第10話 大団円

 その日、富田刑事は、それまで知らなかった事実を知って帰ることになるのだが、ここも事件の核心となるところであった。ある意味、ここが犯人を確定できるラインであり、犯人側にとっては、非常にまずかった場所だとも言えるだろう。

 一つ言えることとして分かったことでは、これは今のところウワサにしか過ぎないが、殺された佐山先生と坂東あいりとの間のウワサであった。

 佐山霊山はオカルトであったり、広義のミステリーのような、おどろおどろしい話を書いている作家で、坂東あいりは、バリバリの恋愛小説を書いていた。それを思えば、二人は接点がないようなところがあったが、佐山先生の方が、どうも坂東あいりという女流作家を、小説家として認めたくないというようなことを結構露骨に言っていたようだ。

 その理由の一つに、佐山先生がかつて熱愛したことがあり、その話を坂東あいりがどこから嗅ぎつけてきたのか、その話を元に、それを自分の小説として完成させたことがあったからだ。

 自分の許可なく行ったということで、露骨に坂東あいりを敵対視していたようなのだが、それほど問題が大きくならなかったのは、出版社の方で何とか話が大きくならないように細工をしていたということだ。

 そもそも、話を大きく広げるのが出版社なので、その出版社がオフレコを決め込めば、広がることもない、この手の話はどこの出版社にもあることで、ライバル視がすっぱ抜かなかったのは、自分のところもすっぱ抜かれるのを恐れたからだろう、

「泥仕合になるくらいなら、何もしない方がいい」

 ということだったのである。

 富田刑事は、結構重要な事実を持って、有意義な一日を過ごし、翌日捜査本部に赴いて。この話を報告した。

 それを聞いて一番、興奮していたのは、山田刑事だったのだ。

「なるほど、そういうことだったんですね? これでいろいろ分かったような気がしますよ」

 と言って、引きつった興奮状態だったのだ。

「山田刑事は、この事件が見えてきたのかな?」

 と本部長がにこやかにいうと、

「ええ、これで私の中ではだいぶ固まってきたような気がします」

 と、その表情には自信のようなものが溢れていたのだ。

 今までの経験から、その場に居合わせた捜査員のほとんどが、今まで数々の事件を推理で解決してきた山田刑事のイメージは分かっているので、

「材料は出尽くした」

 と言ってもいいだろうと感じていた。

「早く、山田刑事の意見を伺いたいものですね」

 と、少し興奮戯位に言ったのは、富田刑事であった。

 今回は事件解決へのとどめになるかも知れないと思えるような情報をもたらしたのが自分であるという自負があるだけに、富田刑事も嬉しく思っていたのだ。

「じゃあ、請謁ながら、お話させていただきますね。断っておきますが、あくまでも今までの事情からの私の推理にしかすぎませんので、そこはご了承ください」

 と、山田刑事が前口上を言ったが、これもいつものお約束ということで、誰も変な言葉を挟むことはなく、自然にその後の山田刑事の推理に黙って聞き耳を立てていた。

「まず、最初に考えたのは、なぜ最初に発見された死体が、あの場所にあったのかということでした。片方の女将さんの死体は隠そうとしたのに、どうして、佐山先生の死体が、滝つぼに晒されたのかということですね。なるほど、死亡推定時刻を曖昧にするという理由があったのかも知れませんが、それは佐山先生に限っていえば、当て嵌まりませんよね? ただ、午前一時までは佐山先生は生きていたことが確認されている。そうなると、二人の殺害は、夜半から早朝にかけてということになるでしょう。そうなると、私は早朝に近かったと見るのが妥当ではないかと思うんです。女将さんも十一時すぎくらいまでは事務所にいたことが分かっていますからね。ここで少し犯行にいろいろな欺瞞が隠されているのではないかと私は思いました。あくまでも矛盾がこの犯行には多いような気がしたからなんですが、そう思うと、今見えている事実のその反対を考えてみたんです。つまり捜査で分かってきたことは、犯人側が我々を違う道に導こうとするいわゆるトラップではないかとですね。それでまず最初に考えたのが、女将さんの首に結び付いているロープですよね? あれは佐山先生を殺害したロープと同じ形状だったことから、先に佐山先生を殺しておいて、その後で女将さんを殺したと思わせるための細工ではないかと思ったんです」

 と山田刑事がいうと、

「でも、そこにどんな意味があるんですか?」

 と、富田刑事が質問した。

「ここからが私の想像なのですが、本当は最初、あの滝つぼにあった死体は、本当は女将だったんじゃないかと思うんです。そして佐山先生を滝つぼの奥の洞窟に隠しておいた。それをごまかすために、ロープの細工を使った。つまり、ロープは二本あって、二つとも首に巻き付けたままだったのではないかとですね」

「何のために?」

「それは、最初に殺されたのが、佐山先生だと思わせるためです。佐山先生と、女将が殺された時間には、結構な誤差があったのではないでしょうか? 例えば女将は前日に殺されて、佐山氏は早朝だったとかの、四、五時間近くの差があった。それをごまかすためですね」

「じゃあ、あの滝つぼの仕掛けは、本当に死亡推定時刻を曖昧にするというためのトリックだったんですね?」

 と富田刑事が訊くと、

「そうなんだよ。我々は、死亡推定時刻をごまかそうとするトリックを使う場合の犯人の目的を、自分のアリバイ作りにあるということを、ハッキリと自覚していますよね。そこが逆に盲点で、本当に曖昧にする理由が、凝り固まった頭ではなかなか行き着かないですよね。それは毛県が豊富なほどそういうトラップに陥りやすい。それも犯人の計画だったのかも知れません」

「なるほど、だけど、じゃあ誰が被害者を入れ替えたのかな?」

「ここまでの事実から一つ言えることは、ひょっとすると共犯者は女将で、女将は主犯から、邪魔になったから殺されたという話はなくなります。つまり、女将は可哀そうな被害者でしかないんです。そしてもう一つは、女将が犯行を目撃したというのもおかしなことになります。となると、女将は犯人にとって、計画した犯行の準備をしているところを見つけたということが有力ではないかと思うんですよね。もちろん、犯人の殺害目的はハッキリと分かっているわけではありませんが」

「じゃあ、犯人の目的は。佐山先生の殺害ということなんでしょうね?」

「ええ、そうだと思います」

「どこで一つ気になる事実として、今回この宿に偽名を使った一組の偽装夫婦が宿泊しています、自称、柏木と名乗る夫婦ですが、奥さんは本名そのもので、住所も男の住まいと、何か犯罪を犯すための偽名ではなかったので、偽名をしようちていたことに関しては、この際問題ではないと思われますが、夫役である本名を山内というこの男が、前日に露天風呂で、前の日に宿泊を終えて帰った鳳麗子という女性に出会っています。これは鳳麗子という名を相手は名乗ったことから、男はそう信じています、二人は小学生の時の同級生で、彼が翌日宿泊することを知って会いに来たと言っていますが、話そのものよりも会いに来たという方が、問題のようですね。で、彼女の正体は前日まで宿泊していた女流作家の坂東あいりだということですが。それもその時の話で聴いていたようです。その時彼がもう一度露天風呂に入ったのは、彼自身、胃下垂だということで、食事を済ませてからかなり経って、しゃっくりが出たり、苦しくなったりするということなので、それを補うために、風呂に一日に何度か入るくせがあったということ、それを麗子は知っていたんでしょうね。それで露天風呂に一人でいるところに入ってきたようです。他の宿泊客である老夫婦も、佐山先生も、ほとんど露手ブロには一日一度入るだけです。もし、もう一度風呂に入りたければ、部屋に備え付けの小さな露天風呂に入るでしょう。絶えず準備はできていますからね。だから、大きな露天風呂には誰もこないと麗子は分かっていたんでしょう。そこで彼女は彼に遭って、話をして、その後、バスで駅まで帰るのを彼に目撃させています」

「その山内という男はこの事件に何らかのかかわりがあるということかな?」

「アリバイという意味で利用したのだと思いますね。ただ重要なのはそこではなく、鳳麗子という女性が、どうして山内氏が胃下垂であるということを知っていて。そのために風呂に何度も入るということを知っていたかということです。しかも、彼はこじんまりとした風呂よりも大浴場を好むので、こういう大きな旅館では基本的にと点風呂にしか入らないという習性も分かっていた。そこで怪しいと思ったのが、女房役の由香という女性です。彼女は、かつて出版社でアシスタントのような仕事をしていたことがあった。その時に、佐山先生や、坂東あいりとも面識があったということで、少し調査してみると、どうやら佐山先生と深い仲だった時期があるとのこと。しかも、ある一部の人からは、今もまだ関係が続いているのではないかとも聞いているんです」

「それは何か怪しいですね」

「ええ、だから、柏木由香と犯人によって、山内は利用されたと考えたんです。だから、由香は一種の共犯者ではないかとですね。そうなると、この事件の動機は、男女間の愛情の縺れか、小説家による何か恨みのようなものがあって、そこに隠されているかというところ当たりではないかと思っています。佐山先生が殺され、坂東あいりが絡んでいるということになると、そう思うのが当然ですよ。でも、それをごまかすために、女将をわざと分かるところに死体を晒し、佐山先生を隠しておくという方法を取ったと思うんですよ。ひょっとすると、女将との恋愛がこじれて、佐山先生を女将が殺して逃げているんだというシナリオにしたかったのかも知れない。それで一度、あの場所に佐山先生の死体を隠しておいて、ほとぼりが冷めたら、どこかに埋めに行くつもりだったんでしょうね。それを逆に利用した人がいた。つまり、途中までは、犯人と共犯者がうまくいっていたけど、途中で、共犯者が裏切ったか何かなのではないかと思うんです。そこで、共犯者という意味で有力な証言が富田刑事からもたらされた。それが昨日の富田刑事が鳳麗子と、坂東あいりの所属する事務所に聞きこんできたことだったんですよ」

 というと、富田刑事はその話を引き取って。

「ええ、私は昨日鳳麗子に遭い、そして坂東あいりの事務所に行きました。そこで少し疑問を感じたので、鳳麗子が本当に坂東あいりかどうか聞いたんです。もちろん、殺人事件の捜査だからと釘を刺してですね。すると編集長がシブシブ教えてくれたのは、最初は確かに鳳麗子が坂東あいりとしてデビューをしたのだけども、鳳麗子が描けなくなった時期があって。ゴーストライターを雇った。その人が今は坂東あいりになってしまって、描けるようになった鳳麗子が戻ってくるところをなくした。しかも、ここからが一番隠しておきたい部分でもあったそうなんですが、どうやら鳳麗子は佐山先生とできていたらしいんです。ただ、その佐山先生がそのうちにゴーストライターに乗り換えた。これを鳳麗子はかなり恨んでいたということで、彼女は結構陰湿な性格だったようなので、却ってまわりには分からなかったんですが、そういう複雑なことになっていたらしいんです」

 というのが、富田刑事の話だった。

「じゃあ、佐山先生に一番殺害動機があるのは、鳳麗子ということになるんですか?」

 と本部長が訊くと、

「いや、一概にはそうも言えないんですよ。佐山というのは女性に見境がないようで、他のオンナにも手を出しているようで、その相手が由香ではないかという話でした。実際には由香は言い寄られて困っていたようです。そんなことがあり、麗子とあいりのゴーストライター、さらに由香の間で共通の仮想敵が出来上がったというわけです」

「じゃあ、この三人はグルということになるのかな?」

 と訊かれて、ここからはまた山田刑事の謎解きの時間に戻った。

「ええ、正確には、麗子とゴーストライターが共犯で、由香は教唆ということになるのかも知れないですね。つまり、死体を動かしたのは、由香だったんですからね」

 と言われて、

「あっ」

 とどこからか声が漏れた。

「麗子とゴーストライターの二人は、犯行をごまかしながら、佐山先生を殺して、自分たちが捕まらなければよかったんです。でも由香は違いました。佐山先生をどうしても表に晒すことをしたかったんです。二人の計画ではそれはありえないことでした。特にゴーストライターの女性は、どうやら、女将と以前関係があったようで、その時の恨みがあったんだそうです、その恨みを晴らすという意味でも、女将を晒したかったんでしょうね。でも犯行が完了してしまうと、そこから先で一番重要なのは、この三人が、事件に関係していないということを示すのが大切なんですよ。そういう意味で、麗子が山内に会いにきたのは、疑惑は持たれるかも知れないが、証拠は絶対にないのだから、却って、麗子を事件とは関係のないものとして考えることができるというちょっと冒険に近いことだったんでしょうね。そのあたりが、この事件の周到な部分だったのかも知れません。そうやって考えてくると、この事件には、男女の愛憎も、作家同士の素人には分からない感情の入り栗であったりが潜んでいたんでしょうね。ある意味この事件は、最初からいろいろ何重にも重なったものが蠢いていたわけで、そこに人の心理が絡んでくると、微妙に崩れていくということで、逆にいうと、これくらいの早期解決ができなければ、今度は袋小路に迷い込み、下手をすれば、迷宮入りだったなどということになりかねない事件でもあったと言えるでしょうね。それはこの事件の一難難しいところであり、怖いところだったと思います」

 と山田刑事が言った。

 事件はほぼ、山田刑事の推理通りに解決したが、一つ由香が言っていた言葉が気になった。

「私が佐山先生を晒したのは、佐山先生が憎いからではないんです。自分への戒めのつもりだったんですが、それは、山内さんへの気持ちでもありました」

 意味を聴いたが、由香は話そうとしない。

 なぜなら、山内の奴隷としての感覚は、この事件の裏の裏にあることで、警察には知られたくないという思いがあったからだった……。


                  (  完  )

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奴隷とプライドの捻じれ 森本 晃次 @kakku

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