4 ざわざわ
閉ざされた巨大な門。
その前には屈強な番人が、長剣を携え立ちはだかっている。
二人して退屈そうだったが、現れたエドワードを見るなり姿勢を正してみせた。次いでエマに目を留め、不審者か!? とばかりに眉を寄せた。
「警戒する必要はない」
エドワードが伝えると、その場の張りつめた緊張が和らいだ。
「よろしいのですか?」
「ああ、俺の奥さんだからな」
ぽかん……としている。突然の来訪だからだろうか。言葉の意味がすぐには理解できないといった様子だ。
エマとしても、奥さんだと紹介してくれたのは嬉しかったけれど全く実感がわかなかった。
番人が戸惑いながらも門を開いていく。
遮るものがなくなって眼前に広がっていく庭園。綺麗な芝生の向こうに、広大な屋敷が築かれている。
ずらり並んでいる窓は、どこも煌々と明かりがともっていた。
そんな屋敷の中へと足を踏み入れる。すると、このまま舞踏会が開けそうなほど広々したエントランスホールで、大勢の使用人に出迎えられた。
「おかえりなさいませ」
主が帰宅したことで温かな空気が漂う。一緒に来たエマのことは来客だと認識しているらしく、空気は和やかなままだ。
「紹介するから皆、聞いてくれ」
どこか楽しげなエドワードが、全員に聞こえるよう凛とした声で告げる。
「彼女はエマ・オーウェン。皆も知ってのとおり、俺の奥さんだ」
使用人達が驚愕のあまりざわめく。
坊っちゃまの結婚相手って本当に存在してたんだ!? というようなヒソヒソ話が聞こえてくる。
中には、まさか亡霊じゃないよね? と不安がる者までいる。
そんな反応にエマは戸惑いながらも、ここはひとまず安心してもらうためにも挨拶しようとした。しかし、それよりも先に声が上がる。
「なんと、貴方様が……」
テールコートをきちんと着こんだ、白髪混じりの執事が進み出てくる。
丸眼鏡の奥の、穏やかに晴れた青空のような瞳には喜びが湛えられている。その瞳でエマを見つめたまま、とても丁寧に一礼した。
「お目にかかれて光栄に存じます。奥様の訪れを使用人一同、心待ちにしておりました」
「え!? えーと……私もお目にかかれて光栄に存じます」
戸惑いながらも挨拶をする。その直後、盛大にお腹が鳴った。
なんでこんな時に、とエマが慌てるとエドワードが堪えきれず笑った。使用人達はざわついている。
「そうだな、俺も腹がすいたし、今から一緒に食事にするか?」
フォローしようとしているらしいエドワードに、大きく頷く。そんな二人を見つめる執事と目が合うと、温かく微笑みかけられた。
心の底から歓迎してくれているのが伝わってくるようだった。
「なんと言うか、こんな感じで素敵な奥様とは程遠いと思うけど……でも、歓迎してくれて本当にありがとう」
素直に気持ちを伝え、皆のことを見回す。そうすると気づいてしまった。
使用人の多くが、エマを歓迎していない事に。
納得できないと言いたげな男性達や、困惑して顔を見合わせている女性達。
五年も音沙汰がなかった奥様が、なぜ今さら?
そんな疑問や不信感が、使用人達から伝わってくる。
居心地の悪さを感じながら、エマは一人立ちつくした。
もしも、エドワードと離婚せず一緒に暮らす事になったら。エドワードとも、彼らとも上手くやっていけるのだろうか……。
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