第12話 災害
停電も何とかなり、またモデル構築の作業が続く。完成まであと一息という所だ。
しかし、自然の脅威が去ったわけではない。台風5号以降もいくつもの台風がやってきては日本各地を災害に見舞わせていく。死体蹴りもいいところだ。
それに伴い、海水面上昇も合わさって、被災地域は拡大していく。すでに東京23区の半分は海の底に沈んでいる状態だ。大混乱も大混乱である。
川口はなんとか生活出来ているものの、それはまさにサバイバルに近いものであった。以前より物流は滞り、スーパーやコンビニは常に品切れ状態。生活必需品が全く手に入らない。それどころか、行きつけの店舗が海に沈んでいたとかザラである。
移動もままならない状態であり、もはや人間が生活していい状態ではない。各種インフラが破壊されている状態で、まだ生活出来ているのが奇跡だろう。
海面が上昇したということは、それだけ海岸線が内陸に移動する。つまり、川口の研究室からも海がよく見えるということだ。
「だいぶ海が近くなったな」
川口が研究室の窓から、新しい海岸線を望む。
「これからも海面上昇するんだっけ?」
川口の同期が聞く。
「そうだな。まだ推測でしかないけど、あと100mは上昇するらしい」
「100mもかぁ……。実家の方大丈夫かなぁ?」
「確かになぁ」
そんな中、生き残っているラジオ局の放送が流れてくる。
『……内閣府は先ほど、西日本地域の国民の避難に関して、避難者数が2000万人に達したと発表しました。これにより、東日本や北日本、北海道の地価が急激に上昇。避難民の受け入れが困難となり、ホームレスの状態になった国民の姿も多く見られます……』
「2000万人の大移動かぁ……。考えただけで恐ろしいな」
「今まで住んでいた場所を捨ててまで避難するって、相当な覚悟を持たないと駄目だよなぁ」
「それはそう。ホームレスになるのは勘弁願いたいよね」
そんな話をしながら、この後の天気予報の情報を揃える。
「そういえば、うちの親が実家に帰ってこいって言ってるんだよ。いまさらどうやって帰るんだって話なんだけどね」
「そりゃ、その辺の車をかっぱらっていくしかないっしょ」
「さすがに良心が痛む。高速バスとか動いてくれればいいんだけど……」
家族の心配も出てくる。
実際川口も、実家にいる両親から帰ってくるように連絡を貰っていた。しかし、今はそれ以上にやるべきことがある。それを達成できないうちは、実家に帰ることはできないだろう。
そうしてまた時間が過ぎる。8月に入った。
その頃になれば、気象モデル構築の終わりが見えてきた。後は細かなブラッシュアップを行っていくのみである。
そんなある日、川口は研究室で地球温暖化モデルの再検証を行っていた。
その時である。
スマホから警報音が鳴り響く。直後地面を突き上げるような揺れが起きる。
『地震です。地震です』
「うわぁ!」
強い揺れのせいで、まともに動くこともできない。地面を這いつくばるようにして、落下物から身を守るのが精一杯だった。
1分ほどで揺れは収まったが、体感としてはもっと長かっただろう。
「……みんな無事か?」
川口が安否確認を取る。
「おう、なんとか……」
確認が取れると、川口はスマホで地震情報を確認する。
震源は伊豆諸島の御蔵島周辺で、マグニチュードは8.8。かなり大きな地震である。
それと同時に、速報が表示される。
『津波の危険あり。すぐに高台に避難』
これを見て、川口はすぐにハッとする。
「不味い! 海面上昇している上に津波なんてきたら、もっと内陸まで被害が及ぶ!」
川口は落ちた荷物を押しのけ、同期からの制止の声を振り切って研究室を出る。
階段で1階まで降りて、そのまま学内を走る。周囲にいる学生は地震に驚いているようで、ほとんど動いていなかった。
そんな学生に、川口は声をかける。
「津波が来るぞ! とにかく高い所に逃げろ!」
走りながら声を上げ続けるも、すぐにバテてしまう。最近運動をサボっていたせいだろう。
そんな時、偶然にも宣伝カーがあった。乗っていた人たちも突然の地震に驚いていたようだ。
そこに川口が突撃する。
「すみません! この車使ってもいいですか!?」
「え、何ですか急に……」
「お願いします! このままだとすぐに津波が来ます!」
宣伝カーに乗っていた人たちは困惑しながらも、了承する。
全速で宣伝カーを海岸線に走らせる。そして拡声器を使って津波の情報を伝える。
『津波が来ます! すぐに高台に避難してください! 海面上昇によって予想より大きな津波が来る可能性があります! とにかく遠くへ逃げてください!』
海岸線に沿って移動し、情報を伝える。
すると、海に変化が現れる。少しだが海面が低くなった。また、海のほうから暴風雨のような音が聞こえてきたのだ。
「かなり近い……! その辺で止めてください!」
川口は宣伝カーを止めると、乗っていた人たちを降ろす。
「皆さんは逃げてください。ここからは一人で避難を呼びかけます」
「でもお兄さんはどうなるの?」
「自分は大丈夫です。さぁ、早く逃げてください」
川口は運転席に乗り込み、そのまま走り出す。
そして海岸線に沿って避難を呼びかけ続けるのだった。
それから数年の月日が経った。
伊豆諸島を震源とした地震は、特に大きな被害をもたらすことはなかった。すでに海面上昇によって多くの被害が出ていたからである。
日本政府と中央省庁などの首都機能は、総合的に見て松代に移管されることになった。
臨時首相官邸から、総理が記者会見をする。
「これからの時代は氷河期ではなく、温室期という時代になります。今、我々が生きていられるのは、非常に多くの人々の尽力があってのことです。我々は苦難の時代を生きています。しかし、それでも負けずに生きることが、先人の、人類のためになると考えます。そのために、名もなき彼らの事を思い続けることが一番でしょう」
このようにコメントを残している。
同時期に、国連の事務総長もコメントを出している。
「これから人類は、これまで経験したことのない時代を生きることになります。有史以来、様々な困難があったでしょう。しかし、それでも人類は滅びなかった。今回もまた同じことが言えるでしょう。そして宣言します。人類は決して、くじけることはないと」
名もなき人々が礎となり、人類の歴史を作る。
その中に川口もいるのかもしれない。新たな人類の歴史のために。
灼熱地球 紫 和春 @purple45
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