消えた友人


「お前なんか、———————!」


夏休み、友人と喧嘩した。そしたらアイツは煙のように消えてしまった。


僕は思わずキョトンとして辺りを見回したけれど、あいにくアイツはいなかった。

駄菓子屋の前で僕は立ち尽くした。

店の中では耳の遠い婆さんが愛猫を撫でてる。


「良太?おい、何処行ったんだよ」

流石の僕も戸惑って、アイツの名前を呼ぶけれど、アイツはやっぱり何処にもいない。

何だ?どういうことだ?

目の前で起きたことがこの時の僕には受け入れがたかった。

だって人間は消えたりしない。それも目の前で煙のように。

だから、この時の僕はこう思った。

またいつものように揶揄われてるんだ。きっとアイツは戸惑っている僕を陰で見ていて笑ってやがるに違いないって。

消えたのは、いや消えたように見えたのは、きっと手品か錯覚だ。

そうでなきゃおかしい。


だいたいアイツはいつもそうだ。

暇だからって授業中に僕を驚かせたり笑わせたりして、結局怒られるのは僕だけ。

アイツ逃げるの上手いんだよな。

アイツと連んで長いけど、迷惑ばっかりだ。

・・・何で朝倉さんはアイツなんかが好きなんだろ。

アイツ馬鹿だし、幼稚だし、椎茸は食べれないし、泳げないし、顔だけはまあいいけど、それだけなのにな。

なんでなんだろうな・・・本当に。


・・・やっぱり探してやるか。

わかってるさ、本当は。

僕は朝倉さんが好きで、朝倉さんはアイツが好き。

ただそれだけのことだ。

だから見つけて謝ろう。八つ当たりだった、ごめんって。


せっかく反省したのに、アイツは見つからなかった。

そのうち日が暮れてきて、仕方なく僕は帰った。

その晩、アイツの家から電話がかかってきた。アイツは家に帰っていないらしい。

僕は事情を話した。何処行ったんだよ、良太。



一週間経ってもアイツは帰ってこなかった。

こうなってくると、大人たちは家出や誘拐、殺人事件を疑い始める。

まず疑われたのは僕だった。

つまりは家出の手助けをしたんじゃないかって。

もちろん僕はそんなことしていないし、身の潔白を証明するために何度となく直前の様子を答えた。


そうして、大人が騒いでいる横で、僕は万が一の可能性に顔を青くした。

何度となくあの瞬間を思い出すうちに、やはりアイツは煙のように消えたとしか思えない気がした。

それも僕が暴言を吐いた瞬間に。

アイツが消えたことと、僕の暴言と、もう無関係だとは思えなかった。

僕は顔色をさらに青くする。

ざあっと、血の気のひく音を聞いた。

あの時何と言ったのか、僕は覚えていない。

消えてしまえだったか、居なければよかっただったか。とにかく存在を否定する言葉だったはずだ。

売り言葉に買い言葉だったんだ。

こんなことになるなんて思わなかった。

言うつもりじゃなかったんだ。


翌日、あることを思い出した僕は家を抜け出し、藁にもすがる思いで、とある屋敷の離れを訪ねた。

そこは僕が小さい頃から、時々怪しい噂がある家で、なんでも離れには魔法使いならぬ言葉使いが住んでいるらしい。

正直すごく胡散臭いし、今までは全く信じてはいなかった。

でも・・・。


ここら辺は田舎で、ご近所付き合いがまだある方だから、この家の人も今回の噂を知っていたらしい。

良太が消えたその日、一緒にいた僕のことを知っていたみたいだった。

家を訪ねるとまず出てきた使用人っぽいおばさんは、僕を見て眉を顰めた後、あっさり僕を離れに通してくれた。

門前払いをされなかったってことは、解決できる可能性がやっぱりここにあるってことだろうか?

少し期待してしまう。


離れに案内されると、まず目に入ったのは、待ち構えていたかのように出迎える優男だった。

そこら辺にいるような中肉中背の男だ。痩せても太ってもいない。柔和な顔つきはしているが、美形でもない。

普通こう言う時って、妖しげな美青年とか老獪な婆さんとかじゃないんだろうか。

一瞬毒気を抜かれ、僕は頭を振った。

部屋は八畳ほどの和室で、調度品は何もない。机すら。

締め切られた奥の襖の向こうに生活空間があるのだろう。

座布団が二つ、部屋の中央に置かれていて、その奥まった方に男が座っているのだった。


招き入れられて、空いている座布団に腰を下ろす。

僕がどうにも落ち着かない思いをしていると、そいつはじろじろ僕を見分して、徐にこう言った。

「言霊って知ってるかい?」


「言霊? って、あれですよね。ほら、ええと、言葉に力がある的な・・・」

ゲームやら漫画やらの知識を思い浮かべながら、僕が答えると、男は満足そうに頷いた。

「概ねその通りだよ。言葉には知らず知らず力がこもってしまうものだから、気をつけなさい」

にこにこ、顔つきに似合う笑みを浮かべながら、男は宙を撫でるように何度か手を動かした。

おお! これから、なにか儀式でもしてくれるんだろうか?

僕が謎の興奮と期待で身を乗り出すと、最後に男は僕の頭を軽くひと撫でして、「終わったよ」と告げた。

「は? 終わったって何が、」

「全部解決したよ。早く帰ってあげなさい。彼も待っているだろうさ」

男が人当たりのいい顔で笑うが、僕はその言葉がちっとも信じられなかった。

解決した?

ちょっと何度か手を振っただけで何が変わるって言うんだ?

期待していただけに失望は強く、むしろ怒りさえ湧いてきて、僕は乱雑に席を立つと、挨拶もせずに離れを出ようとした。

後ろから「少年、信じないのはいいが、言葉には気をつけなさい」とかなんとか聞こえてきたが、使用人のおばさん共々全て無視をして、離れから前庭を突っ切って、さっさと屋敷を後にした。

怪しい噂を魔に受けるほど参ってる子供を揶揄うなんて、連中どうかしてるだろ!

あんな噂、頼った僕が馬鹿だった。


怒りで荒い足取りで帰路を歩いていると、ふといつもの駄菓子屋のあたりに人影があることに気づいた。

ん? 誰だ?

駄菓子屋の婆さんは腰が悪いから滅多に表に出ないし、この辺りは車移動の人が多いから人通りは少ない。

さらに近づくと、相手の格好が見えてきた。

青い半袖に灰のシャツを羽織って、下は白地のサルエル。

間違いない。あの日のアイツの服装だった。

あの日から何度も思い返したから、よく覚えていた。


まさか。

まさか、まさか・・・まさか本当に———!


居ても立っても居られなくて、僕は全力で足を動かした。

全力疾走で五分も掛からなかったと思う。

駄菓子屋の前にいたのは、確かに良太だった。

「良太、今まで何処行って、」「何で目の前にいたのに、向こうから、」

同時に喋り出して、同時に口を閉じる。

先に再び口を開いたのは、僕だった。

「僕から話す。良太、お前がいなくなってからもう一週間は経ってる。大人たちは行方不明だ、誘拐だ、家出だ、まさか殺されてなんて騒いでる。お前、今まで何処にいたんだよ」

「どこもなにも・・・行方不明? 意味わかんねえ。今ここにいて、お前と喋ってただろうが。お前が酷えこと言うから文句言ってやろうと思ったら、いつの間にかいなくなるし、どうやったのか知らんが、向こうから走ってくるし・・・こっちが聞きたいぐらいだ。どうなってんだ?」

僕はその瞬間脱力して、その場にうずくまった。

大きなため息を吐く。言ってしまえば、めちゃくちゃホッとしたし、呆れもした。


にしても、あの怪しいおっさんには悪いことしたな。

結局あの人の言うことは正しかった。なら、本当にあれで助けてくれたんだろう、

後でお礼と詫びに行かないとな。


「とりあえず、説明は後でする。きついこと言って悪かったな。八つ当たりだった。ごめん」

「・・・よくわかんねえけど、それに関してはだろうと思ってたさ。お前朝倉のこと好きなんだろ? 実は朝倉の気持ちも、お前の気持ちも気づいてた。でも、黙ってたし、何もしなかった。俺、恋愛ってわかんなくてさ。誰かをそう言う意味で好きになったことってないんだよ。だから・・・ちょっとお前が羨ましい。俺もお前に嫉妬してた。お前が朝倉を見てる時さ、超幸せそうで、いいなって思ってたんだ。俺も悪かった」

「そっか。お互いに羨んでたんだな。・・・まず、帰ろう。お前にとっては信じられないだろうが、本当に一週間経ってるんだ。近所中、大騒ぎだよ」

「ああ。ま、この目で見たら信じられるかもなあ」

流石に現状じゃ信じてないのか、のんびり言う良太に、苦笑する。

良太が帰ったら、またひと騒動だろう。

僕の家は離れているが、また一緒にいたのが僕だから色々聞かれるのくらいは覚悟しとかないとな。


僕はふと思い立って、歩き出す前に良太を振り返った。

「おかえり、良太」

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短編集 阿_イノウエ_ @inoue_2424

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