第8話 わたしたちは知らない

 入部してはじめて、先輩たちにご飯にさそわれた。先輩たちの会話のなかに居所いどころをみつけられず、てもちぶさたにあとをついていった。なにが食べたいとたずねられて、ゲンはようやく会話にはいることができた。

適当にえらんだかつ丼屋の暖簾のれんをくぐると、先輩たちと店員さんが同時におどろいた。


「うわっカートじゃん。ここでバイトしてたのかよ」


「あ、こいつゲン。今年はいった一年のなかじゃあ一番やるんだよ」


「へえそいつはすごいな。一年後には主力だな」

 カート先輩はちょっと大げさな笑顔でおどろいていた。ゲンはひかえめに会釈えしゃくをかえした。


「てか、おまえいまなにやってんの?」


「へへ、商業コースに転科して商売の勉強してんだ。てかさ、これみてくれよ。バイトで貯めたお金で買ったんだ」

 一瞬、きまずい空気がながれるも、カート先輩はなにもにしていないようだ。彼がこそこそとポケットから魔道具をとりだしてみせてくれたのは、高級感あふれるつるぎの写真だった。


「おいこれどうしたんだよ。ゴッド工房の最新作じゃん」


「は、買ったの?」


「へへ、つい最近な」


「くれっおまえ使わねだろ」


「金貨百枚な」


「それ定価じゃん」


「そりゃ使ってないからな。ディスプレイしてんだ」

先輩は高級店さながらにライトアップしたつるぎの写真をみせてくれた。


「こらーカートっ、さぼんじゃないよっ」


「す、すんませーん。俺いかなきゃ」


「おおがんば」

 しばらくのあいだ厨房からはお説教の声がこんこんときこえていた。

店をでると、日没後の赤い空に街灯がつきはじめた。住宅街にはいると、ひとりの先輩がおもいだすようにうなだれた。


「いいよなあゴッド工房の最新型」


「バイトって金貨百枚もかせげるんだな」


「いやみんなができるわけじゃないだろう」


「いやバイトくらい誰でもできるだろ」


「かしてもらったりできないんですか?」


「おまえさっきのはなしきいてなかったのか。ゴッド工房の最新作で金貨百枚もかかるんだぞ。傷でもついたらなんて文句いわれるか」


「そうそう。かりるくらいなら金貨百枚、親にねだったほうがましだよ」

 さっきの冗談じゃなかったんだ。先輩たちと笑ってるうちに家についた。魔道具でゴッド工房を調べると、とんでもない値段のつるぎばかりが検索にヒットする。そのなかにはカート先輩がみせてくれたとおもわしきつるぎもあった。


「たしかにこんなのかりれないや」

公式サイトにはほんとうに定価金貨百枚と表示されている。ふだん剣士部でつるぎの貸し借りになれているけど、こんな高いつるぎかしたくもないし借りたくもない。しかし学生でも金貨百枚もかせげるんだな。もしかしたらアルバイトは部活よりも大変なのかもしれない。想像もつかない想像におもいをはせていると、夕飯をつげる母の声が家にひびいた。


 ◆


 久しぶりに学校へいったら、学年主任だという先生に頭ごなしに説経された。いまでも前時代的な先生がいるものなんだな。彼はとにかく学校にこいといっていたがする。まるで連射機能が付いたつえが魔法をうちだすがごとくはなすものだからほとんど覚えていない。


「それでこんなに帰りが遅くなったのか。本当お疲れさま。それで学校をやめる覚悟がついたんだ」


「うん。お父さんにお金を払ってもらいながら学校にいかないのはずっとうしろめたかったんだ。あの学年主任の先生はフタのあかないジャム瓶くらいムカついたけど、おかげでふっきれたんだ」

 ふたりで夕食をテーブルにはこび、席についた。


「わかったよ。手続きはお父さんのほうでやっておくから、ああもしウィンのサインとか必要だったらお願いしてもいいかい?」


「うん。ありがとうお父さん」


 今日のパスタはいつもより何倍も美味しかった。

 自分の使った食器を洗って部屋にもどると、さっそく今日の帰りに買ってきた本をひらいた。


「うわあやっぱり最難関学校は卒業率が低いなあ」

通信制のある学校をひととおり見終わるころには、商店街は寝静まっていた。冒険者大全をひらくと、年収モデルや、スキル構成、職業寿命などが細かくのっていた。


「お父さん、いまちょっといい」

一階におりると、お父さんがキッチンのテーブルで書類を書いていた。


「どうしたんだい」


「通信制の授業内容とかみたんだけど、すぐには決められなさそうで……ちょっと怖いんだけど冒険者をやりながらゆっくり考えようとおもうんだけどダメかな」

 お父さんは「そうだな」と目をつぶると、眉間みけんをもみながら思案していた。テーブルのうえのグラスは汗をかいている。すこし古い洗い場の蛇口からは水滴が規則的におとをたてていた。


「わかった。でもパパにも手伝わせてほしい。冒険者は危険にさらされる場面も多い仕事だから」


「うん。ありがとうお父さん」明日からは忙しくなりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る