二話 緑色の眷属

 赤紫色の空の下で赤色の光を回転させているパトカーが住宅街の路地に二台停車している。つい先程までここで何か金属音みたいな音が聞こえると近くの住民から通報があったのだ。すぐに周囲を封鎖し、捜査を開始していた。テープの向こう側では近隣の住民たちや帰り際の学生や社会人が立ち止まりなにごとかと現場を見ていた。




「警部、この近辺をくまなく捜査しましたが、特に目立ったものは見当たりませんでした。不審な物音と思われるものは見つかりませんでした」


「ご苦労。特に大きな事件でもないみたいだし署に戻るぞ。全員にそう伝えてくれ」


「はい、失礼します」




 青い制服を着こなす警察官が報告した通り現場にはいつもと同じ住宅街の風景が広がっていた。百合が悪魔との戦闘で壊されたブロックの外壁も元通りになっている。




「それとあの男はどうしましょう?今は一応大人しく座席に座っていますが暇さえあれば女性警察官を口説こうとしていますしそれにあの馬まで」


「とりあえず署に連行しろ。詳しいことは話を聞いてからだ」


「はい」




 警官たちはパトカーへと戻っていく。その後、男は振り返り、自分より年が上の40代の警官に話した。




「警部すみません。今回の事件、私に任せてもらえないでしょうか?」


「藤原お前が?珍しいな。何か気になることでも?」


「はい、少し確認したいことがあって」


「とりあえずはこの場に何もなかったみたいだし、署に戻って報告書の作成だな。上には俺が一応言ってみるが、藤原お前からも報告しろよ」




 そう言って藤原と呼ばれた男の肩を軽く叩きパトカーに向かって歩いた。藤原も「はい」と返事をして背中を追うようにパトカーに戻った。






☆★☆★☆★






 窓の外を見てみるとすでに日没しており、静寂なる闇が訪れていた。


 百合たちは既に自宅に帰宅していた。いつもならば学校から出された宿題を片付けたり、お菓子を食べてくつろいだりと自分の時間を過ごすのだが、今日ばかりはそうもいかなかった。


 部屋に二つのクッションを敷き、左に百合が、右に姫様が正座で座っている。百合は怪しげな表情で姫様を見つめ、百合の体幹は前傾姿勢で姫様に顔を近づけいる。姫様は笑顔で返し、背筋は綺麗に伸びていてぜひお手本にさせて欲しいものだ。




「姫様、いろいろと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」


「なんでしょう?」




 笑顔を崩さぬまま返事をする。




「なにから聞けばいいのか悩むけど・・・・・・とりあえずこれ!」




 そう言って姫様の前に差し出す白い宝石。姫様いわくアルジェントの魂が宿っている不思議なものだ。




「あぁ、眷属の力ですか」


「その眷属の力って何なんですか?いきなり姿が変わったけどさっきの説明だけじゃ全然わかんないっていうか、いまいち現実味を帯びてないっていうか」


「そうですね・・・・・・眷属の力は基本的なことを言うと悪魔を倒す力なんです。眷属の力を使うためにはインテグラという言葉を唱える必要があります。眷属の力を使うとき百合様のお姿が変わったのは眷属の力を使っている証拠です。それと眷属の力を使っているとき、頭の中に知らない記憶が流れていたと思います」


「あっ・・・・・・」




 百合には覚えがあった。眷属の力を使った直後、一人の男の映像のことを。




「そしてその映像は自分の実体験として体に刻まれます。自分の記憶の一部となって眷属の力を使っていなくてもその記憶が失われることはありません」




 いまいち理解しづらいというよりはイメージしにくいといったほうが正しい。あの悪魔と対峙したとき、いままで触ったことすらない剣と盾をまるで自分の手足のように扱えたのはきっとこれが理由だろう。




『百合様がご覧になったのは私の過去でしょう。正確には魔女や悪魔との戦いの記憶』




 正座している二人の間の白い宝石、アルジェントがしゃべる。本来ならば宝石がしゃべることなどありえない。しかし、事実、ありえないことが今目の前で起こっている。


 何はともあれ今は二人に感謝したほうがいいだろう。二人がいなければ百合は今頃あの悪魔に殺されていたかもしれないのだから




「他に聞きたいことはありますか?」


「魔女について聞きたい。魔女が目覚めつつあるから悪魔が復活しているってさっき言ってたけど魔女って何なの?国を滅ぼそうとしてたっていうのは聞いたけど、もっと具体的なことが知りたくて。それに目覚めつつあるっていつ?どこで?」


「それは分りません。どこで復活するのかも。しかし、これだけは確信を持って言えます。魔女の復活は近づいている。それを阻止するために私たちは過去からやってきたのです」


「過去から?」


「そうです。眷属の力には時を超える力があります。それを使い私たちはやってきました」


「・・・・・・」




 驚いて声が出なかった。確かにあれほど常識を超越した力であるならば可能であるかもしれない。だが、それをはいそうですかと容易に信じることはできない。


 百合はまだ姫様とアルジェントをすべて信じることはできずにいた。けれども悪い人とは思えないし、自分を騙そうと言っているようにも思えなかった。それに彼女たちが時を超えてきたと考えると辻褄が合うところがる。一番は彼女が姫であるという所だろう。現在ではイギリスと日本を除いて王政は廃止されている。しかし、まだ王政が廃止されていない過去の国であれば王は存在することになる。




「そういえば気になっていたんだけど姫様って外見から察するに日本人じゃないよね?どうしてそんなに日本語流暢に話せるの?」


「あぁ、それはですね、私の部下に日本国出身の方がおられるんですけどその方からいろいろと教えてもらいました。日本語もそうなんですけど、人々の生活とか文化とか侍とか忍者とか」




 目の前で人差し指を重ね十字の形を作って忍者の真似をした。ドヤ顔をしている。意外と無邪気でおちゃめな人なのかもしれないと百合は思った。


 そこからまたいろんな話をした。眷属のことはもちろん魔女や悪魔についてもう一度復習するように教えてもらったり、他愛ない話で盛り上がったりした。気づけば時刻はすでに19時を過ぎていた。




「あっ、もうこんな時間。スザンヌちゃんとお話ししてると楽しくてついしゃべりすぎちゃった」


「私も百合様とお話しするの楽しくて時間を忘れていました」




 そう言って二人の目が合う。それがおかしかったのか楽しかったのかまた二人で笑いあった。百合と姫様の間には信頼と安心感が少し生まれていた。




『お二人の間に友情が生まれたようでなによりです。』


「あらアルジェントいたんですか?」


「あっ、ごめんなさい。アルジェントさんの存在すっかり忘れてた」


「・・・・・・」




 二人の反応に何も言えず心を痛めるアルジェント。そして階段を上ってきた足音の持ち主に百合の部屋の扉が開かれた。




「なになに百合、お友達が来てんの?やけに楽しそうね」




 声とともに扉の奥から現れた女性は姫様や百合より二回りほど年の離れた長い白髪が特徴的であった。名前は白花 椿。百合の母親である。どうやら家に帰ってきたようだ。




「お母さんおかえり。今ねt・・・・・・」


「えぇっ!?百合様のお母様ですか」




 そう言って姫様はすぐに立ち上がり、体を椿に向け挨拶をする。見事な45°の最敬礼だ。




「初めまして。私、スザンヌと申します。挨拶もなしに勝手にお邪魔して申し訳ございません」


「あははは。いいって、いいって。気にしてないから。あと、そんなかしこまらなくていいから。自分の家だと思って楽にしてよ」




 頭を下げる姫様に対して上機嫌に笑う椿。




「それにしても珍しいね。百合が翠ちゃんたち以外の子を連れてくるなんて」


「あっ、うん。今日は翠ちゃんもみかんちゃんも用事があるらしくて・・・・・・それで今日はたまたま知り合って・・・・・・えっと・・・・・・」




 そこで言葉に詰まる。百合は困ってしまった。スザンヌの呼称について。一国の姫様を呼び捨てにするわけにもいかず、かといって椿に姫様といって通じるのかという疑問もあった。


 言葉が途切れ、スザンヌの方を見ておろおろしている娘を見て不思議に思う母。


 姫様は百合の心境を察したのか百合に「呼び捨てでいいですよ」と言って助け舟を出した。




「スザンヌちゃんっていうの」


「よろしくお願いします」




 紹介された姫様は笑顔で挨拶した。




「まあ、かわいいお名前ね。外国のほうから来たのかしら?」




 椿は名前、顔立ち、服装が気になり一つの質問をした。




「えっ、あ、まぁ・・・・・・はい」




 姫様は王族の素性を明かせないため曖昧な返事になってしまった。まずかっただろうかと思ったが、椿は特に気にしている様子もなかった。




「あまり長居するのも迷惑でしょうから私はこのあたりで失礼いたします」




 19時を過ぎれば外は暗くなり、多くの家庭は家族団欒の時間がやってくる。姫様はそこに今日初めて会ったばかりの自分が入るのは不自然だと考えたのだろう。頭を下げクッションから立ち上がる。




「迷惑だなんて思ってないよ。それにもう夜遅いんだから泊まっていけば?ね、いいでしょ。お母さん」


「そうね。こんな時間に女の子一人帰すわけにもいかないし・・・・・・スザンヌちゃんのご両親さえよければ泊まっていけばいいわ」




 百合と椿が姫様に提案する。夜に帰らせて誰かに襲われたりしたら大変だ。間違いなく国際問題へと発展するだろう。だが、百合はスザンヌがどこかの姫様など関係なしに一人の友達として心配して声をかけた。椿は娘の友達を心配して声をかけたのだ。




「ありがとうございます。二人のご厚意に感謝して今夜は泊まらせていただきます」




 姫様は深々と頭を下げた。




「うんうん。じゃあ百合、もう外も暗いし二人で一緒にお風呂入っておいで。帰ってきたときに湯を沸かしたからもう入れると思うよ。私はその間にご飯作っておくから」






☆★☆★☆★






 浴槽。二人は一緒にお風呂へ入っていた。現在、百合が姫様の背中を洗っている。あの後、お風呂へ入ろうと着替えなどの準備をしようとしたが、姫様の着替えがないことに気づいた。どうしようかと悩んだが、とりあえず自分の余っている寝巻や下着を着替えにしてもらうようにした。姫様は最初遠慮していたが、何とか説得し、洗面所まで案内した。姫様のドレスはとても家庭用洗濯機で洗えるようなものではなく、百合が椿に頼んでクリーニングに出してもらうことで解決。


 洗面所まで来ると今度は一人で風呂場に入った姫様はシャワーやシャンプーの使い方が全く分からず、温度調節も一人で難しく冷水や火傷しそうなくらい熱いお湯を出して困っていたので、百合も一緒に入ることにした。




「うぅ・・・・・・。すみません。百合様のお手を煩わせてしまって」


「いいよ、気にしないで。ごめんねこっちこそ、シャワーとかわからないのに一人で入ってって言って」


「い、いえ。百合様は私に気を遣って言ってくださったのですから謝らないでください」


「うん。だったらスザンヌちゃんももう謝るのはなしね。わからなかったら遠慮なく言ってくれたらいいから」


「百合様・・・・・・。はい、ありがとうございます。あっ、次は私がお背中流しますね」




 そう言って座る位置を変える。シャンプーの使い方を覚えた姫様はタオルにボディシャンプーをつけ、泡立てる。




「百合様のお背中綺麗ですね」


「えっ!?・・・・・・そうかな?」


「はい。うらやましいです。白くてすべすべで」


「ほめられたの初めてだからちょっと恥ずかしい・・・・・・」




 お風呂場の温度かそれとも恥ずかしさから百合の頬が赤く染まっている。姫様の洗い方は優しく丁寧で気持ちよかった。


 ふと百合は目の前の鏡を見た。そこには百合と背中を洗っている姫様が映っている。その時、百合は姫様の右肩辺りに傷跡があることを見逃すことができなかった。百合が振り返ると姫様は驚き、体を震わせる。




「スザンヌちゃん、これ」




 バスタオルによって隠されていた場所。今では視認することができる。傷はすでに塞がっているが、その古傷は一目見ただけで重傷であるものと理解することができた。




「あぁ、これが気になりますか?この傷は昔、魔女との戦いのときにできたものです」




 スザンヌは自分の古傷を優しく撫でながら言った。


 百合は言葉を失った。その言葉の意味が深く胸を突き刺す。


 数時間前の出来事を思い出す。初めて見る悪魔、姿の変わった自分、そして実戦。今でもその手に剣を握った感触が残っている。今思えば運がよかったのかもしれない。下手をすれば命を落としていたかもしれない。そう考え始めると怖くなった。




「百合様、無理にこの戦いを受ける必要はありません。嫌なら断ってもらっても構いません。それで百合様を咎めたりしませんから」


「もし、もしも私が断るって言ったらスザンヌちゃんはどうするの?」


「その時は・・・・・・私と一緒に戦ってくれる人を探します。百合様と同じ眷属の力を使える人を見つけるのは至難の業ですけど」




 心配させたくなかったのかできるだけ笑顔で答えた。百合は何も言えなかった。というよりはなにも答えが出なかった。戦いは怖い。今日の戦闘だって無事だったのは奇跡かもしれない。夢のような非現実的な出来事だ。だが、夢ではない。体を襲う恐怖がそれを教えていた。


 できることなら逃げだしたい。なんで私がと思うこともある。しかし断れば?姫様や他の人はどうなるのだろうか?責任を押し付けて自分だけ悠々自適にすごすことなんてできない。葛藤相反する二つの感情が百合の中で渦巻いていた。




「ごめん。ちょっと考えさせてもらっていい?今はまだどう答えればいいのか分からなくて」


「大丈夫です。この選択は今後百合様の人生を大きく左右する重要な決断ですからゆくっりお考えください。・・・・・・と言ってもあまり遅くなっても困りますけど」




 姫様は責めることなく百合の今の考えを受容した。




「さぁさ、百合様。まだお背中を流している途中ですので再開しますね」




 姫様は自分のせいで重くなった空気を吹き飛ばすかのように背中を丁寧に洗ったり、話題を変えたりして場を和ませた。


 浴室から出て着替えを済ませた後、ドライヤーで髪を乾かした。ドライヤーを見たことがない姫様は目を輝かせながら、あれこれ質問していた。風呂場で綺麗になった姫様の白髪が熱風によってなびく。


それはまるで天使の羽衣のようだ。


 食事では箸というものは知っていたが、扱いを知らず、スプーンやフォークを借りて食事を楽しんでいた。


 トイレや照明についても興味津々であちこち触ったり、関心を持つ姫様の姿はどこにでもいそうな一人の少女だった。


 明日も学校のため早く寝るためにベッドに入った。ベッドは部屋に一つしかないため一緒に寝ることにした。姫様が壁側で百合が外側だ。今日初めてあった人と同じ屋根の下で衣食住をともにするなんて考えたこともなかった。だが、悪い気はしないむしろ嬉しかった。これも全部スザンヌちゃんが親しみやすいからかなと百合は思った。


 いろいろ疲れたのか姫様はすでにぐっすりと眠っていた。可愛らしい寝顔を見せる。向かい合っていた状態から寝返りを打ち、百合は自分の机の上を見た。白い宝石が窓の外から差し込む月光によってきらりと照らされる。姫様の話によればアルジェントさんも一人の人間らしいが、宝石の中で寝ているんだろうか?と百合は考えたが考えれば考えるほど疑問は尽きないためにどんどん目が冴えてしまうので


早く寝なければと意識を変え、一夜を明かした。






☆★☆★☆★






 朝。目が覚める。目覚ましがなくても百合は起きられるため、目覚まし時計はない。隣を見ると姫様がすやすやと寝息を立てている。壁掛け時計を見ると長い針は11を指し、短い針は7を指そうとしていた。姫様を起こさないようにベッドから抜け出し、一回に降りてリビングへ。キッチンには百合よりも早起きな百合の母、椿が朝の支度をしていた。父の弁当に家族の朝食。栄養バランスを考えられて作られたトースト、サラダ、ヨーグルト、牛乳などのメニューは椿の愛情がたっぷりつまっている。




「おはよう」


「おはよう百合。もう朝ごはん出来てるよ」


「はーい」




 返事をして自分の席へ着く。両手を合わせ「いただきます」と挨拶し、朝食を頂いた。食べ終わった皿を片付け、洗面所で洗顔と歯磨き、そして整髪。今日は寝癖は特になく時間をかけずに可愛く整えることができた。


 部屋で制服に着替え、忘れ物がないか確認していると「うーん」と声が聞こえてきた。そちらへ振り向くとどうやら姫様を起こしてしまったみたいだ。




「おはようスザンヌちゃん。ごめん、起こしちゃったね」


「ふわぁ~おはようございます百合様。あっ、す、すみません。私寝すぎてしまいました」




 ベッドから飛び上がるように起き、あくびした口を右手で塞ぐ。頬は赤く染まっていた。




「いいよ、いいよ。まだ寝てて。スザンヌちゃんも昨日はいろいろとお疲れだったと思うから」


「そ、そうですか?しかし、王女という立場である以上あまり・・・・・・」


「スザンヌちゃん!」


「は、はい?」




 百合が少し声を荒げ、スザンヌちゃんの両手を包むように握る。姫様は少し驚き、肩を震わす。




「昨日も言ったと思うけど王女とか関係なく自分の家だと思ってゆっくりしてくれたらいいから」


「すみません。ありがとうございます」


「うん。それじゃあ私、学校行ってくるから何かあったり、困ったことがあったら一階のお母さんに言ってね」


「学校というのはどのようなものでしょうか?」


「え?スザンヌちゃん学校を知らないの?」


「はい・・・・・・すみません」


「あっごめん何か謝らせるようなこと言って。学校っていうのはいろいろあるんだけど、簡単に言うと勉強しに行くところなの」


「私の王宮での似たようなものですか?」


「うん。まあそんな感じかな」


「じゃあ行ってくるね」


「お待ちください!百合様」


「?まだなにか」


「アルジェントを連れて行ってくださいませんか?ないとは思いますが、昨日のことがないとは言い切れませんし」




 机の上にある白い宝石を見る。姫様はあれをアルジェントと呼んでいる。姫様の話ではアルジェントは元々で人間で姫様に仕えている騎士であった。眷属の力を使うときにこのような姿になってしまったらしい。そして昨日の出来事。またいつあの悪魔が現れないとも限らない。一刻も早くあの悪魔を倒すために他の九人の眷属と協力する必要がある。


 しかし、現在誰とも協力できていないどころか知り合えてすらいない状況だ。しばらくは己の身は自分で守らなければいけないのかもしれない。そして昨日姫様が言っていた言葉を思い出す。素質のある人に眷属の力を渡しているが、全員が全員協力的ばかりな人ばかりでないと言っていた。中には敵対する者も現れるかもしれないと。様々な要因を見かねて提案してくれたのだろう。それに素直に従うべきだと百合は思った。




「ありがとう、スザンヌちゃん。アルジェントさんよろしくね」


『はい、お任せください。姫様行って参ります』


「お気をつけて」




 姫様は外まで見送ってくれた。外は晴れており、雲は少しあるものの、青空が広がっていた。春の風と暖かな日差しに照らされ、過ごしやすい温度だった。




「そういえばアルジェントさんは他の眷属の方について何か知っているの?」




 素朴な疑問。姫様と行動を共にしていたアルジェントならば何か知っているのではないかと百合は思ったからだ。




『申し訳ございません。私にも何も。姫様から知らされていないのです』


「そうなんだ。なんでスザンヌちゃんは教えてくれないんだろう」


『わかりません。しかし、何か狙いがあるものと思われます。今は姫様の意向に従う他ないと思います』


「ねらい・・・・・・」




 それはなんだろうと考えていたとき、百合の後方から毎日聞く声が耳に届いた。




「おはよう百合」


「あ、翠ちゃん」




 百合の親友江古田翠だった。続けて後ろからもう一人の友達が来た。橙乃みかん。学校がある朝は見慣れた光景だ。三人で談笑しながら学校へ向かう。


 また、いつものように新しい一日が始まる。学校へ行って勉強したり、友達と喋ったり、ときには翠が怒られたり、そんな日常が百合は大好きだった。


 放課後。翠はまた、補習に行き、夕暮れの教室では百合とみかんが残っていた。他の生徒たちの姿はなく、すでに帰宅したか、部活に行ったかのいずれかだ。二人はおしゃべりを楽しんでいた。急いで帰る必要もないため最終下校時刻の19時までまだ一時間以上時間があった。その後、二人で一緒に帰り、夜になった。夕食と入浴を済ませ部屋でくつろいでいた。白い宝石を昨日と同じ机の上に置いている。姫様の姿はまだない。どうやらまだ帰宅していないようだった。椿の話によればすぐ帰ってくるとのことだが。




「スザンヌちゃん遅いね。大丈夫かなあ」


『おそらく百合様と同じ他の眷属の方を探しに行っているとは思いますが・・・・・・!?」


「どうしたの?」


『百合様。夜分遅くですが、奴らが出現しました』


「もしかして・・・・・・悪魔?」


『はい』




 百合は黙ってしまう。昨日の記憶が脳裏によみがえる悪魔。古の時代に滅びたはずの魔女が徐々に復活しつつある。それに伴い魔女の眷属である悪魔達もこの時代に蘇りつつあるのだ。


 昨日百合が倒した悪魔、まだあれは動きが単純で知性もないため倒すことができた。だが、次も同じとは限らない。次はけがで済まないかもしれない。それでもこのまま放っておけば一般人が巻き込まれてしまう危険もある。百合はそんなことできなった。自分の力が誰かの助けになるのなら喜んで力を使う。


 アルジェントに視線を逸らしてもらい、私服に着替えて夜の外に飛びだした。


 母はすでに眠っているのか一階に姿はなかったため簡単に外に出ることができた。


「どこにいるの?」


『ここから北東に500m離れた位置です』


「わかった」




 そんなに遠くない走れば2~3分で着くだろう。百合はその場に急いだ。






☆★☆★☆★☆






 夜22時を過ぎた街。普段ならこの交差点は人通りが少なくあまり車も通らないのだが、一台の普通自動車が法定速度を少し超えた速度で走っている。見通しが良く対向車もいないためハイビームにライトを切り替えている。


 しばらく走ると突然車が動かなくなった。運転手は故障かと思ったが、エンジンは正常に作動している。では他に原因が?と考えていると今度は車が真上に移動した。正確にはある者によって車体ごと持ち上げられたのだ。


 その正体は悪魔だ。高さとして3mはありそうな図体。腕は樹の幹のように太い。顔はアザラシのようで口から伸びる牙が二本見える。足は足部だけが脂肪に覆われた体から見える。悪魔の名前はピッサント。別名怪力の悪魔。


 男は驚き戸惑う。当たり前だ。こんな化物を前に驚かないほうが珍しい。しかし、男は逃げることができなかった。車内にいるためドアを開けようにも3mの高さから受け身も取れないまま落下することになる。かといってこのまま何もしなければこの化物に殺されるかもしれない。恐怖が男を襲う。なんとか逃げなければと考えるもどうすることもできず、悪魔に車ごと地面に叩きつけられる。車はボールのように転がりやがて電柱にぶつかって静止する。ガラスはすべて割れ、車体は大破し、見るも無残な姿になった。




「うっ・・・・・・」




 中から男が出てくる。頭部を強く打ったのか出血している。重傷だ。すぐに病院に連れて行かなければ命に関わるだろう。悪魔が地面を揺らしながらゆっくりと近づく。男にとどめを刺すつもりだ。目前まで迫ると悪魔は両手を握り勢いよく腕を振り下ろした。大きな音が響く。拳は男の体を傷つけることなく、その直前で白銀の強固な盾に守られていた。百合が眷属の力を使い男を守ったのだ。




「大丈夫ですか!」




 悪魔の力が強いため少しでも気を抜くと押し潰れてしまいそうなため百合は男に振り向くことはなく悪魔と対峙したまま男に声をかける。だが、男は返事がなかった。どうやら気を失っているようだ。救急を早急に呼ばなければならないが電話をかける時間は目の前の悪魔が許してくれないだろう。


 百合は白銀の剣で悪魔の腕を弾いた。悪魔は後ろに飛んで一度距離を取る。今度は悪魔が走り出し近づいてくる。決して早くはないが、後ろに重傷の男がいるため逃げるわけにはいかない。


 また拳が百合に向かって振り下ろされる。白銀の盾で防ぐ。が、パンチに加速度が加わり、先程とは比べ物にならないくらいの威力であり、百合は盾ごと電柱よりも後ろのブロック塀に飛ばされる。


 背中を強打する。鎧がある程度の痛みと衝撃を軽減してくれたとはいえ、痛みに慣れていない百合を弱らせるには十分であった。百合は何とか意識を保っているものの肩で大きく息をしながら悪魔を睨みつけるだけで精一杯だった。私が何とかしなきゃと思うも体に力が入らない。


 悪魔は嘲笑うかのようにこちらに近づいてくる。目を瞑る。どうしようと思った次の瞬間。




「~!!?」




 悲鳴。目を開ける。悪魔の右肩甲骨辺りから血潮が飛翔した。体を傷つけたそれは光を放ちながら一人でに所有者の元へ戻っていく。




「ようよう悪魔さんよぉ。弱いものいじめして楽しいかい?私とも戦ってよ」




 悪魔は声の方向を睨みつける。聞き慣れた声。百合が両目で捉えたそれは右手に長い棒状先端に刃がついている。槍だ。服装は全体的に緑色の服に肘や膝や胸甲には装甲がついている。緑色の髪色に勝ち誇ったかのような笑顔。


 百合が見間違うはずがない。あれは親友の江古田 翠本人だ。




「み・・・・・・翠・・・・・・ちゃん?」




 悪魔が吠える。翠に向かって強力なパンチを繰り出す。拳は大地を砕き、亀裂を走らせた。砂埃が消えるとそこに翠の姿はなかった。悪魔の胸から槍が突き出る。


 悪魔は力尽き消滅していく。悪魔の消滅と同時に破壊された道路や車、男の傷が治っていく。いや、まるで最初からそもそも傷がなかったかのように消えていた。


 翠は変身を解除する。同じく変身を解除して私服に戻った百合が翠に近づいた。




「翠ちゃん」


「百合!?どうしてここに」


「その手の中にあるやつ!翠ちゃんも眷属の力を・・・・・・」




 翠の手の中に握られている緑色の宝石。色こそ違うが、形状といい先程の力といい百合の知っているものと同じだった。




『なんだ翠。知り合いか?』




 聞き覚えのない男の声。翠の方向から聞こえてきた。




「あぁ、私の親友の百合っていうんだ」




 翠が自分の手の中に向かって、正確に言えばその手の中に握られている翠の宝石に向かって言った。


 やっぱりだ。百合は確信した。アルジェントと同じように眷属として宝石にいる住人。




『久しぶりだな。ヴェルト』




 アルジェントの声。いつものかしこまったような声ではなく、親しい人に話しかけるような声色。二人は知り合いなのかなと百合は思った。




『その声はあなたですか団長。ということは彼女が我々の・・・・・・』


『そうだ。私たちが仕えるべき白の眷属に選ばれた白花百合様だ。』




 そんな大げさなと百合は思ったが、ヴェルトと呼ばれた人がそれ以降対応が違ったのは明らかだ。




『初めまして、百合様。このような姿のまま挨拶する無礼。どうかお許しいただきたい。このヴェルト。これからは翠様と一緒にあなたと共に参ります。』


「う、うん・・・・・・よろしく」




 慣れない言葉遣いと宝石から挨拶されるという前代未聞の出来事に少々戸惑いながらも頼もしい仲間が加入してくれることに安堵する。


 そして、もう一人江古田翠。百合の親友。先程の戦いぶりを見るからに彼女もまた眷属に選ばれたのだろう。このような状況の中、見知った顔が現れるのは驚きや疑問もあるがそれ以上に安心感が強かった。




「翠ちゃん・・・・・・」


「百合・・・・・・」


「お疲れ様でした。二人とも」




 突然の声。二人ともビクッと肩を震わせた。声の方向に向くとそこには百合から借りた私服がよく似合っている姫様がいた。




「なんだスザンヌちゃんか。びっくりした」


「お姫様、心臓に悪いよまったく」


「ごめんなさい。いきなり声をかけるのは不躾でしたね」




 どうやら姫様は労いの言葉をかけに来たようだった。


 物陰から二人の戦いを見ていたらしく二人の戦いをほめてくれた。


 悪魔に襲われた男性も無事で今は気絶しているらしい。


 百合は姫様に翠と二人にしてほしいと頼み、姫様にアルジェントとヴェルトを預け、二人で話をする。


 春とはいえ夜はまだ冷え込み、二人の体を冷やしていく。翠はホットパンツで百合はスカートを履いており、お互い足を露出する格好であった。




「それで話って?」




 翠が切り出した。翠も百合が何を話したいのか分らずついてきたため百合に質問した。




「あのさ、私たちってさ・・・・・・選ばれたじゃん・・・・・・眷属に」


「うん・・・・・・」


「それで・・・・・・戦ったじゃん・・・・・・悪魔と」


「・・・・・・」


「翠ちゃんは怖くなかったの?戦ってて」




 一瞬沈黙。その後、星の見えない空を見上げ、話始めた。




「そりゃ怖いよ。私だって。今日突然お姫様に会って、いきなり魔女だとか悪魔だとか眷属だとか話されて訳もわからないまま戦って。正直今こうやって百合と話せているのが夢みたいだって思う」




 私と同じだと百合は思った。百合も突然眷属になり、悪魔に襲われて今もこうして日常を送れているのが夢のようだと感じていた。




「翠ちゃんはこれからどうするの?これからも戦いを続けるの?」


「・・・・・・うん。そうだと思う。戦いは確かに怖いけど眷属の力は選ばれた私たちにしか使えないみたいだし、それに今日助けたあの人。私たちが来なかったら多分死んでたと思う。そう考えたら私たちの力で誰かを助けることができるんだったら私はそれを使いたいかなって思うし」


「やっぱりすごいね翠ちゃんって」


「そ、そう?」


「うん。私にはそんな考え方できなかったから。今だって手足が震えてる。私ね最初は断ろうと思ってたんだ。成り行きで眷属の力を使ってさっきも戦ったけど私には無理だって思ったから。でもスザンヌちゃんもアルジェントさんもとても優しくて温かい人たちだから断りづらくて。だから翠ちゃんの言葉を聞いて少し安心した。まだ恐怖が消えたわけじゃないけど。私も戦うよ翠ちゃんと一緒に」


「百合・・・・・・。いや、嬉しいけど百合はいいの?無理してまでとは・・・・・・」


「いいの。私が決めたことなんだから。それに今回は襲われた人が無事だったからよかったけど次はいつどこで悪魔がでるかわからない。明日かもしれないし、今こうやって喋ってる時かもしれない。その時、家族や友達が襲われたとき何もできないのは嫌だから。それに翠ちゃんと一緒だと心強いし」


「そうか。百合が自分で決めたんなら私も止めないよ」




 目と目が合う。二人で笑いあう。二人一緒ならなんとかなるとお互いに思った。不思議と恐怖は和らいでいた。




「戻ろうか」


「うん」

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