04 言葉を重ねて


 何だかムカムカする。


 坂下さかしたが男と帰っているのを見てから数日。


 単純に、付き合う人が出来たのなら言って欲しかった気もする。


 何も秘密にして、私との関係を断たなくてもいいと思った。


 それに、何だってそんな悪評高い男に手を出すのか。


 理解は出来ない。


 知りもしない人を一方的に悪く言うのは正しくないかもしれないが、かと言って坂下の行動が正しいとも思えない。


 ……まあ、もう考えるだけ無駄なのだ。


 変に思考するのはやめよう。


 今日もさっさと帰ることにする。


 玄関へと足を運んだ。


「あれ、今日は坂下と一緒に帰らないの?」


「は、知らねーよあんなヤツ」


 ……タイミングがいいのか悪いのか。


 玄関先には男子二人が談笑していて、その片割れは坂下と相合傘をしていた男だ。


 忘れようと思った矢先に、そうはさせまいと神様が意地悪な笑みを浮かべているようだ。


 それに坂下の名前が出ると、どうしても聞き耳を立ててしまう。


「なんでよ、この前は仲良く帰ってたじゃん」


「今日はめんどくせぇからパス」


 ……なんだ、それは。


 坂下は都合の良いオモチャじゃないんだぞ。


 いや、私たちの関係性も都合の良いものだったかもしれないけれど。


 それでも、私は坂下を自分の気分一つでぞんざいに扱ったりしない。


 やっぱりこいつと付き合うのは間違っていると思うぞ、坂下。


「……ちょっと」


「あ?」


 しかし、私も私でどうしたものか。


 その男に話しかけてしまっていた。


「話があるんだけど」


 学校内で私と坂下との間に接点はない。


 だから公衆の面前で坂下の話をするのも気が引けて、別の場所へと移動する。


 男も妙な顔をして了承した。







「――で、話って何だよ」


 校舎裏に場所を変えると、先に声を出したのは男の方だった。


 ついて来てもらって何だが、せっかちだな。


「あのさ、坂下のこと大事にしないならもう相手するのやめなよ」


「……は?」


 男は呆気にとられたのか、口を開いたまま間の抜けた顔をする。


「あんだよ、そんなつまんねぇ話かよ」


 どんな話だと思っていたのか知らないが、男は分かりやすく悪態をつく。


 ただでさえ良くない態度が悪化した。


「お前に関係ねえだろ」


 面倒くさそうに吐き捨てる。


「坂下を雑に扱われるの、見てられない」


「ふぅん、なんかよく分かんねけど。じゃあ、お前が俺の相手をしろよ」


「は?」


 今度は私が呆気にとられる番だった。


「坂下の代わりにお前がなれって言ってんの。それならお前の言う通り坂下にはもう手を出さねえよ」


 ……なんだ、その意味の分からない交換条件。


 でも、それをしない限り坂下はこの男に弄ばれるのだろうか。


 それを見過ごすことは難しい。


 なら――


「なにやってんの、あんた達」


「あっ……」


 その間に入ってきたのは、坂下だった。


「さ、坂下。これはだな……」


 坂下の登場に、なぜか男は言葉を詰まらせる。


「話は聞こえてたけど、わたしあんたに手を出された覚えないんだけど」


 坂下は冷たい声で男に釘を刺す。


「ああ……いや……これはぁ」


雨宮あまみやは可愛いからね。手を出したくなる気持ちは分かるけど、やめときな。そいつ顔に反して倫理観バグってるから」


「あ、はあ……」


「もう帰りな」


 その一声で、男はバツが悪そうに去って行った。


 思っていた関係性と違う。


「それで、なにやってんの雨宮」


「あ、ええと……」


 何をやっていたのかと問われれば、だ。


「坂下がアイツと付き合ってるって聞いて」


「……付き合ってないし。雨宮はもう関係ないじゃん」


 付き合ってないのかよ。


 私を勘違いさせた友達には後で罰を与えることにした。


「なんで、あんなことしたの?らしくないじゃん」


 確かにもう私は関係なかったし、らしくもなかった。


 でも、感情を抑えられなかった。


 それが何故かと問われれば。


「坂下を大事にしないの、ムカついたから」


 坂下は眩暈でもしたのか目を閉じて頭を抱える。


「……それを、今言うのかお前は」


 その後、しばらくの間無言が続いて、坂下が目を開ける。


「確かにアイツには言い寄られた。でも、無理だったんだ」


「性格悪そうだもんね、あいつ」


 それを平気で言う私が一番性格悪いのは自覚している。


「そうじゃなくて、雨宮がいるから……」


 坂下が私を見る。


 その目は、あの日の熱を孕んだ瞳に似ている。


「私のせい?」


「誰かと付き合おうとしても、頭の中に雨宮が出るんだよ。忘れようとしてるのに」


 どうやら、坂下の邪魔を私がしていたらしい。


 自覚はなかったけれど。


「雨宮、言葉にしてくれなかったじゃん。わたしのことどう思ってるか」


「口にしなくても、分かるでしょ」


 体を重ねることは、心を重ねることに近いと思う。


 だから無理に言葉にする必要はない。


 むしろ頭で考える分、言葉には不純物が混ざるから邪魔な気さえする。


「……雨宮はそうでも、わたしはそうじゃない」


「そう、だったんだ」


 坂下が求める物は何なのか。


 それは言葉による定義か。


 だとしたら、わたしは彼女が求めているの物を与えられるだろうか。


「さっきみたいな言葉を、一つでもいいからくれたら良かったんだ」


「さっき?」


 はて、いつのどれのことだろう。


 あまりピンとは来ていない。


「いいよ、もう分かったから」


 坂下が近づいて来る。


 やけに近くに寄ってくるなと思ったら――


「え……」


 唇を重ねられた。


 いつかのような、薄くて短いキスというには不十分な口づけ。


「言葉で分かんないあんたには、この方が伝わるんでしょ?」


「ああ、まあ……」


 こうして坂下との関係は曖昧なまま、少しだけ形を変えて続いて行く。


 もう雨は降っていない。

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恋人や友人でもなく抱き合う私たちは歪んでいるのか 白藍まこと @oyamoya

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