第8話
シュウマイが回し車をまわし始めた。またガンガン鳴っている。あの床材が軽すぎるのかもしれない。もうちょっとずっしりしたものに買い替えようか。
暑いくらいにほかほかになった布団を抜け出すと、部屋の冷気がひんやりして気持ちよかった。やっと涙が乾いた目が、痛いくらいに熱い。絶対腫れている。コンタクトを外して、眼鏡をかける。
布団の脇に積まれている服の山の中からニットワンピースを引っ張り出して、パジャマの上から着る。陽くんの部屋中のわたしのものをかき集めて、棚と棚の間に挟まっていたアマゾンの段ボールにどんどん突っ込んでいく。マウスピース。夏服。冬服。化粧品。ワセリン。ドライヤー。コンタクト。歯ブラシ。ヒールの靴。本数冊。サプリメント。ボールペン。ヘッドフォン。充電器。服がかさばって段ボールがパンパンになったけれど、体重をかけてなんとかガムテープで封をした。体を動かすと、ひさしぶりにセックスしてこすれた中がひりひりする。
わたしのものがなくなっても、陽くんの部屋は難易度の高い間違い探しみたいに、全然変わらないように見える。それが悲しい。陽くんはわたしがいなくなった跡を見て寂しがれない。ざまあみろ、ともちょっと思う。
パソコンと飲み切れなかった梅酒サワーはリュックに入れる。財布とスマホはコートのポケット。
玄関脇に立て掛けてあった折り畳み式の台車を展開して、段ボールとシュウマイのケージを載せる。この台車がずっと玄関にあって、邪魔だなあと思っていたけれど、あってよかった。すごく便利だ。家に帰ったら、あとで陽くんに送り返そう。
陽くんの部屋を出て、鍵をかける。合鍵は郵便受けに入れておいた。まだ外は真っ暗で、息が白くなるほど寒い。コートを脱いで、その下のニットワンピースを脱いで、それでシュウマイのケージをタオルの上からさらに覆った。コートにパジャマ姿、台車で段ボールとハムスターのケージを運んでいる女。夜逃げした人みたいに見えるだろうな。似たようなものだけど。
陽くんのマンションの前の下り坂を、シュウマイのケージが滑り落ちないように手で抑えながら、台車を押してゆっくり歩く。手が冷える。
歩道橋を渡る。街灯に照らされた車通りのない道路は、ぴかぴかしている。磨かれたみたいにきれいだ。そこで全然寝られるレベル。ちょっと立ち止まって、シュウマイのケージにかけたニットとタオルを除けて、シュウマイに歩道橋から見える景色を見せてあげた。シュウマイはケージに伝わる振動に驚いたのか、ケージの中の小屋に引っ込んでいたけれど、ピンク色の鼻をちょっとだけ覗かせてひくひく外の匂いを嗅いでいた。
日曜日の深夜の駅は、シャッターが閉まっていて誰もいない。梅酒サワーを飲みながらタクシー乗り場で五分ほど待った。寒いし、今タバコが吸いたい。レーンに静かに入ってきたタクシーのトランクに段ボールと折り畳んだ台車を積み込んだ。シュウマイのケージは膝の上に置いた。ニット越しに、シュウマイが動く音がかさこそ聞こえる。車内は暑いくらいに暖房が効いていて、急に眠くなる。
くちびるを噛みしめると、陽くんとアルコールが混じった味がして、安心した。それと、ものすごくお腹が空いた。
くちびるで聞いて さけたチーズ @saketacheese
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