心の眷属のことについては聞けないでいた。お互いのことや日常生活のことなどは話題が尽きず時間が足りないくらい話せてしまうが、眷属となれば話は別だ。常識離れした非日常の世界。それに悪魔や魔女のこと。同じ眷属の人間でなければ頭おかしい人と認定されるのがオチだ。だからこのことは慎重に事を進める必要がある。かといって踏み込めないままでもいけない。だが、話題を切り出すことが難しい。停滞だ。


 結局その日はそのまま放課後になってしまった。放課後こそはと思っていた三人だったが、他の生徒から黄瀬さんを独り占めはずるいということで今日は素直に諦めて帰ることにした。


 黒葉と別れ三人になった帰路。三人で話し合ってみるものの結論は出ず、家に帰ってきた。


 百合はスザンヌに今日学校であったことを相談した。




「なるほど……おそらく眷属はその黄瀬小金という少女で間違いないでしょう。ただ心眼の眼を持っていると断言することはできませんが」




 眷属の予想はできても誰がどの眷属の力を持っているかまでは断定できないらしい。


 ここで百合はふと一つの疑問に気づいた。




「あれ?そういえばスザンヌちゃん眷属の力を私やみかんちゃんに渡したんだからスザンヌちゃん眷属全員のこと知ってるんじゃないの?」


「残念ながら私が渡したのは百合様と翠様、それにみかん様の三人だけです。あとの眷属は信頼できる部下に任せてしまったので誰の手に渡ったのか詳細までは知らないのです。でもまあそこはアルジェントがうまくやってくれるでしょう。説得は任せましたよ」


「……ご命令とあらば」




 ほとんど丸投げ状態になってしまうが眷属同士で話をするためにはアルジェントの協力は不可欠だろう。




「ともあれ話は明日になってからですね。今は早く寝て明日に備えましょう」




 気づけば時計は夜の九時を回っていた。少し強引に話を止められてしまったが、スザンヌの言うことは正しい。明日学校も休みなため特に早起きしなければいけないというわけではないが悪魔がいつ出現するかわからない。それに例の姿を消す悪魔も。体力を温存し万全な体制で挑むことが望ましい。


 もっともスザンヌにはそれ以外の理由もある。実はスザンヌは最近睡眠にはまっているらしい。もっと詳しく言えば百合と使っているベッドに。ベッドでの睡眠の心地よさを知ってしまったスザンヌはそれ以来この柔らかいベッドに夢中なのだ。




「うん。そうだね、おやすみ。スザンヌちゃん、アルジェントさん」


「はい、おやすみなさい。百合様、アルジェントも」


「おやすみなさい二人とも」




 夜、何事もなく進んでいく日常。その日は何事もなかった。そうその日までは0時を過ぎ日付が変わったときそれは突然訪れた。


 スザンヌがベッドから飛び起きる。アルジェントも気づいたようだ。




「アルジェント」


「はい姫様」




 二人の声に百合が目をこすりながら体を起こす。




「スザンヌちゃん……どうしたの?」


「すみません百合様。夜分遅くに。敵が現れました」




 敵という単語に反応し一気に脳が覚醒した。




「もしかして先日の……」


「その可能性は高いと思われます」


「行かなきゃ」


「お待ちください! 百合様、今は深夜帯。外に出るのは危険です。それに敵は姿を消す悪魔、戦況的にはこちらの不利です」


「でも!このままじゃ誰か被害者が」


「他の眷属の方々に頼ることも一つの策です」


「もし誰も来なかったら?」




 スザンヌは視線をそらし、何も言わなかった。おそらく百合を想っての発言だろう。確かに夜間の外出は危険だ。街にいる人たちが全員良い人とは限らない。さらに敵はあの姿を消す悪魔。夜間暗い中視界が不安定な状態で敵も見えないとなると苦戦は必須だった。




「やっぱり私が行かなくちゃ」


「百合様ダメです。行っても前回と同じ結果になるだけです」


「なんで!?」


「勝ちの見えない戦いに百合様を行かせたくないのです。」


「そんなのやってみなくちゃ……それに心眼の眼を持っている人がいれば」


「それはまだ誰が持っているかわかりません。もし違えば百合様は一般人を戦いに巻き込むことになるのです」




 お互いの意見がぶつかりあい停滞する。こうしている間にも悪魔が暴れまわっているかもしれない。そう思うとやるせなかった。アルジェントは二人の対立に声を出すことができないでいた。




「あっ!UFO」


「えっ?」


「隙あり」


「あっ!」




 古典的なやり方に引っかかるスザンヌ。その隙に部屋を飛び出す百合。左手にはもちろんアルジェント。


 スザンヌはしょうがないとあきらめたように後を追いかけた。スザンヌはなにも百合が悪魔に負けるとは思っていなかった。むしろ他を助けようとするその姿勢は尊敬に値する。しかし、戦場という場所において過信や油断は禁物だ。そしてそれが悪魔が相手ならなおさら。






☆★☆★☆★






『よろしいのですか百合様?』




 悪魔討伐に向かう道中アルジェントが話しかけてきた。




「いいの。だって悪魔が出現しているのに行ったらダメっておかしいよ」




 アルジェントには百合のほうが正しいと思っているが、スザンヌの気持とがわからなくもなかった。今は深夜0時過ぎ。明日……いや、今日だってまた学校があるのに。さらに敵を倒すパターンが確立していないことも理由の一つである。それだけ百合を心配しているのである。


 百合が眷属の力を使い出現場所へ行くと見知った顔が二つ。翠とみかん。どうやら二人も悪魔の出現に伴って駆けつけたみたいだ。




「翠ちゃん、みかんちゃん」


「おぉー百合」




 百合を発見した翠が手を振る。




「二人も今来たとこ?」


「あぁ」


「本当にさっきね」




 二人の様子を見るからにまだ悪魔は現れていないようだ。いや、ここにはいないといった方が正しいかもしれない。




「どうしよう……とりあえず手分けして三人で探す?」


「いや、現れたやつが本当にこの前のだとしたらバラバラになるのは危険じゃろ。なるべく一人にはならんほうがええと思う」




 百合の提案にみかんが否定した。言われてみればその通りかもしれない。




「ヴェルトさん、悪魔の詳しい位置とか分かったたりします?」


『すみません。この付近にいるということ以外には何も……』


「そっか」




 アルジェントやオランジュも同様であった。三人とも詳しい位置まではわからないみたいだ。とその時であった。




「きゃーっ!!!」




 悲鳴。それも女性によるものだ。




「向こうから聞こえた」


「いってみよう」




 三人とも悲鳴の方向に走る。声の先には成人女性が尻もちをついて震えていた。




「大丈夫ですか?」




 百合が駆け寄って女性の肩を支える。女性は震える手で前方を指差しながら「目の前……いきなり、壊れて……あ、あぁ……」と言って意識を失った。




『どうやら気を失ったみたいですね』




 アルジェントが呟いた。




「みかんちゃん。この人をお願い!翠ちゃんは私と一緒に来て」




 百合が状況を判断し、二人に指示を出した。




「わかった」


「おう」




 とにかく女性の指差した方向を頼りに追いかける百合と翠。広い交差点に出るとあの黒い悪魔がそこに立っていた。黒い体に漆黒の鉤爪、まるで二人と戦う場所へ案内したかのように




「こいつが例の・・・」


「みたい。でも油断しないで翠ちゃん」


「わかってる。いちいち相手に姿を消されても面倒だし、ここは短期決戦をしかける。いいよな?ヴェルト」


『ああ、ごちゃごちゃ考えるのは俺も苦手だしな』




 翠が真っ先に勝負を仕掛けた。悪魔に向かって槍を突き出す。しかしその矛が対象を捕らえることはなかった。悪魔は素早い動きでかわしていた。翠は負けじと連続で突き攻撃を放った。だが、これもすべて避けられてしまう。


 そして悪魔は空気に溶けるように姿を消した。翠と百合は背後をとられぬようお互いに背中合わせで武器を構える。その時、百合の盾が攻撃を受けた。激しい金属音が夜闇に鳴り響く。傷こそついていないが、これは悪魔の挑発行為ととらえていいだろう。その気になれば容易に攻撃できるぞというメッセージ。だが、だからと言って負けるわけにはいかない。




「んにゃろぉー!!」




 翠は闇雲に武器を振り回す。見えない敵への唯一の抵抗。息切れして疲れたところを襲ってくる悪魔。戦況はこちらの劣勢だった。百合も盾で防ぐことしかできない。


 そんな時だった。遠方より一直線に飛来する一本の矢。それは悪魔へと命中する。悲鳴を上げる悪魔。続けて二本目、三本目と全弾命中。最後は声もなく力尽き影となって消えた。


 百合と翠は飛んできた矢の方向を見た。屋根の上から狙撃していた少女。黄瀬小金。その姿はまさに獲物を狩る狩人といったような姿だった。力を解除し、二人は小金に近づいた。




「小金ちゃん!」




 名前を呼ばれた小金は肩を震わせた。




「こんばんは……お二人とも」




 夜闇に消え入りそうな声で呟いた。




「こんばんは。やっぱり小金ちゃんも眷属だったんだね」


「あ、あの……別に隠してたわけじゃないんです。ただなんというか言い出すタイミングが分からなかったというかなんというか……」




 臆病で弱気になっている小金の両手を包み込むように百合が握った。




「えっ!?」


「大丈夫だよ小金ちゃん。別に怒ってるわけじゃないから。助けてくれてありがとう」


「私も百合も小金がいなかったら危なかったしほんと助かった」


「い、いえ私なんて……それよりお二人とも私と同じ……」


「あっ、う、うんごめんね私たちも隠してて」


「それは大丈夫。気にしないで」




 するとそこにみかんが走ってきた。




「おーい」


「みかんちゃん」


「あいつはどうだった、倒せた?」


「それなら小金ちゃんが」




 みかんは小金のほうを見た。小金は目が合ったことに少し戸惑うが、みかんの反応は二人と同じ感謝の言葉だった。




「ありがとう小金。二人を助けてくれたみたいで」


「はい」




 小金の緊張の糸がようやく解けたのかその返事は心からの笑顔だった。




『そうだぜ、お前らはもっと小金に感謝しろ。小金がいなかったら今頃お前たちは大けがじゃ済まなかったはずだ。』




 突然どこからか威勢のいい男の声が聞こえてきた。




「こらっジョーヌ。そんなこと言わないで」




 小金は自分の手の中の黄色の宝石に向かっていった。どうやらあれが小金の眷属の宿主らしい。




『お前のその態度は相変わらずだな、ジョーヌ』


『そうだ。それにお前の苦手な姫様も後ろにいらっしゃる』




 確かにみんなの後ろには百合の後を追いかけ合流したと思われるスザンヌが立っていた。




『げげっ!?』


「なにがげげっですか!ジョーヌ、百合様たちに失礼なこと言わなかったでしょうね?」


『もちろんですとも。百合様御一行、厚い厚い歓迎をさせていただきましたとも』




 先程の威勢はどこへやら。姫様の前で態度が一変したジョーヌに苦笑いしながらも新しい仲間であり友達になった黄瀬小金を百合たちは歓迎した。






☆★☆★☆★






 皆と別れて百合とスザンヌは帰り道を歩いていた。




「百合様、先程はすみませんでした。勝ち目のない戦いだなんて言ってしまって。結果として百合様は勝って巻き込まれた女性の方も助けて……ダメですね私。こんなんじゃ王女失格です」


「そんな……スザンヌちゃんはただ私のことを心配してくれただけでむしろ私のほうがお礼を言いたいくらいで……。ありがとうスザンヌちゃん」




 スザンヌは最初戸惑っていたが、すぐに百合に笑顔を見せた。




「百合様、あなたは私が思っている以上に強い人です。今日だって運を味方につけ小金様もこれからは一緒に戦ってくれる仲間として百合様を支えてくれるでしょう。きっとこれからどんなことがあっても大丈夫でしょう」


「えっ?急にどうしたのスザンヌちゃん。そう言ってくれてすごく嬉しいけど」


「私からの太鼓判です。百合様のおかげで決心がつきました」


「?」




 空を見上げるスザンヌ。空は晴れ、星空が広がっていた。そんな姫様の表情に百合もアルジェントも口を開けずにいた。




「実は……」




 やがてスザンヌは百合に徐に話し始めた。

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九人の眷属 龍星 @ryuusei-340875

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