三話 橙色の眷属

 『次のニュースです。昨日の夜、飲酒運転の容疑で会社員の男54歳が逮捕されました。男は取り調べに対し悪魔が現れて俺の車を破壊した。今は直っているが確かに壊されたんだなどと意味不明な供述しており、警察は酒に酔って幻覚でも見たのだろうという方向で詳しい状況を調査中とのことです」




 朝食での朝のニュース。白花百合はトーストをかじりながらビクッと体を震わせた。


 実はというと百合は昨日のことが気がかりであまり寝られずにいた。大事になっていたらと思うと……現にニュースで被害者は昨日のことを覚えていた。


 昨夜悪魔に襲われていた人だろう。警察は夢かなにかでも見たのだろうと誰も彼の話を信じてはいないが、また悪魔が襲ってきて目撃者が増えれば、この話はいずれ日本中、いや世界中に広がり大混乱を招くだろうと百合は危惧していた。


 だからといって今すぐ何かできるわけでもないのだが。




「いやぁねぇ・・・飲酒運転なんて。百合も気をつけなさいよ」




 百合の母。白花椿がニュースを見て声を上げた。百合が心配しているほどの混乱は現在起きていないらしい。


 昨夜の目撃者の証言は警察に相手してもらえず、あまり広まっていなかった。




「う、うん。気をつける」




 隣には姫様。百合と同じくこんがり焼いたトーストにバターが塗ってある。ほかにもサラダに牛乳、ヨーグルトと健康にいい朝食が食卓に並んでいる。




「スザンヌちゃんも気をつけてね」


「はい。お気遣いありがとうございます。ところで飲酒というのは分かるのですが、運転というのはどのようなものでしょう?」




 スザンヌは過去から未来にやってきたため現代の文化にあまり馴染みがない。そのため運転という言葉がイメージできなかったのだろう。初めてこの家に来たときもテレビや浴槽、ベッドなどに大きな驚きと強い関心を示していた。




「スザンヌちゃん。飲酒運転っていうのはね、お酒を飲んだまま車っていう乗り物に乗ることで犯罪なのよ」


「まあ!そうだったんですか」




 母の噛み砕いた説明に姫様は手を口に当て驚いている。今は百合から借りた白のパジャマを着ているためこうして見るとお姫様だということを忘れてしまいそうになる。姫様が家に来て三日目の朝。


 姫様はすぐに家に馴染みわからないことがあれば積極的に聞いていた。母はまるで娘がもう一人できたかのように優しく丁寧に教えていた。母はスザンヌのことを心から可愛がっていた。




「ごちそうさまでした」




 朝食を食べ終わり、合掌。皿やコップを流しに置き、学校の準備をしにいく。忘れ物がないことを確認し、部屋を出た。玄関で靴を履く。後ろで母と姫様が現れる。




「今日は早いね。どうしたの?」


「今日は日直の仕事があるから早めに出るんだ。」


「そうなんだ。忘れ物ない?」


「うん、大丈夫。部屋を出る前にきちんと確認してるから」




 母がいろいろと心配してくれるがそれは杞憂だった。




「百合様。お気をつけて」


「ありがとう。行ってきます」




 扉を開けると春の温かい風が百合の頬を撫でた。天気は晴れ。雲の間から覗かせる太陽が町を照らしている。学校への道を急いだ。


 職員室を訪れ教室の鍵を入手。クラス日誌と共に教室へ向かう。二年生の教室の入口は偶然にも十返黒葉が立っていた。




「おはよう黒葉ちゃん!早いね。いつもこんなに早く来ているの?」




 百合の挨拶に気づき黒葉は顔を百合へと向けた。




「おはよう。別にいつも早いわけじゃないわ。今日はちょっと……早く起きたから」


「眠れなかったの?」


「いや、そういうわけじゃ……なんていうか夢を見たの」


「夢?悪夢とか?」


「悪夢……っていうか、上手く言葉に表せないけど、日本ではないどこかで泣いている夢?」


「へぇ~あっ、黒葉ちゃん開いたよ」




 教室の鍵を開け中に入る。電気をつけ自分たちの席に荷物を置く。日直の仕事はプリントやノートの返却物がなければ朝の日直の仕事はそんなに忙しくはない。つまりこの日百合は当たりを引いたわけだ。黒板が綺麗であるか、チョークが不足していないかを確認すると百合は黒葉とおしゃべりを始めた。しばらく二人で話をしていると教室の扉から翠とみかんが入ってきた。




「おはよう百合」


「おーっす……ってあれ?隣にいるのは十返さん?」


「あっ、みかんちゃん翠ちゃん。おはよう」




 そう言って二人の元へ駆け寄った。百合は二人を黒葉の席へ誘導する。




「紹介するね。こっちは私の友達の翠ちゃんとみかんちゃん」


「ど、どうも」


「よろしく」




 そう言って二人は軽く会釈する。黒葉も続いて頭を下げた。




「そしてこっちは黒葉ちゃん。二人とも知ってると思うけど同じクラスで最近仲良くなったの」


「よろしく江古田さん、橙乃さん」


「翠でいいよ。私も黒葉って呼ぶから」


「私もみかんで。同級生に気を遣うってのも変な話じゃけんね」




 それから4人は予冷が鳴り担任が入ってくるまで仲良く話をした。お互いのこと、世間話のことなど様々だ。


 ホームルームが終わり授業が始まる。一、二時間目穏やかな時間が流れた。異変が起きたのは三時間目だった。


 


『百合様、奴らが出現しました』


「!」




 アルジェントの声、今は授業中であるがアルジェントの声はクラスのみんなには聞こえない。正確には眷属の力を所有するもの以外には。


 翠の席を見る。どうやら翠もヴェルトから話を聞いたみたいで後ろを振り向いて百合と目を合わせた。


 行かなければどこかに出現した悪魔がこの町で暴れることになる。それは絶対避けなければならない。


 しかし、今は授業中だ。理由もなく教室を飛び出すことはできないし、本当の理由を先生に告げたところで信じてもらえるとも思えない。どうしようと悩んでいると目の前の翠が挙手した。




「先生。百合がお腹痛いと訴えているので私が連れていってもいいですか?」




 翠の一言によって一気に騒がしくなる教室。驚く声、心配する声があちこち聞こえてくる。




「白花さんお腹大丈夫?」


「えっ!?あ、う、うん……ちょっとやばいかも」




 なるようになれとお腹を抑え痛がる演技をする百合。




「こらっ静かに!授業中だぞ。白花、お腹痛いんだな?」


「は、はい……」


「よしっ、なら江古田お前が連れていってやれ。他の皆は授業に集中しろ」


「先生ありがとうございます」




 そう言って翠は立ち上がり百合の席に近づく。そしてお腹を抑えるようにして歩く百合を支えながら教室を出た。


 その二人の様子を驚きと心配そうに見守るみかんと興味を示しつつも、どこか他人事のように見つめている黒葉だった。


 教室を出て階段を降りると二人は駆け足気味に学生玄関を目指した。




「もう!絶対皆に怪しまれたよ。他に何かなかったの?」


「嘘ついたのは悪かったけどでもあの時二人で教室出れるのあれしか思いつかなかったんだよ」




 翠の咄嗟の発言とはいえ教師含めクラス全員に嘘をついたことへの罪悪感。それが石のように重くのしかかった。みんなの視線が痛かった。




『二人とも急ぎましょう。幸いなことに悪魔はこの近辺です』


『お二人とも準備はよろしいですか?』




 アルジェントとヴェルトの声に二人は返事をする。


 学校の敷地内を出て道路を駆け抜ける。学校から出て5分後、それはいた。


 人形のようなまるで糸に操られているような悪魔。その行動に二人は不気味さを覚えた。




「行くぞ百合」


「うん」




 翠の合図で二人とも眷属の力を使い姿を変える。攻撃する二人。初めて見る悪魔に困難が予想されたが、意外にもあっけなく倒れてしまった。




「あれ?」


「案外あっけなかったな」




 一分もかからない戦闘。敵を倒したことに安堵するする二人だったが、いつまでも消えない人形の悪魔はゆっくりと立ち上がり、隙だらけの翠を背後から襲いかかろうとした。それに一早く気づく百合。




「翠ちゃん危ない!」




 瞬時に翠の前へ飛び出し白銀の盾で奇襲を防ぐ。翠もびっくりしたのか表情が青ざめている。


 力が抜け地面に尻もちをついた。




「大丈夫?」




 腰が抜けた翠に手を差し伸べる。




「ありがとう。大丈夫」




 百合の手を掴み立ち上がる。再び武器を持ち、警戒する。


 油断大敵。


 操り糸に引っ張られるように動く人形はまるで二人を挑発しているようだ。




『うかつでした。申し訳ございません百合様。私がいながら』


「ううん。油断した私たちも悪かったし」




 再び攻撃する百合と翠。人形はまたしてもあっけなく倒れるが、数秒して何事もなかったように起き上がる。傷も見当たらない。百合の剣も翠の槍も通用せず倒しては復活し、倒しては復活するその様はまるでゾンビのようだ。




「こいつどうなってんだ?倒しても倒してもきりがない」


「普通の攻撃じゃダメなのかも」


『お二人ともここは一旦引きましょう。相手の突破法が分からないまま戦うのは危険です。」




 ヴェルトが一声。しかし、百合も翠も引く気はなかった。ここでこの人形を逃せば被害が拡大すると考えたからだ。たとえ敵わなくても戦い続ければいつかは光明が見えると根拠のない希望を胸に。


 突然人形の動きが静止した。まるで氷漬けにでもされたかのように。そして人形はある方向に走り出し外壁を飛び越え屋根に飛び移りそのまま姿を消した。


 慌てて後を追う二人だったが人形の人間離れした驚異的な身体能力に追いつけるはずもなかった。


 せめて位置情報だけでも特定できないかとアルジェントに呼びかける百合。




『申し訳ございません。奴の位置は特定できませんでした』


『俺もです。どうやら悪魔は姿だけでなくこの世界から消えてしまったようです』




 力を解除して制服姿に戻る二人。とりあえず今はなにもできないので二人は学校に戻ることにした。






☆★☆★☆★






「ねえ、百合本当に大丈夫?」




 昼休み。百合の席にはみかん、黒葉、そして同じクラスメイト達に囲まれていた。


 話題は当然、先程の教室を抜けたこと。今まで百合は休むことはあっても遅刻や早退、ましてや授業中に抜け出すことなど一度もなかった。故にいろんな人たちから心配されていた。




「うんもう大丈夫。ごめんね皆心配かけちゃって」


「それならいいけど……。体調悪かったら無理せず先生に言ったほうがいいよ」




 そういってクラスメイト達は離れていった。




「ま、まあ……その……百合は大丈夫。私がそばにいたから」




 翠がみかんと黒葉に説明をする。だが、みかんはそれだけで納得できないのか疑念の眼差しを向けていた。




「な、なに?」


「いやあんたの大丈夫はほとんど信用できんから」


「なんで!?」




 みかんは黒葉の左耳に口を近づけてヒソヒソと話し始めた。




「黒葉も気をつけんとおえんよ。翠の大丈夫はまず疑ったほうがええからね」


「酷い!」




 翠の嘆きをよそに三人は笑った。


 それから悪魔は気配を見せず、午後も放課後も穏やかな時が過ぎていった。


 そして放課後。みかんの不信感はさらに深くなっていた。それは百合と緑。あれから百合の体調はどうだったか保健室の先生に聞きに行こうと思ったのだが、二人はそもそも今日保健室に来ていないというのだ。では昼間のあの発言は嘘だったということだろうか?それともただ単に二人でさぼりたいだけだったのか。いや、二人に限ってそんなことは……そこまで考えて一度思考を中断する。考えれば考えるほどよからぬことを考えてしまう。


 親友を疑ってしまったことをみかんは恥じた。二人にはなにか事情があるのかもしれない。でも噓をついてまで授業をさぼる正当な理由とはいったい何だろうか?などと考えながら廊下を歩いていると自分の所属する教室にたどり着いた。


 引き戸を開ける。夕焼けに照らされる教室、そこには百合と翠がいた。




「あっ、みかんちゃん」


「みかん、一緒に帰ろうぜ」




 駆け寄ってくる二人。




「黒葉は?」


「黒葉は先に帰った。なんか用事があるんだって」


「そっか……じゃあ三人で帰ろうか」




 二人とも快く返事する。


 いつもの登下校、いつもの帰路、いつもの三人。


 ただ一つ違うとすれば二人を疑っているみかん。そしてそれに嫌気がさしている自分。


 このままないがしろにしてしまうよりはと思い二人に昼間のことを聞いてみることにした。




「な、なあ二人とも」




 立ち止まって振り返る百合と翠。息を吸い込み声を出そうとした瞬間。




「ごめんみかんちゃん。ちょっと急用ができちゃった」


「私も百合と一緒に行かないとだからみかんは先に帰ってて」


「え?」




 みかんが疑問を投げかける前に二人は走り去ってしまった。


 まるでみかんから逃げるような形になってしまったが、これには理由があった。


 昼間に出現した悪魔がまた現れたのだ。しかも今度は複数の反応があるとアルジェントとヴェルトが教えてくれた。同じ場所に三体の反応。今まで一体の悪魔と戦ってきたが、複数の出現反応は今回が初めてだ。


 出現場所に急ぐ。着いたのは河川敷だ。坂を下っていく。比較的浅瀬であり、今日は天気も穏やかなので水は足首辺りしかない。


 二人はすぐに眷属の力を使い武器を構える。そして目的のそれが姿を見せる。


 悪魔。昼間見た時と同じ姿である。しかも今度は同じ姿の悪魔が三体同時に徘徊している。


 結局あれ以降二人はこの悪魔の倒し方について有効的な算段がついていなかった。


 悪魔がこちらに気づき、百合たちに向かってくる。操り糸で操られているかのような挙動でおもちゃのような走り方だ。


 当然瞬殺。しかしまた復活し立ち上がる。




「やっぱりいつものやり方じゃだめなのかもしれない」


『あの悪魔……やはり動きが変ですね。まるで何かに操られているような……』




 アルジェントの言葉に百合が反応する。




「ということはどこかでこれを操っている別の悪魔がいるかもしれないってこと?」


『断言はできませんが』




 百合は河川敷の坂の上を見渡した。なぜなら操り師はこの戦いが見渡せる場所にいると考えたからだ。


 しかし坂の上にはそれらしき人物は見当たらなかった。学校帰りの自転車中学生、買い物帰りの主婦、散歩しているおばあちゃんなど悪魔とは無縁な人たちばかりだ。


 河川敷に視線戻すもやはり悪魔以外に怪しい人影は見当たらない。


 百合と翠は何の攻略方法も見つけられず悪魔の相手をするだけで精一杯だった。何か解決方法はないかと考えるも目の前の悪魔が許してくれない。


 隣の翠も肩で大きく息をしており激しく消耗していた。手探りで倒し方を変えてみたり、剣から盾で攻撃してみたりするが、どれも効果はない。


 もう手はないかと諦めかけたとき、百合はふと一つの違和感に気づいた。河川敷の上の通行人。なぜ彼らは平然と歩いているのだろう?


 普通こんな非日常な光景を見れば驚き騒ぎ立てるはずだ。さらにここには死角になるような所もあまりない。上から見えないということはないはずだ。


 まさかと思いながら百合は一つの賭けに出る。百合は駆け出した。坂の上に向かって。悪魔たちと翠が驚く。


 最初百合は逃げだしたかと思われた。しかし、それは違うということに気づく。


 百合は坂の上の通行人を白銀の剣で切り伏せた。通行人だと思われたそれはゆらゆらと幻影となって空気に溶けた。通行人の悲鳴と思われた声は幻影の中から現れた悪魔によるものだった。




「これは……?」




 後ろから駆けつけた翠が驚いた。それもそのはず一般人だと思われたそれは偽物で黒いローブを被った魔導士のような姿をした悪魔が現れたからだ。




「ずっとおかしいと思ってた。どうして歩いている人たちは私たちに見向きもしないんだろうって。あれはあなたが作り出した幻だったのね」


「っ!!?」


『お見事です。百合様』


「じゃあこいつを倒せばあの悪魔たちもいなくなるわけだな」




 そう言って槍を構える翠が悪魔めがけて攻撃を行った。魔導士の悪魔は特に避けることもなく攻撃を受けた。手ごたえを感じた翠。しかし、悪魔は不敵な笑みを浮かべた。




「なっ……!?」




 翠の槍は確実に悪魔をとらえている。だが、悪魔は消滅することはなかった。そればかりか攻撃を受けた傷がどんどん回復していく。


 悪魔は高笑いした。まるで百合と翠の希望を嘲笑うかのように。


 そして後ろから複数の人形の悪魔が出現した。気づけば二人は囲まれていた。


 現れた人形と追いついた10体の人形によって。一瞬光明が見えたかのように見えたが、再び窮地に立たされた。今は敵の攻撃を防ぐだけで精一杯だ。


 そしてそこより離れた場所から二人を見ている人影が一つ。橙乃みかんだ。みかんはあの後、二人をつけていたのだ。


 まさか思いもよらぬ光景を目のあたりにするとは思ってもみなかっただろう。


 なにこれ?二人は何をしてるの?目の前で何が起こってるの?と疑問が次々と浮かんでくるが、答えてくれるものはだれもいない。みかんはただ目の前で起こっていることを受け入れるしかできなかった。見たこともない化け物。それと戦う百合と翠。みかんの体は恐怖ですくんでいた。




「突然すみません。橙乃みかん様ですね?」




 後ろから声。みかんは振り返る。そこには白髪に純白のドレスが似合う美しい女性。スザンヌが立っていた。年はみかんと同じくらいであるはずなのにその落ち着いた態度は妙に大人の風格を見せた。




「え?誰あんた?ってかいつの間に?」




 みかんは疑問を投げかけるが姫様は何も答えない。




「みかん様、今は何も言わずにこれを受け取ってくださいませんか?」




 そう言って見せたのは橙色の宝石。みかんはスザンヌの手のひらで輝く宝石に見とれていた。




『初めましてみかん様』




 突然の声にびっくりするみかん。声の主を探そうと首を左右に向けるが二人以外には見当たらない。




『ここです。あなたの目の前にある橙色の宝石です』




 みかんもまた百合や緑の宝石に驚いた。まあ当然だろう。




『このような姿で無礼を承知してあなたにお願いがあります。私たちとともに戦っていただけませんか?あの悪魔たちと』




 悪魔……。今百合たちが戦っていると思われるあれのことだろうか。いくらみかんがこの場で考えたところで答えは出ない。どっちにしろ選べる選択肢は一つだけだ。




「……それで百合たちを救えるの?」




 橙の宝石はなにも答えなかった。まるでそれはお前次第だと言わんばかりに。




「救えますよ」




 そう言い切ったのはスザンヌだった。




「私に作戦があります。あの悪魔の倒し方について。しかし、これはみかん様あなたにしかできません。今から話す通りに動いてもらえませんか?」


「……」




 みかんは無言だった。いまいち状況を呑み込めていないからだ。




「私を信じてください」




 みかんはスザンヌの瞳を見る。その瞳には自信があふれているように見えた。そしてその瞳には悪意を感じることはできない。




「わかった。私はどう動いたらええ?」






☆★☆★☆★






 百合と翠はいまだ苦戦を強いられていた。相手の強さではなく長期戦になっていることへだ。


 二人とも運動部に所属していないため体力があるわけではない。倒しても倒しても終わらない戦い。このままでは二人とも危険なことは重々承知だ。だが、いまだ突破口が開けずにいた。二人とも肩で大きく息をしている。




『大丈夫ですか、百合様』


「うん。大丈夫」


『やっぱりまた撤退したほうがよくないか翠?」


「いや、大丈夫」




 二人を心配するアルジェントとヴェルト。それに大丈夫と言う二人。しかし戦況は最悪。苦汁を飲まされている。




「百合様、翠様。お二人とも今から私が言うように動いてくれませんか?」




 そこに遠くからスザンヌの声。彼女は眷属の宝石を介して交信を行っていた。




「スザンヌちゃん!?」


「お姫様?」




 驚く二人だったが、ここは一縷の望みをかけて彼女を信じることにした。




「わかった。どうすればいい?」


「あの悪魔たちを一か所に集めてください」


「一か所?」


「はい。それができたらあとはこちらで倒します。難しいと存じますが、よろしくお願いします」




 そこで交信は途切れた。百合と翠はお互いに顔を見合わせる。




「どうする?」


「とにかくスザンヌちゃんを信じるしかないよ……ねっ!」




 会話の途中に割って入ってきた悪魔の攻撃を盾で防ぎ白銀の剣で斬り倒す。




「どのみち私たちじゃ手詰まりだし」


「そう……だなっ!」




 翠も自信に向かってきた悪魔を槍で薙ぎ払う。




「で、どうやって一か所に集める?」


「私がおとりになるよ」


「えっ!?大丈夫か?」


「私のほうが盾も持ってるし、そう簡単にやられないから時間も稼げると思う。だから翠ちゃんが敵の意識が全て私に向くようにしてほしい」


「……本気なんだな」


「冗談でこんなこと言わないよ」


「わかった。でも無理はするなよ危なくなったらすぐに私を呼べ」


「ありがとう」




 それから翠は百合から離れ別行動をとる。翠は離れた悪魔を攻撃して注意を引き寄せる。


 最初は順調だった。翠がひきつけ攻撃の手を百合が受ける。作戦はうまくいっていた。ただ一つを除いて。


 それは悪魔を操っているであろう悪魔が中々近づいてこないのだ。


 知能があるのかそれとも偶然なのかこのような単純な手には引っかからないらしい。




「くそーっ!百合どうやらあいつには気づかれてるみたいだぞ」


「そうみたい……。ねぇ翠ちゃんちょっと耳貸してもらっていい?」




 百合には何か考えがあるみたいだ。それを翠に迅速かつ簡潔に伝えた。




「なるほど……それなら確かに」


『私もいい案だと思います』


「それじゃあお願い」




 また二人は別行動をとる。しかし、前回は攻撃して逃げて注意を引きつけていたが、今回は槍で悪魔たちを倒している。


 突き、薙ぎ払いで敵を倒していく。百合も守りの体勢から攻勢に打って出る。


 魔導士の悪魔は何をしているのかわからない二人に余裕そうに笑みを浮かべながら術を使う。まるでそんなことは無駄だと言わんばかりに。


 術によって倒れた悪魔が復活して起き上がる。再び百合と翠に襲いかかる。


 またも武器で応戦する。しかし、今度はただ倒すだけでなく、悪魔を吹き飛ばした。


 そして悪魔が吹き飛ばされた先には魔導士の悪魔が。




「!?」




 気づいたときには飛ばされた悪魔に押し倒された。百合と翠は休むことなく、悪魔を倒さぬよう加減しながら魔導士の悪魔に向かって人形の悪魔を吹き飛ばす。多くの人形に下敷きにされた魔導士の悪魔は押しつぶされ身動きが取れなくなった。腕やら足やらが複雑に絡み合いこれなら抜け出すことは容易でないだろう。さらに人形の悪魔はまだ倒れていない状態なので術を使って復活させることもできない。




「スザンヌちゃん、今だよ!」




 百合が眷属を介して姫様に伝える。




「ありがとうございます。さぁ、みかん様!あそこに渾身の一撃を放つのです」




 スザンヌの後ろには眷属の力を纏ったみかんがいた。胸当て装甲に手足には鎧が装備されていない軽装備。なにより目を見張るのは両腕に装備された巨大な手腕だろう。なにやら力を溜め込んでいる。




「えっ!?」


「みかん?」




 二人は驚く。当たり前だろう。ここにいないはずの友人がしかも眷属の姿でいれば驚かないはずがない。


 みかんは跳躍し百合たちが稼いだ時間の中で溜めていた力を解き放つ。右手に力が集まり巨大な力を纏う。拳には力が可視化されオレンジ色の幻影を作った。


 みかんは悪魔たちに拳を振り下ろす。逃げ場のない悪魔たちはその体に耐え切れない衝撃と圧力によって体を四散させた。




「倒した……の?」


「みたい」




 二人は呆気にとられた。




『先程の気配は感じとれません。どうやら本当に終わったようです』




 二人は力を解除して姫とみかんの元へ駆け寄る。




「お疲れさまでした。二人とも」


「スザンヌちゃんもお疲れ」




 姫は二人に笑顔を向ける。一方で怪訝な表情で二人を見る少女が一人。




「みかん……」




 翠がそう呟いた。そう二人の小学校の頃からの親友である。




「全部聞いたよスザンヌさんから。二人のことも、この力のことも」




 そう言って二人に橙色の宝石を見せる。それが何を指すか二人はよく知っている。




「……もしかして怒ってる?」




 翠の言葉にみかんは怒りを露にする。




「当り前じゃろ!二人ともうちになんも言わんけぇ。昼間のことだって何か隠しとるし。うちら親友じゃないん?なんか仲間外れにされた気分じゃわ」


「そ、それは……その……」


「ち、違うのみかんちゃん。その隠してたとかじゃなくて巻き込みたくなかったというか……」


「もう巻き込まれとるから」




 みかんの反論に何も言えなくなってしまう二人。




「それに仮にこの力がなくてもやっぱり二人に隠し事されたくないから」


「ご、ごめん」


「悪かったです」


「はい。仲直りもできたことですしこれで良しとしましょう」




 姫様に強制的に納得させられる。




「あれ?そういえばどうしてスザンヌちゃんはあの悪魔の倒し方が分かったの?」


「一言でいえば勘でしょうか。……それと長年の経験……」ですね」




 スザンヌはそれ以上言わず曖昧な言い方で終わらせた。翠はすっかり信じきっていたが、百合はあまり納得できていないみたいだ。




「冗談です。あの悪魔たちはどちらか単体を攻撃してもすぐに復活していました。ならばすべての悪魔を一撃で同時に倒すことができたらどうかと考えたんです」




 実際にスザンヌの推理は正しかった。そしてそれを可能にしたみかんの力も今日の功績者だ。




「それで……どうでしょうか?百合様。みかん様のお力は。橙色の眷属としてとても素晴らしい力をお持ちです」


「もちろんみかんちゃんがいるのは心強いけど……いいのみかんちゃんは?」


「ええよ。っていうかさっきもゆうたけどもう巻き込まれとるからいまさらじゃろ」


「じゃあ改めてよろしくみかんちゃん」


「こちらこそ」




 二人はしっかりと手を握りこれkらの苦難を共にする仲間としての信頼を確固たるものへとするのであった。翠とも握手を交える。




「そういえばみかんちゃんのところにもいるの?」


「なにが?」


「えっと……その……しゃべる宝石」


「あぁオランジュさんのこと?」


「オランジュさん?」


『お初にお目にかかります。白の眷属、白花百合様』


「あ、こちらこそよろしくお願いします」




 みかんのように握手することはできないが、代わりに頭を下げる。




『オランジュ。私からもよろしく頼む。ともに戦う仲間として、友として』


『アルジェント様……』


『俺もいるぞ』


『むっ、お前はどうでもいいな』


『なんだと!?ここでどちらが上か勝負するか?』


『望むところだ』




 出会って数秒で喧嘩しようとするヴェルトとオランジュ。百合たちは少しひきつった笑顔になった。




「止めなくていいの?スザンヌちゃん」


「まああの二人はいつものことですから」




 それでいいのかと思いつつも頼もしいみかんの加入に頼もしさを感じた。

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