第7話 わたしたちは失敗したい

 早朝、カミラと口付けをかわして家をでた。商店街へむかって歩いていると、見覚えのある生徒がむこうから走ってくる。彼はウィリアムの横をかけぬていった。がんばるなあ。夏の肌寒いグラウンドを歩きぬけようとするころ、温かな陽射しが背をてらした。


「先生、教室いきたくないです」

 コーヒーを飲みつつ時間割をながめていると、どんよりとしたミュレーがこちらへ歩いてきた。先生とよばれると、彼女が生徒だったときのことをおもいだす。友人のサニーといまでも仲良くやっているのだろうか。


「なんだなんだ。朝から辛気臭いぞ(というより酒臭いな、飲みあけか)」


「生徒たちの視線が冷たいんです。信頼をとりもどすのって難しいですね」


「このまえの失敗、まだにしてるのか」

 彼女はななめむかいの席にすわると、机のうえにあごをついてうなずいた。


「完全な勇み足でした。ウィン君から理由はきいていたのに、深読みして他の生徒をうたがうなんて————わたしは教師失格です」


「やってしまったことはしかたない。自分をゆるして他のことでばんかいするんだな」

 おお今日は珍しくとびいり参加の生徒が多いな。臨時で授業をうける生徒名簿には芸術コースの子供たちの名前がめだっていた。


「いいですよね。先生は他人事ひとごとだから」


他人事ひとごとであることはまちがいない。しかし気休めってわけでもないぞ。失敗せずに成長できるほど生きていくってのは簡単じゃない」


「わたしも失敗しても怒られない業界にはいればよかったかなあ」


「まあそれもひとつの手だよな」


「ひきとめたりしないんですか?」

 名簿から目を離すと、ミュレーは机から身を乗りだしていた。


「ひきとめないさ。失敗が許されない職場ってのはほんとにしんどいからな。病院や学校、騎士団なんかそのさいたる例だ」


「たしかにわたしの同期の子もすぐに転職してました」


「まあ教師も病院もけっしてなくならい仕事で、やりがいもあるだろうが、とても退職をひきとめられるような仕事じゃないだろう」

 昔、カミラが『同期の子が病院の事務にはいったんだけどすんごくしんどそう』といっていたが、いまどうしていることやら。


「先生、周囲の先生がたの視線が痛いんですけど」

 ミュレーはこそこそ手で口をかくした。まわりをみると先輩がたがこっちをにらんでいた。


「俺は外部からの出向だから大丈夫だよ」

 ウィリアムが大きく笑うと、なぜかミュレーが顔を青くして、先輩がたが顔を赤くした。


 ◆


 新進気鋭しんしんきえいの若き錬金術師————魔道具〈スマホ〉の開発秘話を語る。特集記事は錬金術師ジュンと記者の会話が書きおこされていた。五年間、何千回にもおよぶ試運転と更新アップデートによってこのとんでもない魔道具はできあがったという。キーンコーンカーンコーン。魔道具でニュースをみていると、授業がおわっていた。

 生意気な一年生にからまれたのは、その放課後のことだった。図書館でスキルのことを調べていると、彼は勝手に語りはじめた。


「あれ君みない顔だね。何組?っていうかそれスキル大辞典じゃん。探したいスキルがあるなら僕がおしえてあげるよ。探すのめんどくさいでしょ」

 先輩だとおもわれていないのはしゃくにさわるが、紙の本をめくるにはならない。ヨハンはしぶしぶながらアホ一年生を許すことにした。


「ああ。おまえ鑑定のスキルの取得方法って知ってるか」


「やれやれ、やっぱりスキルのことなんにもわかってないようだね」

 くそ腹が立つがぐっとこらえるんだ。ヨハン。


「いいかい鑑定のスキルは人類史上数例しか確認されてない激レアスキルだ。取得方法なんか知られているわけないじゃないか」


「そ、そうなのか。だったら鑑定のスキルじゃなくてもいい。人のニーズが知れるようなスキルはないのか」


 生意気な一年生が鼻で笑う。


「あのねえ、人の心を読むスキルなんてあるわけないでしょう。君スキルのなんたるかも知らないわけ?もしかしてだけど、鑑定のスキルも発動すれば相手のステータスがのぞきみれるとかおもってるの?」


「ちがうのか?」


「あーこれだから、君二年生になったらすぐに落第するだろうね」


「お、おいスキルのことおしえてくれるんじゃなかったのかよ」


「君みたいなテイカーに使う時間はないよ」

 名前も知らぬ生意気な一年生はすたすたと図書館を去っていった。テイカーってなんだよ。

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