ノイズ¬キャンセリング

花野井あす

ノイズ¬キャンセリング


 その蝸牛かたつむりは暗くて狭い、何処かにいた。

 殻にうずくまって――波の去るのをずっと待っている。


 四方八方から押し寄せる波は、時には雷の如く烈しく、時には小鳥の囀りのように穏やかになる。


 殻をつんざくほどに高くなることもあれば、身を締め付けるように低くなることもある。


 波は寄っては離れ、そしてまた寄ってくる。


 右から轟いだと思えば左から

 上から凪いだと思えば下から


 押し寄せては引き、そしてまた押し寄せる。


 くすくす

 ひそひそ


 殻の表面で波紋は共鳴する。


 くすくす

 ひそひそ


 空気で反響し、外皮で反復し、内部で反芻される。


 故に波はより一層重なり、より複雑になり、混沌の渦となる。


 波の渦に逼迫され、抜け口に栓をされて膨らんだからだは、殻で締め付けられ、逃げ道を失う。


 脈打つような閉塞感を抜け出そうにも、手足のないその身をくねらせても、もう何処へも行けない。


 くすくす

 ひそひそ


 くすくす

 ひそひそ


 木霊する波紋はどんどん、どんどん蝸牛を殻の奥深くへと追い込んでゆく。


 くすくす

 ひそひそ


 くすくす

 ひそひそ


 蝸牛はその肥大した軀を殻で押さえつけられながら何度も、何度もその身を打ち付ける。


 いたい

 くるしい

 もう、いやだ


 蝸牛は自ら塩を飲んだ。


 どんどん、どんどんその身は縮んでゆく。

 これでもう、嫌なものから耳を閉ざせるであろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ノイズ¬キャンセリング 花野井あす @asu_hana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説