第4話 ほら、恋人繋ぎしよ?

//SE 玄関のチャイムが鳴る音

//SE コツコツ、と小さいがせわしなく玄関ドアが叩かれる音


「ダイヤく~ん、開けてぇ~」//シチュエーション『ちょっとエッチな隣のお姉さん』の色っぽい声で。


「ダ~イ~ヤ~く~ん」


//SE しばらくノックが続いて、玄関ドアの開く音

//スーツの女性が、やや覚束ない足取りで入ってくる


「んもう、ダイヤ君の方からどうしても、って連絡くれたのに、なぁにやってたの~。お邪魔しちゃいま~す」//陽気に。少し酔っ払っている


//SE 玄関ドアの閉まる音


「一週間も音沙汰ないから、お姉さん寂しかった~。まさかまた連絡貰えると思ってなかったから、嬉し~。ハグしちゃう」//前回より、酔っている分、多少子どもっぽく


//SE 抱き付く衣擦れの音


「あれ? なんかい~い匂いがする」


「もしかして……お風呂上がり?」//左の耳元で


「んもう、ダイヤ君ったら、せっかちなんだから……」//クスクス笑う


「あ……ごめんなさい。飲み物貰える? お酒臭いの嫌でしょ、ダイヤ君」


//SE 冷凍庫の引き出しを開ける音

//SE 氷をすくってグラスに入れる音

//SE 冷凍庫の引き出しを閉める音

//SE グラスに液体を注ぐ音

//SE テーブルにグラスを置く音


「ありがと。タブレット飲むわね」


//SE 入れ物を振って、タブレットを出す音

//飲み物をゴクリとひとくち飲む


「あっ。何これ、おいし~い! 麦茶だと思ったのに、フルーツの味がする」


「えっ? 茶葉から入れたフルーツティー? ええ~、ダイヤ君って自炊するタイプなんだ? 冷蔵庫見てもいい? だぁいじょうぶ、自炊するひとの冷蔵庫が散らかってるのは知ってるから~」


//SE 冷蔵庫のドアを開ける音


「凄~い! 野菜とかお肉とかお魚がちゃんと入ってる! うちの冷蔵庫、ほぼ飲み物しか入ってない。主にビールね(笑)」


「お魚さばけるの? え~、あたしお魚大好きなんだけど、コンビニのお弁当か定食屋さんでしか食べたことない!」


//SE 冷蔵庫を閉める音


「えっ? いいの? ううん、まだ晩ご飯食べてない。『本当に?』って……なんで?」


「あ~あ(理解した溜め息)、あはは。言ったでしょ。彼氏は居ないし、毎日ほぼひとり残業だし、ねこちゃんにも逃げられちゃうし。ひとりで仕事終わりに飲んでたの。行きつけのバーがあってね、女性のバーテンダーさんが居るんだけどその子と仲がいいから、よく行くのよ」


「ダイヤ君が行きたいなら、今度一緒に飲んでもいいわよ。……ん~、そうね。リップサービスかもね。本気かどうかは、ダイヤ君のご想像にお任せするわ、ふふ」//思わせぶりに


「じゃ~あ~。お礼はあとでたっぷりするから、お言葉に甘えちゃおうかしら」//意味深に


「あたしね、焼き魚が好きなの。大根おろしをいっぱい乗せて。他に? う~ん、もし出来るなら、お漬物とお味噌汁があれば嬉しいけど。本当にいいの? ご飯の作れる男の子って最高よね」


//SE 水道で手を洗う音、包丁でキュウリを手早く切る音、など調理音、少し長く


「……ふぁ~あ……」//今にも寝てしまいそうな欠伸


「包丁のトントンって音聞くと、眠くなっちゃうのよね。子どもの頃からいつもそうなの。ごめんなさい……ちょっとソファで横になっていい? 寝ないから」//眠そうに


//SE 横になる音

//SE 鍋のお湯が沸く音、ニンジンやダイコンを手早くいちょう切りにする音など、調理音がフェードアウトしていく


「絶対……寝ない、から……」


//深い、規則正しい寝息が上がる


    *    *    *


//SE テーブルに食器や箸を並べる音


「ハッ」//目を覚ます


「ご、ごめんなさい! 寝ちゃってて」//慌てて


//SE 勢いよく起き上がり、身体からタオルケットが落ちる音


「……あ。布団……掛けてくれて、ありがとう」//感謝半分、驚き半分で


「えっ? 出来た? 寝ちゃってたのに、いいの?」


「あ……ふたり分なんだ。ダイヤ君もまだだったのね」


「ホントにごめんね。じゃあ……有り難く、一緒に食べさせて貰うね」


//SE テーブルの椅子を引いて、座る音


「わぁ……えっ、本当に定食屋さんみたい。ありがとうダイヤ君。感謝して、いただきます」


//手を合わせる


「お漬物も作ったの? キュウリの浅漬け?」


//SE ポリポリとキュウリの浅漬けを食べる音


「塩加減がちょうどいい! 小鉢まで作ってくれたんだ。あたし、ひじき好きなのよね。お味噌汁は……豚汁だ! 定食屋さんだとプラス百円しないと食べられないやつ!」//だんだん興奮していき、色っぽい声色ではなく、素のサバサバした感じが出てくる


「大根おろしが山盛りで、メインが分かんない。よけてもいい? ……うわぁ~、ホッケの開きだ! あたし大好きなの! ……えっえっ。もしかして骨取ってくれた? ヤバいダイヤ君、気が利きすぎ~! いいお嫁さんになれるよ!」


//言い切ってから、ハッと気が付き咳払いして誤魔化す

//声色をお姉さんのものに戻す


「いや、あの……お姉さんのお嫁さんになるぅ? ダイヤ君は作ってくれたから、あたしが食べさせてあ・げ・る。はい、あーん」


「……って、なに笑ってるの? か、『かわいい』? お姉さんに対して、失礼よ!」//戸惑う


「かわいいのは、ダイヤ君……」//なんとか威厳を取り戻そうと色っぽく


「って、なんで爆笑なのよ! もう……お姉さんをお姉さんだと思って貰えないと、お仕事が出来ないじゃない」//少しだけ泣きそうに


「え? 今からオプション? 付けられるけど……なに?」


「えっ。『素のあたし?』 シチュエーションプレイのお店だから、そういうオプションはないんだけど……」


「ん~、ん~、ん~……」//物凄く悩む


「分かった。じゃあ、普段みたいに話すね。お魚、食べていい?」


//SE 食器に箸が触れる音


「美味し~い! これ、さばいてから下味付けたんでしょ? めちゃくちゃ美味しい!」


「え……毎日作ってくれるって? でも、お店から材料費は出ないし……え? 要らない? それは悪いよ」


「そうだね。誰かと一緒に美味しいご飯を食べるのって、凄く幸せだよね」//嬉しそうに


//SE 食器が触れ合う音、豚汁をすする音など食事音


「す……っごく美味しかった! ごちそうさまでした」


//手を合わせる


「おうちで、誰かとご飯を食べたのって、何年ぶりだろう……」


「……え? あ、ごめん、なさい……ずっと……ひとりだったから……」//感極まったように泣き出す、鼻をすすりながら


「や、頭、撫でないで。涙止まらなくなっちゃう」//感情的に、しゃくりあげながら


//しばらくの間、すすり泣く声が響く

//だんだん泣き止んで


「ありがと……ごめんね。湿っぽくなっちゃって」


「あたしの方が『お姉さん』なのに、駄目だなあ……」


「え? ダイスケ、君? ダイヤ君の本名? どうしたの急に」


「え、あたしの名前? えっと……ごめんね。お仕事中は、教えられないの」//申し訳なさそうに


「でもあたし、ダイヤ君って名前も好きよ。あたしにとっては、ダイヤモンドみたいなひとだから」


「じゃあ……代わりに、お姉さんの昔話、聞いてくれる? あたしね。養護施設で育ったの。勉強があまり出来なかったから公立の大学に行けなくて高卒で、何処に行っても馬鹿にされて。いつもひとりだった。でもこのお仕事だけは上手くいったの。寂しいひとが、なにを求めているのか分かるから」//淡々と


「……え? 『本当の話か』って? うふふ……さあ、どうかしら? ご想像にお任せするね」//思わせぶりに


//気分を切り替えて、元気よく


「じゃ、ダイヤ君が作ってくれたから、食器はあたしがさげるね。座ってて!」


//SE 食器をシンクに運ぶカチャカチャという音

//SE シンクの中に入れて、水をかける音


「それじゃ、寝室に行きましょ。……ああ、今エッチなこと考えたでしょ! お仕事よ。寝かしつけるのが、あたしのお仕事なんだから。ほら、来て」


//お姉さんがダイヤの手首を掴んで

//SE 寝室の引き戸を開ける音

//ふたり寝室に入る


「横になって。はぁ~、泣いたらあたしも疲れちゃった。一緒に寝させて」


//SE ふたりが布団に入る音

//以降、右から聞こえる


「初めて会った晩も思ったけど、ダイヤ君の肌ってヒンヤリしてて気持ちいいよね。『手が冷たいひとは心があったかい』なんていうけど、本当にそうなのかしら」


//SE 布団の中でごそごそ動く音


「……ね。ダイヤ君。こっち向いて」//右の耳元で、囁く


//SE 布団の中でごそごそ動く音


「おでこ、コツンってしよ。それから……恋人繋ぎもしよっか。うふふ。緊張しなくて良いのよ。お姉さんが……」


//SE ピピピ、とタイマーが鳴る音

//SE しばらく鳴っていて、ピ、と止める音


「……アカリ。ん、なにかって? あたしの名前。ほら、手を出してダイスケ君」


「そうよ。お仕事は終わり。指を絡めて……恋人繋ぎしたことある?」


「そう。じゃああたしがダイスケ君の初めて、ね」//微笑みながら


「焦らないで。ダイスケ君今、すっごく緊張してるでしょ? ゆっくりあたしに慣れて」


「え? 言ったでしょ。彼氏は居ないし、ねこちゃんには逃げられちゃうし。副業でやってる派遣の仕事じゃ、いつもひとり残業だし」


「ホントはね。ダイスケ君のこと凄く気になってたけど、一週間も連絡貰えないから、バーでヤケ酒してたの。ノンアルコールカクテルもあるから、今度一緒に行きたい。いい? ……嬉しい」//心底嬉しそうに


「それでね。友だちのバーテンダーの子に紹介するの。あたしの彼氏です、って……」//意を決したように


「ダイスケ君は? あたしのこと、彼女にしてくれる? ……よかった~」//心底ホッとして


「これがあたしの、『眠れぬ夜の寝かしつけサービス』、最後のお仕事。これからは、ダイスケ君だけ寝かしつけてあげる」


「今夜はこのまま眠ろう。恋人繋ぎのままで」


「……知ってる? キスって、するところで意味が違うって」//右の耳元で囁く


//SE 鼻にキスする、小さなリップ音


「鼻へのキスは、『貴方を大切にしたいと強く思っています』、だよ」


「え? あたしより一秒でも長く、生きてくれるの? 嬉しい、覚えててくれたんだ」


「そうあたし、事故で両親を亡くしたの。だから……そう言ってくれるひとじゃないと駄目なんだあ」


「ダイスケ君。大好きよ。今夜は朝まで一緒に、同じ夢を見ようね」//右の耳元で優しく囁く


「それじゃあ、ね。おやすみなさ~い……」//右の耳元で、息声で囁く


//少しあって、深い深い、規則正しい寝息が上がり始める。吸って吐いてを五回ほど繰り返す。

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興味本位で呼んでみた『眠れぬ夜の寝かしつけサービス』のお姉さんがタイプ過ぎるのだが…ッ! 圭琴子 @nijiiro365

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