毎日小説No.52 熱中症
五月雨前線
1話完結
「本日は熱中症警戒アラートが発令される見通しです。充分お気をつけください」
ニュース番組を観た私は深く溜め息をついた。
「またか」
「今月に入って10回目ですか……2日に一回のペースですね。また今日も患者が来るんでしょうね……」
横で番組を観ていた同僚の口調には、早くも諦めの色が浮かんでいる。当初私はそんな同僚の姿勢を快く思わなかった。我々は常に患者を救うことを考えなければならない、だからそんな弱気な姿勢はやめろ、と。
しかし時が経つにつれて、私も同僚と同じように諦めの色を浮かべるようになった。なってしまった、と言うべきか。
「急患です! 患者が運び込まれてきます!」
突然院内放送で逼迫した声が響き渡った。私と同僚は溜め息をつき、私は札束を、そして同僚はグラビア雑誌を手に取った。
「うおおおおおおおおお!!!」
担架に載せられて運ばれてきたのは、若い男だった。目の色を変えてスマホゲームに熱中している。外傷は見当たらない。
「おい!! やめろ!! ゲームに熱中しすぎるな!! 死ぬぞ!!」
私は男の耳元で声の限り叫んだ。こんな声かけでどうにかなるとは最初から思っていない。ゲームを止めるそぶりを見せない男の顔の前に、札束をかざしてみせる。
「ほら、百万円だ! ゲームをやめればこの金をお前にやる!! だから今すぐゲームをやめろ!」
「ぐ……?」
画面をスワイプする指が一瞬止まり、男の視線が札束に向けられる。よし、今の内にスマホを取り上げよう。私は素早い動作で男のスマホに手を伸ばしたが、それに気付いた男は私の顔に頭突きを喰らわせた。
「ぎゃっ!!」
「うおおおおおおお!!」
男は再びスマホの画面をスワイプし始めた。今度は同僚が男に近づき、グラビア雑誌を男の顔の前にかざす。
「ほらほら、水着姿の綺麗なお姉さんだぞ〜。ゲームをやめればこの雑誌をお前にプレゼントするぞ〜」
「うおおおおおお!!」
「血圧、脈拍、ともに低下しています!!」
看護師の悲痛な叫びが室内に響く。私と同僚は深く息を吐いた。もう、おしまいだ。
画面をスワイプする動きが徐々に遅くなっていく。男がスマホを放り投げ、苦しげに叫んだその瞬間。男の全身から鮮血が吹き出し、数十秒後に男は絶命した。
「……処理を頼む」
私が呟くと、看護師は嗚咽しながら頷いた。また、今日も助けられなかった。私は札束を床に叩きつけて泣いた。泣き続けた。
***
「大丈夫か?」
「ああ、すまん。取り乱した」
「急に泣き出すなんてお前らしくないじゃないか。あの泣き虫の看護師じゃあるまいし」
「なんか、急にむなしくなってしまってな……私達医者の存在意義がよくわからなくなってしまった」
「物事に熱中しすぎると全身から血を吹き出してそのまま死んでしまう謎の病気、『熱中症』……。3年前にこの奇病が発生してから、世界は変わってしまったよな。いや、狂ってしまったというべきか」
「もう嫌だよこんな世界……」
「嫌だよな。そんなお前に、一つ耳寄りな話がある」
「何だ?」
「地球という星を知ってるか?」
「地球? ……ああ、太陽系のどこかにある星だったか。生命に満ち溢れた素晴らしい星らしいな」
「その星にも熱中症という病気があるらしいんだが、どうも俺達が苦しんでいる熱中症とは訳が違うらしい。暑さによって引き起こされる病気なんだそうだ。物事に熱中しすぎると発症するわけではないし、全身から血を吹き出して為すすべなく死んでいくわけでもない」
「何だと!?」
「そこで相談なんだが、俺達二人で地球に移住しないか? 俺達の種族には生来擬態能力が備わっているから、地球に行ってもその星の生命体の姿に適応出来るはずだ。どうだ? 知り合いの闇業者に頼んで、ロケットの手配はもう済んでいる」
「ば、馬鹿言うな!! 許可なく他の星へ行くのは法律違反だ! 死刑だぞ!」
「じゃあここで一生、熱中症患の者が血を吹き出して死んでいくのを指咥えて見ているのか? 俺達は何のために医者になった? このまま医者として働くことが出来ずに終わっていいのか? 加えて現在地球という星では、COVID-19なるウイルスが猛威を振るって未曾有の事態に陥っているらしい。医者の肩書を持つ者が一人でも多くいた方がいいはずだ。それに、この星の知識を活用出来るかもしれないからな。」
「…………俺も」
「俺も?」
「行かせてくれ。一緒に行かせてくれっ!!!」
「よし。明日の早朝に出発だ」
***
こうして、銀河系から遠く離れた星から、ふたつの生命体が地球へと飛び立った。彼らが地球に降り立ち、異星で培った知識を提供した結果、初のワクチン製造成功、ひいてはウイルス殲滅へと結びついていくことを、地球人、そして当の彼ら(?)もまだ知らない……。
完
毎日小説No.52 熱中症 五月雨前線 @am3160
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