5 肖像
使用人が、ぞろぞろと持ち場へと戻っていく。
そうしてエントランスには、エマとエドワードだけが残された。途端に静けさを感じてしまう。そんな静寂の中エドワードを見てみると、何やら考えこんでいるようだった。
「どうかした?」
「いや……食堂に行くか」
エドワードが歩きだす。その歩調に合わせつつ、あちこち見回していると、壁に飾られている重厚な油絵が目に飛びこんできた。
それはとても大きな肖像画で、三人の男女が描かれている。
「この絵に描かれてるのって、エドワードとお父様とお母様?」
「ああ、五年前のものだ」
「五年前……ということは結婚した時の?」
「いや、それよりも前だ」
今よりも幼いが、変わらない美しい顔立ちに不敵な笑みを浮かべているエドワードは、堂々とした貴族らしい。
同じように笑っている父親と、とてもよく似ている。けれど、派手なマントや宝飾品で着飾っている父親はギラギラと強烈で、なんとなく信用ならない印象だった。傲慢そうだ。
一方母親は、ゆったりと微笑んでいる。優雅で美しい人だ。しかし、この人はこの人で腹の底が見えない。
「この絵のすべてが、真実ってわけじゃないからな」
「美化されてるってこと?」
「そんなところだ。絵に描かれる時って、微動だにしないよう画家から要求されるだろ? この時の俺はそれが退屈でたまらず出かけようとしたら、椅子に縛りつけられたんだ。それで不機嫌極まりない顔をしていたのに、終わってみればこの仕上がりだ。真実とは違いすぎるだろ」
その当時を思い出しているのか、露骨に不機嫌な表情になっている。
「私もまったく同じ状態で描かれたことあるよ。でもエドワードにもそんな所があるなんて、なんか意外だね」
その雰囲気も身のこなしも落ち着いてて品があるから、エマとは違う生き物のように見えるのに。
「まあ、極力見せないようにしてるからな」
「そうなの?」
「ああ。そのへんの木をよじ登ったり、泥だらけになりながら剣で競いあったり、馬でどこまでも駆けたりする事が好きだ、と伝えても共感は得られないし、そういった所を弱点としてとられるのも癪だ」
貴族らしくあるべき、と家族や使用人に叱られてばかりなエマのように、エドワードも寂しい思いをした時があるのかもしれない。
そう思うと、なんだか親近感が湧いてきた。
「そういうこと私も好きだよ」
「へえ」
「いつか時間があったら、一緒に遠乗りする? お弁当とかおやつとか、いっぱい持って」
提案するとエドワードが笑った。妙に嬉しそうに。
「いいな、楽しそうだ」
再び歩きだし、遠くなっていく肖像画。それがまだ気になって、エマは振り返った。
「エドワードのお父様とお母様は、あの絵のとおりなの?」
「確か父上がポーズを決めていたのは五分ほどだった。五分後には耐えかねて外出したから、ほとんど画家の記憶力によって描かれてるな」
「それじゃあ本当の姿とは違うの?」
「違わないと思うが……あの中で偽りがないのは一日中、背筋を伸ばして微笑み続けた母上だけかもしれない」
「が、我慢強すぎる」
そこへ、厨房に行ったはずの執事がやってきて、すっとエドワードに歩み寄った。
その空気は穏やかなのに、どことなく焦りが伝わってくる。
「お話のところ失礼致します。早急にお伝えしなければならない件がございまして」
「何だ?」
「坊っちゃまと奥様がお帰りになられる直前の事です。グラント伯爵からの使者様がお見えになられました」
「使者!?」
思わず目を丸くするエマに頷いて、執事が続ける。
「奥様の行方を探しておいででしたが坊っちゃまとご一緒だとは露知らず、存じ上げないとお答えし、お引き取り頂きました。これにより不都合が生じるようであれば、直ちに対処させて頂きます。いかがなされますか」
「私が探しに行ってくる!」
「どこに何があるかもわからない状態で何言ってる」
エドワードがエマを引き止めながら、執事に視線を向けた。
「街で使者を見つけたら、ここへ招いてくれ」
「かしこまりました」
あっという間に執事が去っていく。だけど落ち着かなくて、あれこれ考えてしまう。会ったこともない夫の家に行ったと知ったら、家族は心配するだろうか。帰ったらとんでもなく怒られるだろうか。
「怒られるかもな」
弾かれたようにエドワードの顔を凝視する。落ち着かないのはエマだけのようだ。
「声に出てた?」
「声じゃなく顔に出てる」
「そ、そっか……」
「そんなに心配するな。明日エマが元気に帰宅すれば皆、安心するはずだ。それでも怒られるのが怖いっていうなら、俺も一緒に行って怒られていい」
「え!? うちに来るの!? でも、何か事情があるって言ってたのに……いいの?」
「いいよ、話したい事もあるしな」
(話したい事……?)
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