アットホームな職場です

香久山 ゆみ

アットホームな職場です

『アットホームな職場です』

 そんな謳い文句の広告を見て、のこのこ応募した。その言葉を信じたわけではないし、むしろあまり他人とは関わり合いになりたくないと思っている。けれど、仕事もないしお金もないし、私には選択の余地がなかった。

 電話すると、とりあえず面接ということになった。説明された場所へ行くと、そこは一軒家の個人宅。まあ、今は多様化の時代だし、そういうのも珍しくないのかもしれない。仕事内容は何と書いてあったか。『初心者歓迎』『誰でもできる』、そんな文字が躍っていた気はする。それで、勝手に単純作業的なものを想像していた。けど、振り込め詐欺の掛け子だったらどうしよう。そう思いつつ、生きていくためとりあえずインターホンを押した。

「はーい」

 出てきたのは、中年の女性。案内されたリビングには四角いテーブルがあって、おばあさんと中年男性と小学生くらいの男の子が座っている。あと二席空いているうちの一つに、案内してくれた女性が座る。そして、その向かいの空席に私を促す。面接にしては変な並びの変なメンバーだ。着席したものの困惑している私をよそに、中年男性が言った。

「うん、いいんじゃないかな」

「そうねえ。特徴のない平凡な顔立ちをなさってるし、ちょうどいいんじゃないかしら」

 おばあさんもなんか失礼なことを。彼らこそ互いに特徴のない顔をしているくせに。

「あの、皆さんはご家族なんですか?」

 中年女性が「採用」と言い掛けたと同時に、私が発した質問で場がしんと静まる。

「わざわざそんな質問をされるってことは、家族に見えないってことかな」

 動揺を隠しきれない感じで、男性が訊く。「ああ、はあ、なんとなく」と適当な返事をする。とくに深い意味はなかったのだが。確かに、なんとなく家族というには違和感があった。それが何かは分からないけど。

「やっぱりまだ何か足りないのよ」おばあさんが呟く。中年女性が咳払いをして、「ともかく、あなたは採用です」と言い直す。「あなたには、この家の長女を務めていただきます」。

 胡散くさいが、かれこれ三ヶ月も無職をしていることもあり、「宗教ではない」「詐欺ではない」と言質をとったうえで、私は働くことを決めた。

 とはいえ仕事内容はというと、はじめに「この家の長女として務めよ」と言われたきり別段の指示もない。日中は本を読んだり少年とゲームをしたり、時々おばあさんにおつかいを頼まれたり、仕事から帰ってきた「お父さん」の肩を揉んだり、それで夕食は皆で「お母さん」が作った手料理を囲む。

 これは一体なんなのか。我々は何らかの目的で集められ家族ごっこをさせられている。何らかの目的とは? おそらく一番可能性が高いのは「少年のため」か。何かの事情で本当の家族が不在の少年に、家族の温もりを教えるために我々は集められたのではないか。うん、ありそうな気がする。目的が見えると俄然やる気も湧いてきた。社会で不要とされてきた私を必要とする場があるのだ。

 最初の一週間こそ夕飯を終えたら一人暮らしのアパートへ帰っていたが、じきにおばあちゃんに勧められるまま住込みにすることにした。とはいえそんなに広い家でもないから、子供同士で相部屋ということになる。

 一緒に部屋を片付ける中で、タイチとは一気に仲良くなった。ゲームで白熱するとけんかもする。けど、「お姉ちゃん」と甘えられると、いくつになってもかわいい弟だと思う。

 もう反抗期という齢でもないから、パパママ、おばあちゃんとは程好い距離感で上手くやっている。料理上手のママからレシピを教わる。おばあちゃんは孫には甘くて、すぐにお小遣いをくれようとする。ただ、齢相応にサポートが必要な場面も増えてきた。それでママはパートを辞めた。パパもあと数年で定年だ。定年後も数年は嘱託で継続勤務して、その後もシルバー人材で仕事を探すと言っている。が、私もいつまでもぶらぶら過ごしているわけにはいかない。

 就職を機に、家を出ることにした。中学生になった弟と相部屋というのも無理があると思っていたところだし。「一人部屋になって清々する」と嘯くもののどことなく寂しげな様子に、やはりかわいい奴だと思う。

 一人暮らしも落ち着いた頃、会社が倒産した。これから弟の高校進学や大学受験が控えており、またおばあちゃんの介護の問題も出てくるだろう。実家を頼るわけにはいかない。なのに、職探しは上手くいかず、三ヶ月も無職のままだ。

『アットホームな職場です』

 だから、そんな謳い文句の広告を見て、のこのこ応募した。仕事もないしお金もないし、私には選択の余地がない。電話をすると、とりあえず面接ということになった。

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