番外編 ウサちゃんミートパイ誕生秘話




 冒険者や流れの商人等の旅人がゴマール公爵領に向かう際に通る街、ルフメーヌ


 そこで1番人気とされる食事所、『小人の大皿亭』。


「…どう、だ?」


 定休日の店内で、料理を食べている妻と娘に不安気に訪ねる大男。


 彼は数ヶ月前に先代の父親から『小人の大皿亭』を受け継ぎ、新たに店主となったバーナード。彼は今、家族の協力で看板料理の開発をしていた。


「…そうねぇ。美味しいけれど、インパクトが足りないわね」

「おいしーよ!」


 妻のハンナからは手厳しい一言が、娘のアナからは好意見に聞こえる意見が返ってきたが、前に先代が作ったヘロヘロ鳥の煮込みを食べた時の反応と比べると、どうしても薄く見える。


「…そうか」


 それを見たバーナードは、これもダメかと思い考える。


 親父の作った、ヘロヘロ鳥の煮込みを超える料理を作って、家族と先代の父親を安心させてやりたい。


 そんな想いで、休日にも店に来て試作品を作ってはいるが一向に、これだ!と思える料理が出来ない。


「…あなた、まだ時間はたっぷりあるわ。何時でも協力するから、また頑張りましょう?」

「そうだな。また明日、頑張るよ」


 ハンナの言葉もあり、今日の看板料理作りは終了し、バーナードは家に帰った。



 ◇◇◇



「パパ~!おかえり~!」

「ただいま、アナ」


 翌日の夜、仕事が終わり家の扉を開いたバーナードをアナが出迎える。

 そんな可愛い娘をデレッとした表情で持ち上げるバーナードは疲れが浄化された。


 余談だが、バーナードの妻のハンナは美人でその子供であるアナも美少女である。なので休日に家族で出掛け、妻が離れ娘と2人になると何故か必ずと言っていい程兵士が来る。あまりにも来るので最近兵士と顔見知りになってきた。


「またりょうりかいはつする~?」

「ああ。協力してくれるか?」

「うん!パパのりょうりたのしみ~!」

「ウフフ、そうね。パパの料理はどれも美味しいものね」


 バーナードは自分の料理を楽しみにしてくれている妻と娘を見て、絶対に店の看板料理を作りだす、と気合いを入れ直した。



 ◇◇◇



 数日後の店内、席で待つ妻と娘に振る舞う料理をどうするのか、バーナードは悩んでいた。


「…どうするか」


 気合いはあるが、それだけでアイデアが思い付くワケではない。

 考えるバーナードは何かヒントを見つけられないかと、思い出を探る。


『まぁ!美味しいわ!貴方の料理は世界一ね!』


「・・・そういえば。昔、ハンナと出会った頃に作った料理があったな。どうやって作ったけ…」


 そうして見つけたのは何年も前の出来事。ハンナと出会ってまだ間もない頃に作ったあるミートパイだった。


 記憶を探りながら、その料理の味を思い出しながら、作っていく。


「…どうぞ」

「美味しそうね」

「いただきまーす!」


 完成した料理をハンナとアナに出し、2人が食べる様子を見つめる。


「どう、だ…?」


 緊張で口に運んだミートパイの味も分からず訊いてみる。


 すると・・・。


「おいしい!おいしいよ!パパ!!ね、ママ!おいしいね!」


 花が咲くような笑顔を浮かべて、興奮した様子で話すアナ。


「良かった…。ハンナはどう、だ…」


 その反応にホッとしたバーナードは、対称的に反応の無いハンナを見た。


「これ、これは...!」

「ママ?」

「ええ、美味しいわ、とっても!」

「そうか…!」


 静かだったが、喜んでいると分かり、バーナードは肩の力を抜いた。


「…ふふっ、この料理は世界一ね!」

「・・・覚えていたのか」

「もちろんよ。忘れられない料理だったもの。貴方が私の為に作ってくれた、特別なミートパイだから」

「そうだな。そうだったな」


 ハンナの一言にバーナードは驚き、そして大切なものを思い出した。

 妻の為に一生懸命に作ったミートパイを、とびきりの笑顔で食べてくれたその顔が、何よりも嬉しかったのだと。


「貴方…」

「ハンナ!」


 再び作ったミートパイが夫婦の思いを、距離を近づける。見つめ合う2人、溢れ出る想い。


「パパ!このパイはどうやって作ったの?」


 もう少しで、といったところで、ミートパイを食べ終わった娘が作り方を訪ねた。


「えっ、あ、ああ、作り方か、そ、それはなぁウサギを…」


 無意識に近づいていた事に気がつき、バーナードとハンナは慌てて離れる。バーナードは気恥ずかしさからアナの方を向き、作り方を教えようとした。


「ええ!ウサちゃんが?」

「ああ、ウサギを細かく…」

「ウサちゃんが作ったの!?」

「えっ?」


 だが、アナは父親の言った『ウサギを…』の先を、『ウサちゃんが作った料理』だと思ってしまったらしく、キラキラとした純粋な瞳でバーナードを見た。


「まだウサちゃんいるかなぁ?」

「えっ、ああ、その・・・」


 料理を作ったウサギがまだいるのかと、厨房の方を見る娘に真実を言おうか迷うバーナードにハンナが肩を叩いて小声で教える。


「貴方、この前お義母さんがね、『ラルーの冒険』って物語を聞かせたの。その中で、ウサギの姿をした精霊が主人公のラルーを助け、友になる場面があってね。それを聞いたアナは『わたしもラルーみたいなおともだちがほしい!』って言っていたのよ」

「そうだったのか」


 娘の可愛らしい夢を聞き、頬を緩ませたバーナードは、『お手伝いしたウサちゃんに会わせて!』と言う娘の夢を壊さないように、結構頑張った。


「フフ、可愛いわぁ」


 頑張って夢を壊さないようにアワアワしながら答える夫と、純粋に訪ねる娘の様子をハンナは微笑んで見ていた。



 ◇◇◇



「ウサちゃんミートパイ2つ注文入りました!」


「ウサちゃんミートパイ3つ注文入りました!」


 売り始めたウサちゃんミートパイは、売れに売れた。時には不動の人気だったヘロヘロ鳥の煮込み以上に売れる日もあるほど。


 誰もが注文する、『小人の大皿亭』の立派な看板メニューとなった。


 名前の由来は勿論、アナの言葉から。

 色々と考えたがアナの笑顔、そしてハンナの言葉、誰もが喜ぶ料理を作り続けたい。そんな考えからシンプルな名前にした。

 この名前なら、娘の夢を壊さないというのもあったが。


 妻の為に四苦八苦しながら作ったミートパイ。


 ウサギの手伝いで作ったミートパイ。


 その注文が入る度にバーナードは思い出せる。大切な2つの思い出を。


 先代の親父にも無事認められ誉められたこのミートパイは、きっとこの店で代々作られるメニューになるのだろう。


 バーナードはそんな未来を想像した。



 ◇◇◇



「ご注文のウサちゃんミートパイです!」


 店員がテーブルにミートパイを置く。ミートパイから漂う良い匂いに注文した者達は、ゴクリと喉を鳴らし食べ始めた。


「…うめえ!」

「ここに来たんなら、これを食べないとな!」


 夢中で食べる冒険者の男達は大口を開けてミートパイを口に放り込む。


「ここは、ヘロヘロ鳥の煮込みが1番だと思っていたけど、こんなに美味しい料理もあったなんて!」

「びっくりよね~」


 別の席でも、仕事終わりの女性がお酒を片手に食べていた。


「……ぷはぁ!お酒との相性が抜群で止まらないわぁ。…それにしても、何で『ウサちゃんミートパイ』なのかしら?」


 お酒を飲んでいた女性の1人は、ふと気になった事を言う。


「なんでこのパイはこの名前なんだ?」


 夢中でパイを食べていた男も、そう言葉を溢した。


 メニューの中で1つだけ可愛らしい名前なのを不思議に思った2人に、仲間の又は同僚の者が言う。


「そんなの決まっているじゃない」

「そんなの決まっているだろう」


「「ウサギのミンチを入れたミートパイだろ(でしょ)」」


 それを聞いた2人は、


「「そうだよなそうよね」」


 と納得して、またウサちゃんミートパイを口に運んだ。





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ヒロインは逃げだした 小春凪なな @koharunagi72

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