第10話 瓜二つ

 ファイブオクロックの人物が誰だったのか? そして被害者を誰が殺したのか、ファイブオクロックの人物がこの事件にいかに関係しているのか、とにかく、ファイブオクロックなる人物がこの事件のカギを握っているのは事実のようだ。

 捜査が進む中で、分かってきたこととして、梶原奈美恵がこの事件に関わっていると考えると、結婚詐欺が影響していると言って間違いないだろう。そうなると結婚詐欺の方としても、一応被害届が出された中で、殺人事件にも関わっているということで、捜査二課の方でも捜査が行われた。

 その中で、一人、二年前のことになるが、梶原奈美恵と思しき女性と付き合っていた男性が、自殺をして、そのまま死んでしまったという事件があった。最初は、結婚詐欺にあったなどと誰も思っていなかったのだが、葬儀の際に、彼の友人という人から、彼が自殺をするのはおかしいということを家族の方が訊かされていた。

「彼は、結婚相談所で知り合った女性と交際していて、もうすぐ結婚するという話を楽しそうにしていたんです。そんな彼が自殺をするなんて。僕には信じられない」

 と言っていた。

 家族はその話を初耳だったようで、

「誰かと付き合っているという話しは聴いていましたけど、結婚ということまでは聴いていませんでしたよ」

 と言われた。

 話が食い違っているのでおかしいと思っていると、死んだ彼には借金があったようで、その返済を家族に迫ってきた。保険金で何とか借金は返せたが。そこで初めて結婚詐欺の話が持ち上がってきたのだ。

 彼には弟がいて、他の家族は、

「もう事を荒立てる気はありません。そんなことをしても、あの子は戻ってくるわけではありませんから」

 と言っていたが。弟だけは、

「俺が必ず兄貴の敵を討ってやる」

 と言っていたようだ。

 実は。その弟が最近行方不明になっているという話があった。

 急に姿を消したのだが、それまでは何もなかったはずなのに、急な失踪に家族もビックリして捜索願を出したのが、三か月前だという。

 ただ、失踪する前の彼は、急に喜んでみたり、かと思うと、何かを思いつめたような表情になったりと、少しおかしかったという。

「思いつめたというか。何かの覚悟を決めたかのような表情にも見えたんですよ。ただ、彼は普段から自分の気持ちを表に出すことをしなかったので、彼の態度から何を考えていたのかを思い図るのは難しいと思います」

 というのが、友人の話であった。

 友達の中には、

「彼の兄が以前自殺をしたんですが、どうもそれが結婚詐欺だったということで、彼は何とか兄貴の敵を討ちたいって言っていたんです。ひょっとすると、その仇が見つかったんじゃないですかね」

 という人がいたが、

「これはただの勘でしかないですけどね」

 ということだった。

 彼は普通にしていれば、女性からも人気があって、気さくなところがモテる理由だったのだが、女性と決して付き合おうとはしなかったという。それだけ女性に対しての不信感が強く、まわりの女性も、せっかくの彼をそんな風にした結婚詐欺の女を許せないと言っているくらいだった。

 そんな彼が謎の失踪。いろいろなウワサがあった。

「かたき討ちをしようとして、返り討ちに遭った」

 あるいは、

「仇を見つけて、いよいよこれからというところで、捕まって、監禁されている」

 あるいは、

「雲隠れして、忘れた頃に女に復讐し、自分は犯行の圏外に置こうと考えている」

 などと、いろいろな憶測があったが、どれも信憑性のないものだった。

 信憑性があっても、現実味に欠けるものがほとんどなので、本当に憶測の域を出なかったのだ。

「ファイブオクロックと呼ばれている人物は、その弟ではないか?」

 という話も捜査員に中で囁かれるようになったくらいだ。

 そういえば、今まで「ファイブオクロック」と呼ばれている人をまともに見たという人はいない。特徴である髭を皆が覚えているので、ちゃんと見たと思われがちだが、実際に見た人は皆、ほとんど印象に残っていない。マスクや帽子、マフラーなど、数年前までであれば、

「怪しい恰好」

 と言われていたが、今ではそれが普通になっている。

 マスクをしない人には近づいてはいけないとまで言われる時代になっているのだ。

 それはさておき、いろいろな疑問がこの事件にはある。まずは、何と言っても「ファイブオクロック」と呼ばれる人物の存在だ。しかも、その男を見たのが三郎少年であり、しかも三郎少年が意図をもってその人物を探っている時に事件が起きている。二つ目の事件は事件としては表に出ていないが、少年がウソをついているのでなければ、そこに誰かに殺されかけた人がいたと言ってもいいだろう。

「まるで、ファイブオクロックと呼ばれる人物と三郎少年が二人で狂暴して犯行を重ねているかのようじゃないか」

 と、辰巳刑事は言ったが、本当にそんな感じを匂わせる事件だと言ってもいいだろう。

 またこの事件で特徴的なのは、三郎少年が見たという「祠」であった。

 他の捜査員は、

「そんなの子供の戯言にすぎませんよ」

 と言っていたが、辰巳刑事と清水刑事は少年がウソを言っているようには思えなかったし、少年にどうしてウソをつく理由があるのか、それが分からないではないか。

 さらにいまだに残っているこの防空壕。どうしてその場所にポツンとあるのか、それも不思議であった。誰かに聞いても知っている人はいない。ただ、近所に昔から住んでいる老人がいるのだが、その人は何かを知っているようなのだが、語ろうとはしない。

「この事件に関係のないことだ」

 というだけで、渋い顔をする。

 これ以上追求すると、何が飛んでくるか分からないほど怒り狂いそうに見える頑固おやじなので、誰も近づくことができなかったのだ。

 そして問題になっている死体である。顔がちゃんと残っているのに、なぜ被害者の特定ができないのか、不思議だった。さらに、被害者を結婚詐欺の女ではないかという男が現れるが、被害者の指紋に、前科はない。それだけ結婚詐欺をうまくやっているということなのか、ただ、その結婚詐欺の女は整形手術をしているという。どのような整形をしたのか、ひょっとするとモデルになる女性がいたのではないか。そうなると、似たような顔の女性がもう一人いることになる。本当に身元が判明しないところが難しいところであった。

 結婚詐欺の被害に遭ったと目された男性たちの情報は、警察の力で令状を取り、何とか聞き出すことができた。

 彼らには全員が青天の霹靂だったという。

 一人一人訊ねるよりも、一堂に会した方がいいのではないかという清水刑事の発案で、捜査本部の会議室で、五人の男が初めて顔を見合わせたのだ。

「どういうことなんですか? 警察から呼び出しがかかるなんて。正直会社にも印象が悪いですよ」

 と言って、出頭を命じられた人たちは皆プンプンしている。

「これは本当に申し訳ありません。今日来てもらったのは他でもないんですが……」

 と辰巳刑事は苦笑いをしながら、

「皆さんは、それぞれ結婚相談所で紹介された女性とお付き合いされておられますよね?」

 と言われて、五人はそれぞれ目を合わせるようにしてから、そのうちの一人が、

「ええ、私はそうですが」

 と答えると、他の皆も堰を切ったかのように、

「俺も、俺も」

 と言って、手を挙げた。

「非常に申し上げにくいんですが、皆さんにはこれをご覧になっていただきたい」

 と言って、探偵が撮った写真を机の上にばらまいた。

「これは?」

 見るからに明らかな隠し撮りであることで、彼らはさらに憤慨した。

「これじゃあ、まるで盗撮じゃないですか?」

 と言ったが、そのうちの一人は写真を手に取って見比べてみると、

「ちょっと待って、刑事さんの言いたいこと分かるような気がする」

 と一人の男が呟いた。

「お察しがいいですね」

 と言ったが、その男はそれには答えず、他の四人の顔を見渡して、もう一度刑事を見てから、

「これって、結婚詐欺ということですか?」

「ええ、そうです」

 と刑事がいうと、室内に低い声のどよめきが起こった。

「そんなバカな」

 と頭を抱える人、

「信じられない」

 と言って、眉をゆがめる人。

 何も言わずに、うな垂れる人、さまざまであったが、

「何となく、そんな気がしていました」

 と冷静にいう人もいた。

「というと?」

 と辰巳刑事が聞くと、

「あのオンナ、毎回違う服で来ていたんだけど、自分たちが買ってあげた服ではないものを着てくることが多かったんです。普通なら買ってもらって嬉しいから、次のデートにはその服を着てくるでしょう? でもあの人は、自分が買ってあげたことのない服を時々着てきているんですよ。そういうところには無頓着だったんでしょうか? それとも、たくさんの男がいて分からなくなっていたのではないかとまで思ったほどでしたが、まさか最悪の方だったとは、参りましたね」

 と言って笑っていた。

「じゃあ、結婚詐欺を疑っていたということでしょうか?」

「ええ、怪しいと思って。最近はお金のかかることはしなくなりました。すると彼女の態度がみるみるうちに変わっていって。どうしようもなくなったんです。これで本当に結婚詐欺だと思ったので、いつ切ろうかと思っていました」

「訴えようとは思わなかった?」

「訴えても証拠がないと警察は動いてくれないでしょう? 証拠を掴もうにもお金がかかるし」

 という。

「なるほど、実は我々も、もう一人あなたがた以外に騙されている人がいて、その人が訴えてきたので、分かったというわけなんです。その人は探偵を雇って、彼女の結婚詐欺の証拠を揃えていました。それが、この写真というわけです」

 他の四人は、刑事と冷静な男性の会話を聞きながら、すべてが初耳だったことに混乱しながら、この写真の意味が分かったことだけには安心したのだった。

「言われてみれば、どしてあの女の手口が分からなかったんだろう? それだけ好きになってしまったのか、それとも、あの女の手口が鮮やかだったのか」

 と一人がいうと、もう一人が、

「そんなことはないさ、実際に気付いた人が二人もいたんだ。俺たちが気付かなかっただけさ。きっと女の方でも、五人も六人にも手を広げているんだから、どれかの一人に分かったとしても、その人から手を引けばいいだけで、訴えることもできないとタカをくくっていたのかも知れない。いろいろな結婚相談所に登録するというのは、別に悪いことではない。それだけ結婚を真剣に考えているという人もいるだろう。だから騙されやすいのかも知れないし、二股くらいなら、実際にしている人だっているんじゃないかな? でもどうしてあの女は結婚詐欺なんかしたんだろう? お金が目的なんだろうか?」

 と一人が言ったが。

「整形までしているので、かなり準備段階で出費もかさんでいるだ。女は男に騙されて借金を背負わされて、風俗で働いた。そこで男を手玉にとることに喜びも感じたのではないかな? 復讐を込めて、男から金銭を奪う。自分がほしいというよりも、男への復讐だね」

 と辰巳刑事がいうと、

「なるほど、だから彼女は敢えて自分を淑女のように装わなかったんだ。妖艶さを醸し出しながら、清純を装っていたかのように思えたのは、風俗の経験と、男に対する復讐心から彼女をそんな性格に作り上げたのかも知れない。逆にあの彼女の性格は作られたものというよりも、本性だったのかも知れないな」

 と被害者の一人が言った。

「男を食い物にする許せない女だけど、同情の余地がないわけでもないな」

 と一人が言ったが、

「難しいところですね。結婚詐欺として刑事罰を与えることはできないかも知れないけど、俺たちが集団訴訟をすれば、民事で争うことくらいはできるかも知れない。それくらいのことしたって、バチは当たらないさ」

 と、もう一人が言った。

 実際にそれくらいしか、結婚詐欺ではできないのだが、

「ところで、相手が死んでしまっていれば、詐欺で訴えることもできないんじゃないですか?」

 と一人が言った。

 それに対して、ニッコリと笑ったのは、辰巳刑事で、

「それは大丈夫です。あの死体は別人なんです」

 というではないか。

「どういうことですか?」

「あの死体は彼女が顔を整形のモデルにした女だったんです。それを梶原奈美恵も知っていて、彼女を殺すことで自分が死んだと思わせようとしたんですよ」

「でも、そのために彼女は殺されたんですか?」

「いいえ、実は被害者も結婚詐欺を働いていた。そして、その女こそ、前に一人の男を自殺に追いやった女だったんです。やはり結婚詐欺をするための顔って、それなりにあるんでしょうね」

 と辰巳刑事は言った。

 詐欺被害者を返した後、捜査本部で清水刑事が話をしている。

「つまりですね。今回の事件の本当の目的は、詐欺を裏で操っていた男を殺そうという目的だったんです。ファイブオクロックをでっちあげて、少年に祠を見せたり。わざと死体を発見させたのは、それが本当の目的だと思わせるため。しかし、実際には別の人を殺すことが目的で、殺されたのに死体がなかったことで、少年をオオカミ少年のように見せかけて、カモフラジュしようとしたんですよ」

「よく分かりません」

 と他の捜査員がいう。

「今回の事件には共犯者がいた。その共犯者は二人の顔が瓜二つ。まあ、一人は整形なのだから当たり前だが、それを唯一知っている人だったんだよ」

「誰なんですか?」

「結婚詐欺を捜査した、あの探偵さ。やつは結婚詐欺などの捜査に関してはプロフェッショナルなんだ。それは実際に捜査して告発することもあるが、中には容疑者と組んで、うまく立ち回ることも結構あったんだよ。それが彼の正体だった。そういう意味では、梶原奈美恵も利用されたと言ってもいい」

「じゃあ、この事件での梶原奈美恵の役割はなんだったんですか?」

「それがあの怪しい人物であるファイブオクロックと言われた髭の男さ。目撃者を少年にしたのも、髭を生やしているんだから、男のはずだという印象を深めるためであり、さらに、二回目の本当の殺人をカモフラージュするためのオオカミ少年をえんじてもらうためだったんだよ。だから時間が五時という正確な時間であったことも、少年にその信憑性を確かなものにさせるためのものだったのさ」

「本当の主犯は誰だったんですか?」

「それは、最初に殺された女に騙された境田美祢子ということになるだろうね。彼女の目的は弟の復讐。最初に実際に騙した女を葬っておいて、結婚詐欺の主犯をその後に殺す。それが目的だったんだ」

「じゃあ、結婚詐欺の主犯というのは?」

「菅原良治だね。つまり犯人たちが本当に殺したかったのは菅原ということになる」

 それを聞いて捜査員は、

「そういえば、被害届を出したまま、菅原さんに連絡が取れなくなったのが少し気になっていましたが、まさか殺されていたということでしょうか?」

「そういうことだろうね。やつは梶原奈美恵に騙されてもいないのに、騙されたふりをした。そして、探偵の動向も探る意味で、その探偵に捜査を依頼したわけだが、探偵の方もすでに怪しいのは菅原だと分かっていた。騙されているつもりで騙していたというわけさ。この場合どっちもどっちというべきなのだろうね」

「じゃあ、ひょっとして梶原奈美恵が整形した時に前の結婚詐欺の顔にしたというのは、ただの偶然だったんでしょうかね?」

「偶然と考えるのが普通だけど、そのあたりから、境田美祢子が関わっていたのかも知れませんね。ただ、まさか奈美恵が同じ結婚詐欺の道に入るとは思ってもいなかったかも知れないですね」

 と清水刑事がいうと、

「そう考えると、彼女が結婚詐欺に走っていなければ、別の形での復讐になったかも知れませんね。まさか、最初から復讐計画が立てられていたとは思えないですからね」

 と辰巳刑事は言った。

「いや、分からんよ。この計画は最初から歯車が合っていたような気がするんだ。だから、あまりにもうまくかみ合ったので、それを解く方も一つ何かが分かってくると、そこから生まれる想像が、繋がった部分に真実があるということだろうね。それを思うと、私はこの事件の本当の意味がどこにあるのか、見つかる気がするんだ」

 と清水刑事は言った。

 犯人たちは逮捕され、罪を素直に認めているという。

 菅原良治という男は、被害届を出したとしても、それが受理されたとしても、刑事事件で捜査されることはなく、民事でもないことを分かっていた。自分が犯人側にいるのだから、告訴など取り下げればいいのだ。それよりも自分を蚊帳の外に置くことで、これからの結婚詐欺をやりやすくしようと思っていたようだ。ある意味で、策を弄しすぎたと言えるのではないだろうか。

 殺しを行った二人には、重い罪が用意されることになるだろうが、どうしても恨むことのできない刑事二人だったが、罪を償って、騙してきた連中に対しても謝罪することで、これからの人生をしっかり生きて行ってほしいと思った。

 今回の事件は、何とも言えない後味も悪さがあった事件であったが、救いとしては、三郎少年がオオカミ少年ではなかったということであろうか……。


                  (  完  )

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ファイブオクロック 森本 晃次 @kakku

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