6 ダンスレッスン

 食堂に入って、すぐ目に飛びこんできたのはとんでもなく長いテーブルだった。

 ずらり並んでいる椅子を見て、端と端に座ってもちゃんと会話が成立するのだろうか、なんて考えてしまう。それほどに遠い。

 そんな食卓に、メイドが次から次へと料理を並べていく。いい匂いと湯気が立ちのぼるスープ、色鮮やかなフルーツ、香ばしく焼けたチーズがとろけだすパン。

 そのどれもが綺麗に盛りつけられ、食べてみてもとてもおいしかった。


「あ、このパン最後の一つだから、半分こしない?」

 そう言ってすぐ、エマは口をつぐんだ。さすがにマナーがなってない、と顔を歪められるもしれない。

「いいな、そうしよう」

 歪めるどころか、楽しげにエドワードがパンを半分にして、差し出してきた。

 それがとても嬉しくて、パンを頬張りながらも笑ってしまう。

「よく笑うな」

「へへっ、どれもおいしいからね」




 食事を終えて、これからどうしようと考える。するとエドワードに、ついてくるよう言われた。

 その後をエマがついていけば、なぜか大広間へと案内された。

 シャンデリアがきらめく広々とした空間には、誰もいない……と思ったのに、楽器を手にしている人々が待ち構えていて、ギョッとする。

「こちらは準備万端です」

 楽団とエドワードが、にこやかに言葉を交わす。

 これはもしや、と思ってる間に、エドワードが近づいてきた。


「デビュタントボールで披露する前に、俺と二人だけで踊ろう」

「今から踊るの!? でも、私、びっくりするくらいヘタだよ」

「それはそれで楽しみだ」


 逃げ腰に腕がまわされ、強く引き寄せられる。息づかいを感じるほど一気に距離が近くなりすぎて、もうどうしたらいいのかわからない。

 動揺しているうちにも、軽やかなワルツが奏でられる。その三拍子に合わせ踊りはじめるが、エドワードの足を踏むわ、ステップを間違えるわ、身体は激突するわでひどいものだった。


「エマ、足元じゃなく俺の目を見ろ」

「それじゃもっと踏んじゃうよ」

「動く方向を目で伝えるから、それがわかれば踏むことばかり気にしなくてすむだろ。それから、背筋を伸ばして胸を張るんだ」

 エドワードの目を見ると、まっすぐに見つめ返された。その目でエマの視線や、身体の動きを確認し、合わせながら上手くリードしてくれてるようだ。気づくと、もう足を踏んでいない。


「上達が早いな」

「そ、そう?」

 慣れてきたかもしれないと思った途端、エドワードが前へと大きく進みだした。止まることなく、周りの景色が流れていく。


「同じ場所で躍り続けてちゃだめなの?」

「大勢と踊るデビュタントボールでは難しいな。全員が反時計回りに進んでいかないと、ぶつかって踊るどころじゃなくなるからな」

「大勢ってどれくらい?」

「国中の貴族が一堂に会する、と言えばわかりやすいか?」

「そんなに!?」

「ああ、それだけ皆デビュタントに注目しているんだ」

「そんな中で、もし転んだりしたら……」

 緊張のあまり、つないでいる手に力がこもってしまう。それに気づいてあわてて放すと、温かい手によって再び包み込まれた。

「転びそうになったら支えるから、そんなに硬くならなくていい。でも、手を強く握ってるほうが落ち着くならそうしてよう」

「う、うん……ありがとう」



 こうして躍り続けて……そろそろ疲れたり飽きたりしないのだろうか。

 エマとしては、このまま躍り続けていたいと思った。踊ってて楽しいなんて感じたことなかったのに、今はとても楽しい。終わってほしくない。

 けれど、もう夜も遅い。きっともうすぐ離れてしまうだろう温かい手を握りしめると、ぎゅっと握りかえされた。

 その時──ドアノッカーをせわしなく打ちつける音が、聞こえてきた。




「今は難しいかと」

 エントランスへ向かうと、執事が穏やかながらも強い口調で対応していた。

 今までドアノッカーを打ちつけていたのは、がっしりした体格の青年だった。大きいうえに強面で、威圧感がある。それなのに、なぜか半泣きの状態だ。

「そうおっしゃらず! 目的を果たさずテンペスト家に帰ろうものなら、どんな目にあわされるかわかったもんじゃないんですっ、どうか、どうかエドワード様に会わせてください!」

 (テンペスト家……?)


「エマ、悪いが広間で待っててくれ。彼と話をしたら、すぐに戻るから」

 そう言い残して、エドワードが青年へと声をかける。

 それに安堵する青年とエドワードは、どうやら知り合いのようだった。

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知らない結婚 鈴木葵 @aoisuzuki

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