第13話 視界を広げる 世界が開ける

 私も今や若者たちを見守る年代になった。

 私はプロのイラストレーターとして20年以上実績を積んできたが、自分の画力に納得がいくのはまだ先だと痛感してばかりいる。しかし自分にまだ伸びしろがあるという現状は楽しいことでもある。優れた技術を持った人を見つけたらベテランでも若者でも構わず教えを乞い、最近は学校の教え子に混じって素描の同好会に参加したりもしている。できれば生涯現役を全うしたいと思っている。

 私が上京する際は、島の大人たちから絵で食べていくのは無理だとよく言われていた。独学な上に、当時28歳だったからそれほど若くもなく、絵の道を目指すのは確かに不利だったのかもしれない。しかし、挑戦することこそに意味があると今では思っている。たとえ無理な結果だったとしても、そこから学ぶことだってたくさんある。挫折や失敗の経験だって、人をより魅力的にさせたりもするから、無駄ではない。

 私は絵描きであり、絵描きの命は目と手である。その中でも見る力は最重視しなければならない要素である。どんなに手が達者でも正しく見る目が無ければ画力が頭打ちしてしまうからだ。

 「見る」という行為は単に目の前の物体の姿形を認識するだけでは留まらない。人や物事の本質などの内面的な物なども、よく見なければ描けないものだ。現実に立ちふさがる困難だって、刮目してその正体が何なのかを把握できたなら、立ち向かって乗り越えられるかもしれない、というのが私の画業の原動力でもあった。

 幼少期の私は、分からないものに対して常に怯えていたが、そのうち分かったものに対しては恐怖感がなくなるという事を知った。真っ暗な世界に一つ一つ明かりを灯していくように、絵を描くごとに目の前の視界が明るく開けていった。まさに視界を広げると、世界が広がるような感覚だった。描き出してきた全ての作品は世界を自分なりに理解したという証明書である。

 「無理だ」とする感覚は、もしかしたら限られた視野で判断された先入観なのかもしれない。だからもっと視界を広げたら、自身の可能性も広がってくるだろうし、開けた世界をのびのびと生きられるのかもしれないと私は思っている。どんな年齢でもどの場所に住んでいても、誰もが視野を広げて「無理なんてない」世界を生きることは可能だと私は信じている。


沖縄タイムス「唐獅子」2023年12月20日掲載

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島の若者たちへ 長崎 @nukopin

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