一章 番外編
番外編 オスタンの兵士
ヴォヌレ王国のオスタン領、オスタンではここ数日、物騒な事件が発生していた。
「昨日も路地に酷い怪我をした茶髪の少女が発見された。犯人は不明のままらしい」
「またか。一昨日も2件あったんだぞ。近くの町でも事件が起きたっていうし、一体どうなっているんだか」
夜の街の巡回をしている兵士───焦げ茶髪のリオンと緑色の髪とソバカスが特徴のライリーは最近1番話題に上がる事件の話をしていた。
それは夜、人気のない通りや路地裏で茶髪の少女が襲われているという事件だ。執拗に殴る蹴るの暴行を浴びせ、時には刃物を使う。茶髪であれば子供も老人も見境なく襲い、死者も出た残忍なこの事件は平和なオスタンの街を恐怖させた。
何とか少女に暴行をしている男数名を捕まえ話を訊いたところ、数名が事件を起こした理由を吐いた。
『俺等は、ただ、明るい茶髪の女を1人襲えば金をくれるって奴に依頼されて襲っていただけで…!......ほ、本当だ!本当だからもう止めてウワァァ!!』
皆同様の供述をした。供述の内容に矛盾はなく、供述したその日に同じような事件が起きた事により、依頼をした何者かがいて、捕まえた者以外にも依頼をしている事が分かった。
『そ、そんな奴らは知らない!そもそも起きた事件だって俺等に関係ない事件もあって…ヒィ!』
捕まえた犯人達は依頼主はおろか、他の犯人グループの情報を持っていなかった為、他のグループの捕縛には至らず、被害を最小限に抑えようとオスタン領主は巡回の強化を指示した。
「それにしても犯人は一体何の為にこんな事をしているんだろうな」
そして現在その強化巡回中のリオンは目的が分からないこの事件の真犯人の目的を考えるように呟いた。
隣を歩くライリーも少し考えてみるが、分からないものは分からなかった。だか確実な事はある。
「さぁなぁ。あいつらの気持ちなんて考えるだけ無駄だ。俺たちの仕事は犯人を捕まえ未来の被害者を減らす事だろ?」
「それもそうだな。被害者たちの少女や親の反応は見ていて辛くなるものがあったからな。1人残らず捕まえてやりたい」
真面目なリオンが何時も以上にヤル気満々だ。それは何故なのか、理由を考えたライリーはピンときた。
「あー。リオンにはかわいー妹がいるもんなー」
そう、リオンには同じ髪色をした可愛らしい妹がいるのだ。普段は隣町に暮らしているらしいのだが、1度だけリオンの忘れ物を届けに来た時があり、その時に少しだけ話した事があった。
それこそ天使のように可愛く、丁寧で優しい。不覚にもリオンの妹だと納得したのは内緒だが、きっと愛してやまない妹の為に、そして妹のような年齢の少女が襲われている事でヤル気に満ち溢れているのだろう。
「確かに俺の妹は可愛いけど、ライリーにも弟と姉がいるだろ?」
「はぁ、弟は確かにいいけどな。姉はなぁ、隙あらばこき使ってくるから…」
「ははは…、大変なんだな」
リオンとライリーは雑談を挟みつつ、街の住民への注意喚起と茶髪の女性への声掛けを忘れずに行っていた。
この事件に対する兵士の士気は高い。
リオンのように家族が事件に合う可能性がある者、非道な行いに怒る者、親戚や近所の顔見知りの者が被害にあった事で犯人への憎しみを募らせる者、誰もが犯人の全員捕縛にやる気を見せていた。
巡回の兵士がやることは事件の被害にあう可能性のある少女への注意喚起と怪しい人物の監視だ。オスタンの街には外から冒険者等の人々が来る。街に住む者を含めたら元々数が多い茶髪の女性なんて数えられない程いる。
「兵士さん、犯人を一刻も早く捕まえて下さい」
「ええ、全力をもって犯人達への捕縛に尽力しますよ」
街の住民から最近多くかけられる言葉に、ライリーはいつも通りの言葉を言う。言うしかない。
本当は不安そうな表情の顔が安心した笑顔になるような言葉を言ってやりたい。だが、犯人の手懸かりはほとんど無い今、確約出来ない言葉を言って期待させた挙げ句、落胆してほしくない。
「本当なら、もっと笑顔になってほしいんだがな」
家路を行く街の住民を見ながら静かに口にしたリオンにライリーは神妙な顔をして頷く。
「…そうだな。まっ!脳に筋肉しか詰まってない隊長も言ってただろ?『我等のやるべき事は犯人を1人残らず捕まえる事だ!』てな!そのための巡回だ。今は頑張るしかないさ」
「それもそうだな。…だが、今の言葉隊長の目の前で言ったら模擬戦に誘われるだろうな」
「うわっ!それはちょっとなぁ…。軽く死ぬからな隊長の相手は…」
リオンの返しに嫌がる顔をするライリーの脳内には、前に備品を壊して隊長の模擬戦の相手の刑を受けた時の地獄が思い起こされていた。
「…?何か声がするな?」
そんなリオンとライリーの耳が誰かの声を拾う。
「ああ。喧嘩かもしれないし、速く向かおう!」
遠すぎてよく聞こえないが、切迫感のある声にリオンとライリーは駆け出す。
「何処にいったんだ!?」
「少し目を離した隙に…。まだ近くにいる筈だ!」
着いた先にいたのは自分たちと同じ鎧を来た2人組だった。
てっきり冒険者の喧嘩とかだと思っていた2人は、キョロキョロと辺りを見て回り慌てている同僚に心の中で首を傾げながらも状況を知る為に話し掛けた。
「おーい。お前らどうしたんだ?」
「!!リオンにライリー、良かった。2人とも手伝ってくれ!」
目が合うなり安心したような顔をして駆け寄る同僚にリオンとライリーは心を飛び出して実際に首を傾げる。
「手伝うって、何を?」
状況が全く分からず訊くと、近くにいる住民に聞こえないように声のトーンを落として話始めた。
「ああ、実は……」
「………なるほど。つまり外套を羽織った怪しい人物がキョロキョロして歩いていた。お前らは後ろを着けていたが、目を離した隙に見失った。で今捜してるってワケだ」
話を要約したリオンの横でライリーも頷く。話をした同僚の兵士は頭を掻いて己の失態を悔しげに漏らす。
「あぁ…。よくある茶色の外套だったし、背丈も高くなくってな。見つからないんだよ」
「だがその者が何らかの犯罪に関与している可能性はまだ低いよな?」
「でもなぁ、何かを警戒して歩いていたから何かしらはあると思うんだよなぁ…」
「何かしらって……」
結構曖昧だな。とは思うがその気持ちは分かる。捕まえた者達は例外なく『依頼を受けただけ』としか語らない。依頼をした者が誰なのかの手掛かりは何もない。
「…だから巡回しながらでいい。お前らも探すのを手伝ってくれないか?」
曖昧でも、ほんの少しでも怪しいのなら、今は探ってみるしかない。
「おう!いいぜ、な?リオン」
そう考えを纏めたライリーは同僚の兵士の肩を叩いて返答すると、リオンへと顔を向けた。
「勿論。何らかの事件に関わっている可能性が大いにある人物だからな。見つけて損はないだろう」
リオンも参加を決めたので、捜索する人物の見た目を聞いて2人は巡回に戻った。
早速街中を歩く人物を注意深く見ながら歩くのだが、ライリーとリオンの表情はやる気溢れる顔から苦笑に変わっていった。
「…捜す奴の見た目が、茶色の外套に平均的な女性程度の背丈、肩幅や歩き方から恐らく女性か少年と思われる…って。ムズくない?」
「少し服装を変えられたら俺たちでの発見は無理だな」
「だよなぁ。見つける自信ゼロだ」
せめて髪色か瞳の色だけでも分かっていれば捜しやすかったのだが、文句を言ってもしょうがない。
時折、街の住民に声掛けをしながら巡回を続ける。
「いないな…。まったく何処に行っ「あ"あ"ぁ"ぁ"!!」なんだ!?」
それでも見つからずもう巡回も終わる頃、路地の奥から聞こえた絶叫に顔を見合わせた2人は現場へと走った。
「…これは、どういう状況だ?」
「さぁ、何かがあったのは確かだがな……」
現場に到着した2人は視線の先にある状況に呆然とした。なぜなら路地にいたのは茶髪の少女を殴る男達でも、冒険者の喧嘩でもなく、倒れてうずくまる男たちだったからだ。
「どうするよリオン。これどっちだ?」
「…どっちでもまずは話を聞かない事にはな…」
倒れている男たちが、ただ襲われただけなのか、誰かを襲ったが返り討ちにあったのか、見ただけでは判断が付かない。
「くそぉぉぉ…。見えねぇ、あの女め……」
襲われただけだとしても、理由によっては答えてくれないだろう。
「……ライリーこんなのはどうだ?」
良い案が思い付かず、普通に訊きに行こうとしたライリーにリオンがある案を話した。
「……それ、いいな!!」
倒れる男たちに聞こえないようにコソコソ話したライリーは笑顔で頷くとリオンの案を実践する事にした。
「…おいおい!大丈夫か?」
「酒でも飲み過ぎたのか~?」
そして何をとち狂ったのか、リオンとライリーは明らかに怪我をしている絶対にまともな状況ではない男らに親しげに話し掛けた。自分たちの服装は一目見ればオスタンの兵士だとわかる物なのに。
「だ、誰だ…?」
確実にバレると思われたが、男はオスタンの兵士の服装をした者に戸惑いがちに訊いた。
「誰ってのはひでぇな。俺たちの仲だろ?」
「…?もしかしてこの前一緒に女をボコった奴か?」
「ああ!そうだ、覚えていてくれてよかったぜ、忘れられたのかと思った。…それでこの状況はどうしたんだ?」
リオンの言った通り、魔法か何かで目が見えないらしい男は知り合いの誰かと勘違いして警戒心を和らげた。これぞリオンの作戦、『ああ、覚えてますよ。たぶんあの時の方ですよね?』だ!作戦立案がリオン、作戦名が俺。うん、素晴らしい連携だな。
「…誰にも言うんじゃねぇぞ」
「もちろんだ!誰にも言わないぜ」
そして、警戒心が和らいだ男は経緯を話始めた。
「最近の俺等は茶髪の女を殴って金を得る、それを仕事にしていた。お前もそうだったよな?」
「割りの良い仕事だからな」
「そうだ。女1人を傷物にするか、殺すだけで金が手に入る。狂った依頼を出した奴のお陰で天職にありつけた。それで今日も獲物を探していたんだ」
「そうだったのか」
「…それで?」
聞いているだけでコイツにコイツ等に怒りが沸いた。どうやらコイツ等は連続少女死傷事件の犯人グループの1つらしい。今すぐに殴りたい気持ちを抑えて、漏れ出さないように拳を握りしめて話を聞く。
「それで、クソッ!獲物に選んだのは新人冒険者らしき女だった。もちろん茶髪のな。だがソイツは、襲いかかった男の眼を斬りやがったんだ!」
「それは、ヤバい奴だったとかか?」
横に立つリオンは大丈夫かと見てみると、リオンも視線で殺せそうな程怒っていた。
「いや、動きは完全に素人だった。ただこっちも寄せ集めの連中だ。ちょっと反撃されてパニックになって、眼を斬られておしまいよ」
「そりゃ大変だったな。でもあんたは眼を斬られたように見えないが、どうしたんだ?」
「俺も警戒はしてたんだ。素人の動きとはいえ躊躇なく人を切る奴はまともじゃねぇからな。だが光魔法を使われ眼を潰された!」
「それは災難だったな」
眼を潰された男は何も見えなくて幸運だったのかもしれない。きっと俺もリオンも一目見て分かる程に怒っているだろうから。
「ああそうだ!その女を見なかったか?」
「…いや、誰も見なかったな。だよな?」
「あぁ、俺たちが来た方向とは逆の方向に逃げたのかもな」
「ちっ!俺の眼を潰した落とし前をつけてやりたかったんだがな...。まぁいい。視力も回復してきたし必ず見つけ出してぶっ殺す」
「それよりも、教えてほしい事があるんだ。誰がお前にそんな依頼をした?」
「はっ?そんなの知っている訳がないだろ。俺が会ったのは依頼内容を伝えるだけのマフィアだ!というか、お前らだってそうじゃ…」
話している途中で固まった男は、回復した瞳でしっかりと今まで話していた者達の姿を知った。
「お前ら、…騙しやがったなぁぁぁ!!」
怒りで顔を真っ赤にさせた男がナイフを振り回す。そんな男にライリーはとびきりの笑顔で返した。
「ハッ!やっと気が付いたのか!バーカ」
「ク、ソがあああ!!」
「うおっと!あぶねー、リオン!」
煽られた男がしてきた突進を華麗に、とはいかなかったがギリギリで回避して距離を取る。
「任せろ!!」
そしてリオンが槍を突き出し、肩に直撃して鈍い音をさせて男は倒れた。
槍を片手に冷たい瞳で男を見下ろすリオンに拍手と共に近付く。
「おー、パチパチ。よっ!槍の使い手!ランスマスター!」
もちろん、リオンへの茶化し付きで。
「茶化さないでくれ…」
「まあまあ。…犯罪者を倒した素晴らしき英雄にそんな言葉は……ぐふっ」
嫌がる顔をしているリオンにグイグイ近付きいじった代償か、リオンから鎧の上からでも響く蹴りが返ってきた。
「そ、そんな本気で蹴る必要はないだろ……」
「ゴメンゴメン」
痛みで崩れ落ちた俺に棒読みの謝罪をしながら手を貸すリオン。
「これで1人くらいは救えたよな」
「もちろん。苦しむ家族を含めて大勢な」
リオンとライリーは笑いあって、捕まえた男たちを運ぶ為の応援を呼びに言った。
俺とリオンとまともに話したのは、この日が最後だった。
「………」
街道を歩く2人の影。1人は焦げ茶色の髪をした背中に槍を背負った男。もう1人は……。
「─────お兄ちゃん?本当に良かったの?せっかく兵士に成れたのに辞めちゃって」
その声にハッとした。どうやら少しぼんやりしていたらしい。
声の主に目をやると申し訳なさそうな声に申し訳なさそうな表情をして俯いた同じ焦げ茶色の髪をした妹がいた。
頭を優しく、ゆっくり撫でながら声を掛ける。
「もちろん。これは俺が決めた事だから。兵士になるのも、辞めるのも、どちらも後悔はしてない」
「でも……」
だが、こんな言葉では妹の表情は晴れなかった。
俺が兵士になれた時に喜んでいたのを知っている分、休みの日に同僚との話をしていた分、そして僅かな未練。それらを察知しているのだろう。
「…それに、アンジェも知っているだろ?俺が昔は冒険者になって旅をしたいって思っていた事」
だから、納得してくれるように真実と本心で話す。
「う、うん。それは、でも…」
俺の言葉に妹のアンジェは顔を上げる。その目は揺れて、俺を見つめる前にまた顔を反らしてしまった。
「知ってる。知ってるよ。お母さんとお父さんが生きていた時に何回も言ってたもんね。槍だって、本当は、キャ!」
話していたアンジェだったが馬車や魔物の影響で出来た街道の窪みに気付かず体勢を崩した。前に倒れそうになるアンジェの手を引いて受け止める。
「っと大丈夫か?」
「ありがとう。まだ慣れなくって」
「…すぐに慣れるものでもない。道はガタガタだし、そもそも急ぐ旅でもない。大丈夫、ゆっくりでいい」
「うん。そう、だね」
更に申し訳なさそうにするアンジェの頭を撫でる。
出来る事なら、俺が替わってやりたい。どうしてアンジェなんだ。どうして俺の妹がこんな目に…。
「…?お兄ちゃん、リオンお兄ちゃん。早く行こ?もうちょっとで夕暮れなんでしょ?」
「あ。ああ、うん。早く行こうか。気を付けて歩くんだぞ。無理はするなよ」
「ふふ、お兄ちゃんが手を握ってくれてるから平気だよ」
そう言って前後にブンブンと腕を振るアンジェの笑顔にホッとする。
あれから何日も経った。それでも深い深いキズはまだ癒えていない。
「…気に病まないで、私の所為でお兄ちゃんの人生を曲げないで欲しいの。ねぇ、今からでも遅くないよ。兵士に戻らなくていいの?」
「ああ。俺1人がいなくたって問題はないし、妹と夢だった旅が出来るんだ。こんな機会、早々ない」
これは俺の決断で、贖罪だ。あの日、妹の危機に遅れた挙げ句あんな事で妹に消えないキズを残してしまった俺への。
でも、妹と旅が出来るのは嬉しい。兵士になってからというもの忙しくてゆっくり話す時すら少なかった。
これからアンジェと一緒に色々な場所に行って、風を感じて、匂いを知って、聞いて、食べる。そして沢山見よう。
「アンジェの方こそ良かったのか?お兄ちゃんの我が儘に付き合わせて、辛くはないか?」
「ううん。平気、楽しみだよ。お兄ちゃんと一緒に知らない場所に行くの。それに……」
まだおぼつかない足取りでアンジェは真っ赤な空を見上げた。
「また、目が見えるようになった時にお兄ちゃんを最初に見たいから」
妹からは、きっと真っ暗な視界で。空も地面も、赤も青も緑も分からなくなった、母親譲りの透き通るような緑色の瞳でアンジェは俺に振り向いて笑顔でそう言う。
「……それは楽しみだな」
「でしょ。えへへ、こんな事言うの恥ずかしいね。顔、赤くなってるかな?」
「いや、何時も通りに可愛い俺の妹だよ」
「もう!茶化さないでよお兄ちゃん!」
その瞳は俺を世界を写していない。だから目が合う事もない。
それでも、いつか必ず治す。
「行こう。アンジェ」
「うん!」
兵士を辞めてでも妹の為に、また世界を見られるように、俺は兄としてアンジェの手を引いて歩く。
この道の先、兄妹で笑いあえる未来を夢見て。
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