第60話 あるいはエピローグのような何か
帰宅した俺は、リビングのソファーにどかりと倒れ込んだ。
「だはあああ、疲れたあああ……」
今日はとにかく疲れた。
配信は同接2000万人を超えたし、チャンネル登録者数は500万人を突破。
コメントを捌きながら、初見のダンジョンを攻略する荒業もこなした。
俺にしては、よく頑張った方だろう。
今日はご褒美を買ってきた。
ビールに寿司だ。閉店間際のスーパーで買ったんだ。
わくわくしながらビールを開ける。
プシューという音が気持ちいい。
「それじゃ、いただきま──」
ピンポーン。
「あん?」
チャイムが鳴った。時刻は22時を回っている。
こんな時間に誰が来たっていうんだ?
だが悪いな。俺はアポ無し訪問には対応しないことにしているんだ。
だって大体N〇Kか宗教かセールスだし……。
流石にこの時間にその手の奴ではないと思うが、それでも念のため、だ。
「知らん知らん、それじゃ今度こそ──」
ピンポーン、ピンポーン
「だあああっ! うるせえええっ!」
バンバンバンバン!
今度は庭の方のガラス戸を叩く音。一体なんだっていうんだ。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン
バンバン! バンバンバンバン!
この怪奇現象に蹴りをつけるべく、まずは思いっきりガラス戸のカーテンを開く。
「なっ……」
そこにはなんと、小鳥遊がいた。
ガラス戸を開ける。
「なにやってんのお前、そんなところで……」
「えへへ、来ちゃいました」
「来ちゃいましたっておま、どうやって……」
それじゃあまさか……?
俺は小鳥遊を放置して、玄関へ向かう。
ドアを開けると、そこにはステラが立っていた。
「お前もかーい!」
「だってお隣さんですし」
「いや、その理屈はおかし……はぁ、まぁいいや」
「上がっていいですか?」
「好きにしてくれ……」
適当にステラを家に上げ、リビングに戻ると小鳥遊が既にソファーに座っていた。
ああ、俺の平穏な時間よ、さらば……。
なんて思っていると、二階から誰かが降りて来る音がする。
もう誰か想像がついた。
小鳥遊がいて、ステラがいる、となれば……
「みっしょん、こんぷりーと」
「はぁ、皐月……お前まで……」
無表情でサムズアップする皐月を見て、頭を抱えた。
多分、二階のベランダから入って来たのだろう。
誰もそんなところから侵入してくるなんて想定していなかったから、鍵をかけてなかったのが仇になったか……。
だって思わんだろ、普通。人が跳躍してベランダから入ってくるとかさ。
「あー……」
この状況、どうするべきか。
とりあえずお茶でも出すか? いや、でも面倒くさいし……。
「ふっふっふ、安心してください東雲さん。こんなこともあろうかと、宴会セットを持ってきました」
そう言って小鳥遊は持っていた袋をテーブルに置く。
その中には、ジュースやお菓子が沢山入っていた。
そうだよな、俺以外は未成年だし、そうなるか。
「私もお弁当を作ってきました~」
ステラもテーブルに弁当を並べる。おお、普通に美味そうだ。
「あえて言うなら、わたしが持ってきたのは自分……!」
ドヤ顔でそう言う皐月。軽くチョップしたら涙目でしゃがみ込んだ。
体罰上等。
「まぁ、折角来てくれたし……皆で食うか」
「「「おー!」」」
俺はキッチンからグラスを持ってきて、それぞれのグラスにジュースを注いだ。
ちなみに俺はビールだ。もう開けちゃったしな。
「それじゃあとりあえず、乾杯!」
俺たちはグラスと缶を合わせ、乾杯する。
「かーっ、美味い!」
喉にスッキリとした炭酸と、麦の味が流れ込む。
この一杯のために生きていると言っても過言じゃないな。
「それにしても、凄い活躍でしたねぇ」
「ん、すごかった」
ステラの発言に、グレープジュースを飲みながら皐月が追随する。
「意外となんとかなったわ。危ない面もあったけどな」
「え~、そうですか?」
小鳥遊は小首を傾げて訊いてくる。
「ああ、グラトニー戦とかは特にそうだな。捕まれば死だから、緊張感は尋常じゃなかったぞ」
「にゃーお」
そこに、あんみつがやってくる。
「お、あんみつ。今日はありがとな」
そう言って喉を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。
「あんみつちゃんって、あのあんみつちゃんですか!?」
「そうだよ、グラトニー戦で呼んだあのあんみつだ」
「ええ~、可愛い!」
小鳥遊はこちらに身を寄せると、あんみつを撫でる。
あんみつも気を許しているのか、されるがままだ。
しかし、今の体勢はなかなかキツイな。
小鳥遊は俺をまたいであんみつを撫でている状況だ。
つまり俺の目の前には小鳥遊のうなじがあって、良い匂いがする。
良いシャンプーでも使ってるんだろうな。
「もう、小鳥遊さんは近付きすぎですよ!」
「えー? いいじゃないですか~」
「チヒロさんが困ってるじゃないですか!」
「ほえ?」
ステラに注意された小鳥遊が、こちらを振り向く。
そして、目と目が合った。
「あっ……」
こちらを覗き込む緋色の瞳。思わずドキッとしてしまった。
見れば、小鳥遊の頬もほんのりと紅くなっている。
「っと、悪い!」
「いっ、いえ、こちらこそ!」
二人して気まずくなって、顔を逸らす。
何だか左右から刺すような視線を感じるな。
確認すると、皐月とステラがジト目でこちらを睨んでいた。
「ふーん」
「そういうことですか……」
「何がだよ」
「「ふーん」」
「だからなんだって!」
いや、聞くまでもなく分かるが。
分かるが、それを自分の口から言うのはちょっと違うだろう。
だってほら、万が一にも勘違いとかあったら嫌だし……。
って、何なんだよこの状況は!
俺はただ一人で、静かに今日の余韻に浸りたかっただけなのに。
「にゃー」
あんみつが鳴きながら、俺の膝の上に乗ってきた。
「ん、どうした? お前も構ってほしいのか、よしよし」
頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
こいつだけがこの空間で唯一の癒しだ。
……だから頼む、三人衆よ。そんな変な目でこちらを見ないでくれ。
「「「じー……」」」
先に音を上げたのは、俺のほうだった。
「な、なんだよ。もしかして、お前たちも撫でられたいのか?」
「はいっ!」
「うんうん」
「当然ですっ!」
「お、おう……」
美少女三人衆は俺の元に集まると、頭を差しだしてきた。
何だこの絵面……。
そう思いながらも、不公平なペース配分にならないよう、気を配って頭を撫でてやる。全員、ほっとしたような顔をしていた。
こんな状況、配信されてたら終わってたな、俺。
まぁ悠々と家の中に侵入を許してる時点で終わってるんだが。
だからこそ、俺は誓う。
絶対に誰にも手を出さないぞ、と。
そりゃあ、これだけ示されたら誰でも気付く。
彼女たちが俺に対して異性として好意を抱いてるなんてのは。
ステラに関しては正直謎だ。だって接点が無さすぎる。
関係値もゼロのはずなのに、何故好意を持たれているのか分からない。
だが、小鳥遊と皐月に関してはただの吊り橋効果だと言い切る。
その内、良い奴が現れてそっちに流れていくだろう。
だから、俺にできることはただひたすらに耐えること。
絶対に誰にも手を出さないこと。それだけだ。
「ほら、もういいだろ。散った散った」
「ええー……」
「まだ足りない。もっとなでなでを所望する」
「そうですよ、これからでしたのに」
抗議の声を上げられるが、断固として拒否だ。
俺はビールの缶を手に取ると、一気に飲み干した。
皆は危険だから真似するんじゃないぞ、いや、誰に語ってるのか知らんが。
とにかく、次のビール缶を手に取り、プシュっと音を立てて開ける。
酒を飲まないとやってられるか、こんな状況。
それからのことは、正直あまり覚えていない。
適当な雑談をして笑い、たまにあんみつに甘えられて構い、疲れて眠ってしまった三人衆をお姫様抱っこしてベッドに運び、自分はソファーで寝た。
それぐらいしか覚えていない。
だが、充分だ。俺はよくやった。頑張ったはずなんだ。
だから、今俺にしなだれかかるようにして眠っている美少女三人衆がここにいるのは、断じて俺のせいじゃない。俺のせいじゃないんだ。
チュンチュンと雀が呑気に鳴く声がする。
俺は一度深呼吸すると、言った。
「なんじゃこりゃあああああああっ!?」
─────────────────────
あとがき
はい、ここまで読んでくださってまずは本当にありがとうございました。
これにて、構想初期のお話は完了です。
まだ回収されていない伏線、お話はあります。それに対してのアンサーもあります。
ですが、一旦ここで完結という区切りをつけさせていただきます。
理由は単純で、次の作品の構想が止まらないからです。
両立できない不甲斐なさで申し訳ないですが、ご理解ください。
もし続きを所望する声が大きかったり、天啓が降りたときは書こうと思います。
それでは皆様、改めてですが、ここまで読んでいただきありがとうございました。
もしご縁がございましたら、次の作品かこのお話の続きでお会いしましょう。
ありがとうございました
敬具
望まぬ大バズり、万年底辺ダンジョン配信者の俺には荷が重かったようです! 一夜城なすび @Origina1_
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