第10話 社長生還
事件が急転直下で解決したのは、それから三日後のことだった。真夜中に一人の徘徊している男性を、警ら中の警官が保護したことから始まった。その男性は足がおぼつかない様子で、まるで生まれたての仔馬のように危なっかしい状態で歩いていたのだ。
知らない人が見ると、
「酔っ払いだ」
と思われて、なるべく近づかないようにして歩くことだろう。
しかし、歩きながらも吐き気を催しているわけではなく、ただ足元がおぼつかないだけで、その表情は真剣そのものだった。逆に真剣過ぎて怖いと思えるほどで、意識自体はハッキリとしていたのではないだろうか。
実際にその人が探していたのは交番だったようで、ちょうど警官に保護されたのは嬉しかった。
髪の毛もボサボサで髭も生え放題、服もジャージのようないで立ちだったこともあって、最初は警官もその人がどういう人なのかまったく想像もつかなかった。しかし、
「私は、松川大吾というものです」
と名乗ったとで、
「えっ? 松川さんといえば、松川コーポレーション社長の?」
というと、本人は、息も絶え絶えに、何とか頷いた。
「分かりました。少々お待ちください」
ということで、誘拐から十日ほどが経って、犯人から何も言ってこない状態で、暗礁に乗り上げていた誘拐事件が、まさか本人が出頭してくるという前代未聞の結末を迎えた。社長の衰弱が激しかったので、総合病院の救急に運び込み、審査つぃを受け。今は点滴を受けている。警官は急いで本書の横山警部補に連絡を入れ、即行でやってくることになったのだ。
当然、K支店の支店長にも連絡が入り、横山警部補が本書から到着したのとほぼ同じくらいの時間に、支店長と、北川副主任が駆けつけてきたのだ。
「社長、大丈夫でしたか?」
と支店長はホッとした様子で訊ねた。
「ああ、なんとか大丈夫だったよ」
きつそうにしているのを見て、警部補と支店長は心配そうに見ていたが、それを見た警官が補足説明する形で、
「松川社長は監禁されている状態で、ここ数日食事もしていなかったようなので、それで少し衰弱していますので、この病院へ入院していただきました。話くらいなら少しはできるという医者の話でしたが、きつそうになったら、そのあたりはその時の状況をご考慮ください」
と言った。
「食事も与えられないというのは、誘拐しておいて、それは酷いじゃないですか?」
と支店長は言った。
「いや、その件に関しては、私を誘拐した連中には罪はないんだ」
というのを聞いて、横山警部補が口を挟んだ。
「二つ気になったんですが、今の話ですと、連中ということは一人ではなかったというんと、もう一つは、誘拐は本当の誘拐ではないということですか? 私はこの誘拐を少し疑ってはいましたが、複数犯だとは思っていませんでしたね。でも、今のお話を訊いて、二人のうちの一人が、木下課長ではないかと思いました。あなたが放置されたのは、木下課長が戻ってこなかったからではないですか?」
と言われて、
「ええ、その通りです。あの日、倉庫が燃えて、倉庫から死体が二体見つかったと聞いて、一人が息子の貞夫だということを木下課長から聞かされました。そして今のままでは、子度は社長である自分が危ないので、とりあえず誘拐されたことにして姿をくらませようということになったんです。誘拐されたということになれば、警察も動きますから、ただ隠れただけだと犯人が動いても動きやすいでしょう? でも誘拐ということにすれば、警察が動いてくれるので、安全だということでした。狂言誘拐というのは悪質なのは分かっていましたが、こちらとしても生命の危機ということで、こういう手段に出るしかなかったんです」
と社長がいうと、
「じゃあ、もう一人というのは?」
と支店長が訊いた。
「貞夫の義母弟の定岡哲郎だったんです。この誘拐を考えたのは哲郎でした。彼は本当は、あの火事で兄と一緒に殺されるはずだったんです。しかし、彼は機転を利かせて、兄を殺したやつを中に閉じ込めて、脱出したんです」
「ちょっと待ってください。でもその死体は三日以上経っているというような話をしていませんでしたか?」
「ええ、実は二人が殺される一つの理由が、犯人が誤って殺す意思はなかったのに、一人の男性を殺してしまったという事件があったんです。それを見てもいないのに、二人の異母兄弟に見られたと思い込んだ。思い込んでいる人間に何を言ってもだめで、結局、その時の死体と一緒に兄弟二人もろとも黒焦げの焼死体にしてしまおうとしたんです。それに死体が多い方が、事件としては複雑でしょう? まるで三重殺人みたいで、それを狙ったそうなんですが、結局は兄弟とも殺されることはなく、犯行を思いついたやつが、自分が殺した相手と中で焼け死ぬことになりました。ただ、それを別の方向から、私を脅迫しようと思っているやつと、木下課長の二人が見ていたそうなんです。木下課長の方が後ろにいたので、その人のことは分かったみたいなんですが、木下課長のことをその人は分かりませんでした。それで、今度の事件を企んでいる犯人が、木下課長に、私への脅迫を考えたやつに、協力を願い出てきたというのです。それで、木下課長は私への義理を選んで、私を逃がす算段をしてくれて、その味方として、二人の異母兄弟を味方に引き込みました。二人は影となって木下課長の作戦を実行するために、失踪するという形にしたんです。しかも、そうしておけば、彼らに嫌疑が向くことで、真犯人を安心させて、あぶり出すこともできるという一石二鳥を考えたんです。それで、木下課長は真犯人を見つけ、彼に話を訊きに行った時、その返り討ちに遭ったんでしょうね」
と社長は言った。
そこでまた支店長が間髪入れずに聞いた。
「じゃあ、真犯人というのは?」
と言って、支店長はまわりの人の顔を注意して見た。
だが、社長はすぐには答えず、
「この事件の奥には、もう一つ表に出てきていない事実があったようなんです。これは木下課長に聞いて私もビックリしました。木下課長はそのことを黙っていたことをかなり後悔していました。実はあのプレハブの旧事務所の下には、三体の白骨死体が埋まっているということなんです。本部が移転してからかなり経ってからのことだったそうなんですが、当時、ちょっとした会社のお金の使い込み事件があって、そのことで揉めたんだそうなんですが、使い込んだと言われる三人組を殺してしまい、秘密裏に、倉庫の下に埋めたというんです。あそこは、私が元々肝入りで大切にしている場所だったので、すっと安全だったんですが、事件があったのが、時効撤廃の頃だったので、ひょっとすると時効がないかも知れないとう恐怖から、いずれは、何とかしないといけないと思っていたところに、また、ここの社員が人を殺すという事件を起こした。ひょっとしたら、何かの連鎖のようなものがあるのかも知れないけど、とにかく同じことが繰り返されたんですね。火事を起こした人にとっても必死だったと思いますが。過去に引き起こした事件をいまさら、文字通りほじくり返されそうになるのも、これはまたきついものです。木下課長の話では、その人は保身のためなら何をするか分からないというので、とりあえず、私は身を隠すようにしたんです」
という話を訊いて、横山警部補は、ある程度納得したような表情をしていた。
――この人は、ある程度まで想像がついていたんじゃないか?
と思ったが、逆に慌てているのは支店長だった。
その理由も社長には分かっているが、どうやら横山警部補も社長の顔を見て、真犯人を確信したようだ。
「支店長。あなたにはいろいろお伺いする必要があるようですな」
と警部補に言われた支店長が顔色を変え、その場から逃げ出そうとした。
しかし、それを食い止めたのは松川貞夫と、定岡哲郎だった。
「もう逃げられないぞ。木下課長もさぞ無念だったことでしょうね。あの人が死の直前に書き残したという『さだお』という言葉を聞いて、俺たちは涙が出そうだった。きっと後は頼むって言いたかったんだろうな。それに、俺たち二人も気づかなかった名前の共通点を教えてくれたんだ。死をもってまでね。それだけに木下さんが気の毒で、だから、余計に犯人は許せない。観念しろ」
「元々君たちが巻き込まれたあの焼死事件だって、元をただせば、支店長が絡んでいたんだ。だから、君たちが支店長に遠慮することなんかないんだからな」
といつぃ調べたのか。横山警部補は、お見通しのようであった。
こうやって社長が出てくると、それまで分からなかったこともすべてが判明してくる。皆社長を守るために働いたことだった。
その点、支店長は孤立していた。誰も助けようという人もいなかった。それだけ人徳が違うのだろう。
事件は解決し、激動の半月ほどが経過した。
横山警部補は今回の事件解決の手柄から、近く警部に昇進するという。社長もますますお盛んで、会社経営に意欲を燃やしながら、人生を謳歌しているようだ。
二人の兄弟も研修が終わって、大学に戻り、今までの学生生活が日課となった。まるで夢のような数日間だったが。決して忘れることはないだろう。
プレハブ倉庫は、取り壊しを免れて、少し横に移動した。そして、三人の白骨が発見され、数十年ぶりに日の目を見ることができて、やっと荼毘に付された。
この事件の教訓としては、何かを起こしてもその責任をすぐに取れるだけの根性がなければ、のちのちにまで引っ張ってしまい、苦しみからは決して逃れられないということを思い知ることにあったのだろう。二人の異母兄弟も、事件に巻き込まれたのではなく、自分たちも当事者であるということを忘れないというのが、今回の研修の成果だったのかも知れない……
( 完 )
間隔がありすぎる連鎖 森本 晃次 @kakku
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