第9話 わたしたちは大切にしてほしい

 一週間まえ、学校で友達と口論になった。それ以降、恋人クロエのようすがおかしい。メッセージを送っても返事が帰ってくるのは翌々日だし、学校であってもはなしてくれない。ようやく事情がきけたのはそれからさらに十日後の放課後のことだった。


「だってブルーノ、学校でグループのみんなが片づけをしなかったくらいで怒鳴るんだもん」

 彼女はすぐに怒りにまかせるブルーノが嫌いだという。


「だったらぼくが毎回毎回、にこにこして注意してたらよかったっていうのか」


「そんなこといってないじゃない」


「ごめん、ぼくが悪かったよ。このはなしはもうおわりにしよう」

 どうしてぼくが謝らないといけないんだ。でもこうやって相手がしおれた顔をすると、ブルーノは謝らずにはいられなかった。むしゃくしゃしてメニュー表をぐちゃぐちゃにしたくなる衝動をおさえ〈季節の限定メニュー〉をひらいた。

 家に帰るやいなやベッドに倒れこんでうごきたくなくなる。結局、気分が乗らないといわれて、パフェをたのむことはなかった。感情をおもてにだすのがそんなに悪いことなのか。

(ぼくは他人ひとよりも感情を我慢しているとおもうけれど)

 クロエはそうはおもってくれないらしい。翌日の昼間、部屋で魔道具を確認するけれど彼女からのメッセージはない。ブルーノは二階のキッチンで、母がつくりおいてくれたミートパイを食べて部屋へ戻った。魔道具には未読メッセージを知らせるランプがついていた。


「なんだ、ロックか」

 メッセージのあるじは彼女じゃなかった。

 そうか、学校を休むついでにバイトも休んだから、しわよせがあいつにいったのか。


『ぐあい悪いんだって?大丈夫かよ』 かえす言葉がみつからない。







「ピーンポーン」

 チャイムのおとで目がさめた。なんてかえすか考えているうちにベッドで寝てしまっていたらしい。目ヤニをこすりながら、ぼさぼさの髪をなでつけて玄関へむかった。


「うわまじで具合悪そうじゃん」


「なんかようか」


「なんかようかじゃねえよ。おまえ返事しないからさあ、店長に明日出勤できるのかきいてきてくれっていわれたんだよ」


「ああ————悪い。無理そう」


「わかった。いま連絡しとくよ」

 ロックはそういいながら家にあがってくる。いや帰らないのかよとはいえず、ふたりで一階のリビングにすわった。


「いやあ疲れた。今日すげえめんどくさい客きたんだぜ。あ、これしいれな」

 彼はジュースをあおりながら、お菓子や飲み物がたんまりはいった袋をわたしてきた。


「ありがとう、いくらした」


「いいよそんなん。店長が金払ってくれてっから、てかさ。おまえ進路どうするのか決めた?」


「いや」

 そいえば彼女と同じとこいって同棲しようみたいなはなししてたなあ。今のままじゃ無理だろうな。


「ふーん」ロックはじいっとしばらくみつめてきた。


「彼女となんかあったの」

 図星でこたえられずにいると、彼は「やっぱ女がらみか」と足をのばして笑った。どうしてわかるんだろうか。


「二年も一緒にバイトしてたらそりゃわかるさ。で、なにがあったんだよ」

 他学院のこいつにならぐちってもばれないか。ブルーノはたまりにたまっていたクロエへのうっぷんをすこしづつはきだした。途中からはヒートアップして何をどこまではなしたのかわからなくなっていたが、もうなんとでもなれ。それよりもロックがそっけなくうなずいていたのがに食わなかった。


「そりゃおまえが未熟だったんじゃないか。怒ってるやつって結構めんどくさいし、面白くて怖いからな」


「んだよそれ」意味がわからない。



「いやはたからみてるとおもろいんだけど、ほこさきがこっちにむくと怖いのよ。あとめんどいし」

 こいつは怒ったことがないのだろうか。


「ま、ちょっといいレストラン予約して、ちょっといいプレゼントでも準備して、仲直りしたらいいじゃん?」

 ロックが帰るというので玄関まで見送ると、すっかり日が暮れていた。仲直りか。果たしてうまくいくのだろうか。無力感にすべてを投げだしたくなっているのにもかかわらず、ブルーノは魔道具で評判のいいレストランを検索するのであった。

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