第7話
ひどく疲れていた。陽くんもわたしも黙ったまま、どこに向かうでもなく歩いた。大通りに出ると、細いネオンサインで店名が書いてあるおしゃれな感じの中華料理屋さんがあるのが見えた。陽くんが「入ろうか」と言った。お店の奥のテーブル席が空いていて、そこに座れた。隣のテーブルには髪色がパステルカラーの大学生グループが座っている。
ハイボールとウーロンハイを注文する。
「俺あんまりお腹空いてないから、茉優ちゃん好きなもの頼みなよ」
陽くんがメニューを渡してくれた。かわいい丸文字の手書きメニューだ。ピリ辛メンマ。やみつき枝豆。エビシュウマイ。わたしもそんなにおなかが空いているわけじゃないけれど、なんとなく頼んでしまった。
ハイボールは水っぽい。
「カウンセリング、どうだった?」
どうだった?
わたしはもう行きたくない。行ってもどうせまた泣いてしまう。わたしのもやもやした考えを、ちゃんと話そうとするのはすごくつらい。ちゃんと話そうとして口から出てくることは、全然わたしの思っていることじゃない。サーブすらできないのにテニスの試合に出場して、コートでずっと空振りしているみたいだ。
わたしが黙っているのを陽くんがまたあの目で見ている。
「俺はまた行きたい。茉優ちゃんがこれからちゃんと話せるようになったら、また前みたいになれると思う」
ちゃんと話せるようにはたぶんならないし、前みたいには絶対ならない。
どうやったら陽くんにそう言えるのかわからない。口から言葉が出てこない。
また押し黙っていると、陽くんがわたしの空いたグラスを見て、追加のハイボールを頼んでくれた。
「陽くんも飲んでよ」
陽くんのウーロンハイはまだ半分くらい残っている。
「今日はいっぱい飲もうよ」
かんぱーい、と陽くんのグラスに自分のをぶつける。こうすると陽くんはいつも飲んでくれる。店員さんが追加のハイボールを持ってきてくれたので、ハイボールとウーロンハイをもう一杯ずつ注文する。おかわりが来る前にグラスを空ける。
「これ飲んだら出よう」
そう言っておかわりも飲み切る。陽くんも少しずつだけど飲み切って、ふーっと息を吐いた。伝票を見ると六千円を超えていた。結構した。
お店を出てすぐに見えたローソンに入る。陽くんに買い物かごを持ってもらって、飲み物をどんどん入れていく。生ビール。ストロングゼロ。ハイボール。ハイボール。ウーロンハイ。梅酒サワー。
タクシーで帰ろう、と陽くんの腕に自分の腕を絡ませると、いいね、と陽くんが言った。乗り込んだタクシーの中で、陽くんのシャツの胸倉をつかんでキスをする。ウーロンハイはいい匂いだ。陽くんの家の前でタクシーを降りると、陽くんが腰に腕を回してきた。
「まだ飲もうよ」
テーブルの上に積まれているものを押しのけて、缶をどんどん並べていく。陽くんが前に買ってきた赤ワインのボトルも並べる。いよいよテーブルの上に隙間がなくなった。
陽くんにウーロンハイの缶を渡す。
かんぱーい。わたしは濃い目のハイボール。
「今日、めっちゃ飲むね」
なかなかお酒が進まない陽くんが言った。
「これ全部飲んだら、別れようか」
ハイボールを飲み干す。
生ビールの缶を開ける。
陽くんがまた泣き出した。
「なんでいつもそういう意味わかんないことばっかり言うの?」
だってそういう風にしか言えないから。
「ごめんね」
陽くんがまた怒って部屋を出ていってしまいそうだったので、急いでワインのボトルを開けて、陽くんに口移しで飲ませる。たまにゲロみたいな味がする赤ワインがあるけれど、これはそれ系のワインだ。そのまま陽くんの口の中に舌を入れる。舌の先がワインの酸味でザラザラする。陽くんはわたしの肩をつかんで引きはがそうとしたけれど、陽くんにしがみついて、しつこく唇を舐めたり舌を絡ませたりしていると、陽くんがわたしの腰を掴んできた。ストロングゼロの缶も開けて、口いっぱいに含んで陽くんの口にこぼれないように流し込む。すごく酸っぱい。陽くんのくちびるはやわらかくて甘い。陽くんの飲みかけのウーロンハイを飲み干す。アルコールと唾液でねばつく口の中がすこしさっぱりした。陽くんが服の中に手を入れてくる。まだ梅酒サワーが残っているけれど、しょうがない。
陽くんのシャツのボタンを全部外して、脱がせてあげる。首筋から胸までをゆっくり舐めてあげる。ズボンの上から触ってあげる。陽くんはわたしの胸をぐにゃぐにゃこねている。陽くんもわたしも汗ばんできた。汗をかくのはひさしぶりだ。
布団に行こう、と陽くんが言うので、上も下も脱いで全裸になって、布団にダイブする。
「早く」
両手を広げると陽くんが覆いかぶさってきた。電気がついたままだ。シーリングライトの中で小さい虫がいっぱい死んでいるのが見える。あれ、掃除したかったなあ。
陽くんが中に入ってくる。最初は痛かったけれど、キスをしながら動いていたらだんだん気持ちよくなってきた。陽くんがわたしの中で動いている。改めて思うとすごいことだ。陽くんは苦しそうな顔で腰を動かしている。もっと動いてほしい。陽くんのお尻を抱えて引き寄せてあげると、動きが激しくなった。
「気持ちいい?」
気持ちいいよ、と陽くんが余裕のなさそうなかすれた声で言った。うれしい。
出すよ、と陽くんが言って、抱きしめられた。陽くんは全身汗でべしょべしょだった。
陽くんは外したコンドームをゴミ袋に捨てて、そのまま布団に倒れこんでしまった。お酒をいつもより飲んで動いたし、気持ち悪いんだろう。吐いちゃうかもしれないから、水を口移しで飲ませてあげる。陽くんはゆっくり全部飲み込んでくれた。
パジャマを着て布団に入る。陽くんが腕枕をしてくれた。この油っぽい陽くんの皮膚の匂いももう嗅ぐことがないのか、と思うとちょっと香ばしく思えるような気がした。
「わたし、最近たまに右手が震えて止まらないときがあるんだよ。『プライベート・ライアン』みたいじゃない?」
陽くんに右手を見せながら言ってみた。
「茉優ちゃん、かわいそう」
陽くんはそう言って、頭をなでてくれていたけれど、すぐにいびきを掻き始めた。涙が出てきて止まらなかった。陽くんにくっついているのに、すごく寂しい。寝てんじゃねえよ、と思う。ずっと泣いていたら肺のあたりがびくびく痙攣するようになって、地味に痛くなってきた。泣きすぎてそんな状態になっているのがばからしくて笑い出しそうになったけれど、陽くんが寝ているから笑いを奥歯で握りつぶした。陽くんを叩き起こして、わたし、大丈夫かなあ、と泣きながら聞きたい。でもやめた。
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