第2話
「すっ、すまない。ネクロスリーなんてお伽噺でしか聞いたことかなかったから、少々驚いてしまった」
気を取り直してスライムに謝る。
どんなに恐ろしいと噂される生き物でも、自分の命の恩人だ。それに殺す気があるならいつでも殺せただろうし、結果こうして助けて貰ったのだから。
『?別にいーよ』
なにがすまないの分からずアルシカは体をぷりんと揺らした。自分の存在が人間達にとってどんな存在なのかをアルシカは知らない。
「だが、だとしたらなぜオレは助かった?お前が助けてくれたのではないのか?」
『毒を食べてあげた。あっ、あとリュミナスも助けてくれたんだよ』
「...リュミナスとは?」
『リュミナスはこの泉を守護する者だよ』
「守護...」
『噛まれた跡もほぼ消えてるんじゃない?』
「あ...」
確かに傷がほぼ修復されている。
リュミナス...。美しい泉を見渡しひとつ呼吸をして、深々と礼をする。本当は面と向かって礼を言いたいが、自分のような
それに相手は恐らく神や精霊のような存在だ。
易々と自分の様な者が関わってはならないと思った。
「...毒を食べたって...お前は大丈夫なのか?黒くなってるじゃないか」
『大丈夫、いずれ元通り。食べたモノは力になる』
「ほお...驚いた。ピュリスのように浄化するのではなく、食べて力に変えてしまうなんて」
『ピュリスにこんな強い猛毒は浄化出来ないよ。か弱いピュリスは死んじゃう。だめだめ、絶対』
「な...なるほど、仲良いのか」
『可愛いから可愛がってる。か弱いものは全部可愛い』
「ははっ、そうか」
スライムにも色々とカーストのようなものがあるのかもしれない。それにアルシカはネクロスリー。魔物としての価値はピュリスと比較しても比べモノにならない。存在を知れば崇める者も出てくるだろう。
「アルシカとはお前の名前か?」
『そう。アルシカはアルシカだよ』
「うむ、アルシカ。本当に助かった、感謝する。あとオレの名はゼフィロスだ」
『ゼフィロス?』
「ああ、ゼフィロス・ブルーデンだ。宜しくな」
『よろしく』
「...それでアルシカ...」
『なに』
んーだとか、どうしようだとかぶつぶつとゼフィロスが呟く。
「アルシカは何か好きなものはあるか?いや、アルシカのようなスライムが喜ぶものが分からなくてな...どう礼を尽くせばよいのだろうか...」
『礼?そんなのいらない。毒はご飯で栄養だから』
「う...そうは言っても」
どうするかなと頭を搔く。少し助けて貰ったどころではない。命を救って貰った大恩人だ。ここでさよならとは、自身の厳格な騎士道精神が許さない。
だが人間が一番分かりやすく喜ぶであろう金目のモノに、アルシカが喜ぶとは到底思えない。これがドラゴンなら、色鮮やかに煌めく宝石なんかを喜ぶだろうが。
「そうだ...アルシカはここを出た事あるか?」
『森を出たこと?ないよ』
「だったらオレがこちらにいる数日、アルトリウスに来ないか?」
『アルトリウス?』
「この森から少し距離はあるが、穏やかで良い街だ。目一杯もてなすし、帰りはちゃんと森まで送ろう」
『人間が沢山いる場所?』
「ああ、恐いか?だが大丈夫だぞ。この国は魔獣や魔物をペットにしている者もいるし、アルシカがいても別に珍しくない」
恐ろしいのはこういった森に住む魔物達で、飼い慣らされた魔物は大人しく可愛らしいのが多い。少々見た目が不気味な者もいるが、一周回って逆に可愛いと人気でもある。
「あ...魔物達をペットと呼ぶには失礼だったか...すまん、無神経だった」
『ううん。幸せならいいんじゃない?嫌なら逃げるでしょ』
大切に育てられているなら、という事だろうか?このスライム、会った事ない魔物にはわりとドライだ。
「ではどうする?」
『んー』
アルシカは少し悩んだ。もちろん人間への恐怖心なんてない。だって人間とこんな風に関わったことはないし、ゼフィロスは好きだ。きっと街へ行けば楽しいに決まってる。
けれど主が許してくれるだろうか?主はアルシカが人間と関わるのを嫌うだろう。そう思って体をぷるぷるさせていると、大きな風がざわりと吹いた。
「うわっ、なんだ?!物凄い風だっ」
ゼフィロスはアルシカを守るようにしてマントをかざす。その時、
【アルシカ】
全身を降り注ぐような聖なる囁きが、アルシカに響き渡る。だが今日は姿を見せないようだ。
『主』
「主??」
『アルシカの主だよ』
「へ?!」
ゼフィロスには何も聞こえていないようで、戸惑うように辺りを見回している。
【アルシカ】
『なに、主。あっ、人間といるから怒った?』
【良くはないな。だが怒ってはいない】
『そうなの?ごめんね?』
【よい。アルシカ、人間の街へ行きたいか?】
『そうだね、行ってみたいよ』
どうやら自分達の話を聞いていたようだ。
【そうか。どうやら時が来たようだ...。アルシカ、全てを終わらせてまた、この森に戻って来なさい】
『それって、人間の街に行っていいってこと?』
【必ず森に戻ると約束するなら許そう】
『もちろん戻るよ。ここがアルシカの居場所だもの』
【そうだ、その通りだ】
そう伝えた瞬間、辺り一体が慈愛に満ちたように輝く。そして七色の星粒がゆっくりとアルシカに降り注いだ。
「これは ...」
その幻想的であまりに美しい光景にゼフィロスは言葉を失った。アルシカの主は光を放ち、去ったようだった。
「アルシカ...今のは」
『アルシカ、人間の街に行ってもいいみたい!』
「そっ、そうか、それは良かった」
『人間の食べ物、沢山食べたいよ?』
「ははっ、ああいいぞ!アルトリウスは港が近いから海鮮も旨いし市場の規模もデカい。一緒に食い尽くそう」
『わーい、食い尽くそ~!!』
アルシカはワクワクとドキドキが止まらない。やっぱり好奇心の塊なのだ、アルシカは。
激しく体を上下に揺らし、ぷよんぷよんとまたまたダンスを踊りゼフィロスに向かってジャンプする。
だが、浮かれまくるアルシカは大切なことを聞き逃してしまったようだ。【全てを終わらせて】という主の言葉を。
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